海外で働く孤独から得られるもの。イチロー会見に在外日本人が共感したこととは

3月21日、選手生活に幕を下ろしたイチロー選手の引退発表から数日間、日本では、あらゆるメディアが彼のキャリアを振り返り、記者会見での彼の発言を分析していた。

なかなか普段は自身の内面などを語る機会の少ないイチローがあの85分間で語ったことの多くは、野球に関心のない人の心にも深く響くものだったし、今後も語り継がれそうな名言が数多くあった。

中でも私の周りの海外で働く日本人に深く突き刺さった言葉があった。

「外国人としての体験」に共感

イチロー

イチローが引退会見で語った「自分が“外国人”になった時に感じた孤独」。多くの在外日本人の共感を呼んだ。

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それは、会見の最後の方にあったこの発言だった。

「アメリカに来て、メジャーリーグに来て、外国人になったこと、アメリカでは僕は外国人ですから。このことは、外国人になったことで人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。

孤独を感じて苦しんだこと、多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと今は思います。だから、つらいこと、しんどいことから逃げたいというのは当然のことなんですけど、でもエネルギーのある元気のある時にそれに立ち向かっていく。そのことはすごく人として重要なことではないかと感じています」

イチローは、最初のマリナーズ時代にも、「孤独を感じながらプレイしている」という発言をしているが、この、「孤独」「外国人としての体験」という部分は、母国から離れて生きている日本人にはダイレクトに刺さる言葉だったと思う。

私がポストした下記のツイートにも、気がついたら700回以上の Like がついていた。

「イチローにいきなり一方的に共感した…。だからみんな少なくとも人生一回は、「よその国に暮らす外国人」というマイノリティの立場を経験してみるのが良いと思う。日本にずっといるのでは見えないものが必ず見えてくるし、マイノリティ、社会的弱者の気持ちが少しはわかるようになる」

アウェイで仕事をして見えてくるもの

イチロー

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私自身は日本の大学を卒業後、アメリカ北東部の大学院に留学した。普通に中学1年から英語をはじめ、23歳で日本を出るまで、ろくに海外に行ったこともなかった。

大学院を終えた後は日本に帰らず、アメリカの組織で20年以上仕事をしてきた。つまり、私の社会人経験は全てアメリカでのものであり、これまでの同僚たちは大多数がアメリカ人、そしてさまざまな国からやってきた外国人たちだ。

こうした自分の経験から私は、異国で旅行者としてではなく、一定の期間「ガイジン」として生活する体験をしてみることが、個人的にも人間の内面の成長にとってもれなくプラスだと思っている。

できれば、会社の後ろ盾などもなく、単なる無名の一個人としてその社会に飛び込む方が、ハードルが高い分、得るものも多い。慣れ親しんだ環境や人々から切り離され、それまでの人生で築いたものを一旦リセットし、完全に一人ぼっちになって、自分と向き合うこと。孤独を知ること。

さらに、そういった「アウェイ」の状況で、現地の言語とルールで、現地人に揉まれて仕事もしてみると良い。日本でなら問題なくできることも外国では半人前以下しかできず、周りに助けてもらわなくてはならないかもしれないし、大きな失敗をしてしまうかもしれない。

そのような立場に身を置いてみると、自分がそれまで常識と思っていたことの多くがどれだけ特殊だったか、一人の裸の人間としての自分の力がどれだけのものか、否応なしに認識させられ、謙虚になることを余儀なくされる。自分がこれまで日本でどれだけ守られてきたかということも。

今までになかった自分が現れる経験

イチロー会見

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帰国子女体験のある友人などに言わせると、「親の都合で外国に引っ越させられて、言葉もできず、友達を作るのに苦労して……という体験は、子どもとしてあまりにもつらかったから、誰にでも勧められるものではない。外国が合わない人もいるし」という意見も聞く。

合わない人もいるだろう。でも、厳しいようだが、私は最終的に「外国は合わなかった」という結果に終わったとしても、その体験がなかったよりはあったほうが、その人の人間的成長にとっては究極プラスになるのではないかと思うのだ。

在外体験のある日本人が上げていたツイッターの書き込みを見ていると、イチローの言葉を聞いて私が感じたことに近い感想を述べている人が数多くいて面白かった。

「在米者の多くが、イチローの言葉に、ずずずずーーんと共感を覚えたのではなかろうか。彼と同じ「体験」を実際にしたからこその強い共感」

「たかだか1年3カ月のアメリカ生活ですが、思いをズバリ指摘してくれて、即テークノートしました。体験しないと分からないこと多々あります。日本にずっといたら、珠玉のこの言葉を完全に聞き流してたと確信します」

「移民者は同じ感覚の人多いと思います。あの答え、共感しましたよ」

「自分も仕事でアメリカいったときに、孤独で不安で仕方なかったことが今でも思い出されます」

「大学時代の8ヶ月間米国インターンシップを思い出しました。海外では簡単な事すら思い通りにならない。日本で親や友人、後輩らに支えられていた事、自らの驕りに気付かされました。これはその後12年間の東南アジア赴任を上手く進める貴重なベースとなりました」

イチロー自身が「本を読んだり、情報を取ることができたとしても、体験しないと自分の中からは生まれない」と言っていた通り、多くの人々が「自分が外国でのマイノリティ体験をしてみて、初めてわかったことがある」「日本にずっといたら、この言葉は聞き逃していたかもしれない」と述べている。

私はここでイチローが、「今までなかった自分が現れた」という表現をしていることが興味深いと思った。自分自身の体験からしても、「現れた」というのは、共感できる感覚だったからだ。そもそもあった自分が「変化する」というよりは、それまで存在しなかった新しい自分が「現れる」のだ。

マイノリティ体験=差別とは限らない

ダイバーシティ

「外国人というマイノリティの立場を体験した」ということイコール「差別された」ということではない(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

イチローの上記の言葉を、「外国人として差別された体験」と解釈している人たちもいた。例えば「現地で差別を受けたんですかね?移民大国ですらそういうのあるんですね」というように。

「マジョリティ側に属する者が抱く想像力というのは、マイノリティの心情を軽視するバイアスが働き、想像力が至っていないのだ。イチローのこの発言は差別問題を考える上で重要な指摘である」

このような解釈は、全く的外れとは言わないが、部分的にしか正解でないと思う。

「外国人というマイノリティの立場を体験した」ということイコール「差別された」ということではないし、イチローは「自分は外国人だから差別された」と言いたかったのではないと思うからだ。

彼が言おうとしているのは、異国に住んで「外国人」となり、それまで知らなかったタイプの孤独や苦しみを体験することによって、自分自身の視点や、他人に対する感じ方がどう変わったかということだろう。差別されたから孤独なのではない。優しくされたとしても孤独なのだ。

「イチローのこの言葉に共感を覚えた在外の日本人はすごく多いはずだけど、この言葉に込められた気持ちを「差別体験」という側面にしぼって理解しようとすると、それは、ちょっと違う気がする。同じ在米の一人として、イチローはもっと深くて複雑な話をしていると感じる」

否応なく「日本人」を意識する

この「外国人としての体験」の部分でイチローが言おうとしていたことは、大きく二つに分けられる気がする。一つ目がアイデンティティの問題、二つ目が Empathy (共感)の問題だ。

まずアイデンティティについて。

人間は慣れ親しんだ環境から切り離され、家族や友人たちからも離れ、一人になってみて初めて本当に「自分って誰」という問いを突きつけられる。日本にいても自分にちゃんと向き合える人もいるだろうが、私は外国に出てみることで、いろいろなものがリセットされクリアになったし、自分という人間を知った。

日本から一歩外に出てみると、自分が広い世界の中でどんな立ち位置にいるのかもわかってくる。

例えば日本人は、日本では自分が「有色人種」であるという事実にすら無頓着だったりする。私も大して意識していなかった。でも欧米社会に暮らしてみれば、「私は白人ではない」と日々さまざまな場面で否応なしに意識させられる。

同時に海外で暮らすということは、ある意味、母国の国旗をおでこに貼って歩いているようなところがあるので、「日本人」「アジア人」であることへの自覚や、他のアジア人に対して感じる親近感、共感のようなものも自然と強まる。

ネットを見ていると、そう感じている人も多いようだった。

「私がLAで生活を始めてから衝撃的だったのは、私の中で生まれてから45年間に渡って無意識に染み込んでいた常識が常識ではなかった事。これはかなりきつかった。でもおかげで自分はどう生きたいのか明確になりました」

「逆説的ですが、やはり海外に出て#日本人 #日本 とは何かを強く意識するようになりますね。外国人に対して、たくさん日本に関して説明しなければならなくなるし。そして他国と比較することにより、日本という国の強み・欠点もより鮮明に見えてくる。何人であれ、#海外体験 は大事」

マイノリティの一員になって初めてわかること

次に、Empathy(共感)について。

イチローは、「孤独を感じて苦しんだこと」「つらいこと」「しんどいこと」が多々あったと話している。その結果、「人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れた」と。

人間の Empathy 、人の痛みを慮り、我がことのように捉える能力は、多くの場合、自分自身がつらい思いをしたり、情けない思いをしたりする体験によって発達するものだと思う。

「他人の立場になる」というのを、英語では「他人の靴に自分を入れてみる(putting yourself in someone else’s shoes)」と表現する。私たちの想像力というものは、豊かであり、同時に貧しい。本当に誰かの靴で歩いてみることでもしない限り、自分以外の人が何をどう感じているかなんて想像すらつかない場合が多いと思う。

自分が外国人というマイノリティの一員になってみると、社会の中でマイノリティとして生きている人々、「弱い立場」の人々の感覚が多少なりともわかってくる。

少なくとも、その人たちが経験しているであろう苦労を想像してみようという態度が無意識のうちに身につく。英語で言うところの「I’ve been there」、文字通り、自分も「その場所」にいたことがあるからだ。また、そんな風に弱っている時に優しくされたり、助けられた経験は、心底沁みるし、その時感じた感謝の思いは時間が経っても消えない。

つらい時に助けてもらったことは忘れない

そうやって外国人ならではの情けない思いや、悔しい思いを経験したことがあると、日本で働いている外国人に対して、「日本なんだから、日本語ちゃんとしゃべれよ」とか「何でそんなこともできないんだ」「自分の国に帰れ」などとは言えなくなる。

私は東京で上手とは言えない日本語でどうにか仕事をこなそうとしている中国人や東南アジア人の若者を見かけると、ニューヨークで仕事を始めたばかりの頃の自分を重ねて見てしまい、絶対に怒る気になれない。むしろ心の中で、「負けずに頑張りなね!」と応援している。

でも海外で外国人として働く経験をしていなかったら、そんな気持ちを持てたかどうか、私には自信がない。

「すごくわかります。自分がimmigrantでminorityであったり、second languageで意思を伝える側に立つことは物の見方を変えますよね」

「同感。他国で住んで苦労した経験があると、マイノリティーや困ってる人を支えてあげようと思う」

「日本にいる時、外国人の友達もきっと同じ事を感じていて、本当に優しい人が多かったです。変な例えですが、数年間同じクラスの同級生より余程仲良くなれたことを思い出しました。私も心に留めてこれからも頑張ろうと思います」

「楽しい時にふと自分がその社会に属していないことに気づいたりしますね。逆に辛い時に助けてもらえるとすごく感謝します。夫が病気になった時に、同僚に夫の名前を教えて欲しいと言われて、「どうして」とたずねたら、毎晩神様にするお祈りの時に病気の回復もお祈りすると言われて涙が」

「上記完全同意。+して、苦しんでいる時に誰かに優しくされたり、助けられたりした経験から、周囲のことを考えられるようになった、ともとれるのかな、と思いました」

アウェイで結果を出すことのプレッシャー

イチロー

「結果を出してなんぼ」という現実主義的な厳しさとフェアさをもつ、アメリカ・大リーグという環境が、イチローをよりストイックにしたのではないか。

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イチローのストイックさは、長年広く知られてきたが、今回の会見を見ていて、私は20年近く身をおいた大リーグという環境が、彼をより一層ストイックにしたのではないかと感じた。

彼がこれだけ長いあいだ地道な努力を続けられたのは、もちろん彼という人間がもつ自分への厳しさや目標の高さあってのものだろう。

でも、そうならざるを得ないくらい、 大リーグというアウェイで戦うということは、精神的にもしんどく、キツいプレッシャーにさらされていたということではないかと思った。世界中からスターばかりが集まってくる大リーグでは、いくらでも代わりはおり、常に一定の結果を出さない限り、すぐに取って代わられる。

イチローは会見でこう話している。

「引退というか、クビになるんじゃないかはいつもありましたね。ニューヨークに行ってからは毎日そんな感じです。マイアミもそうでしたけど。ニューヨークってみなさんご存知かどうかわからないですけど、特殊な場所です。マイアミも違った意味で特殊な場所です。毎日そんなメンタリティーで過ごしていたんですね。

ニューヨークというのは厳しいところですよね。でも、やればどのエリアよりも熱い思いがある。マイアミというのは、ラテンの文化が強い印象で、熱(あつ)はそれほどないんですけど、結果を残さなかったら人は絶対に来てくれない。そういう場所でしたね」

結果を出す者に対する公正さ

私は常日頃から、「プラグマティックさ」と「フェアさ」は、アメリカという国、その国民性の大きな特徴ではないかと思っている。

目に見える結果を出すまでは、相手を信用しない。というか、相手に対する評価を留保する。ただし、結果をきっちり出せることを証明できれば、それがどこから来た誰であれ、何歳であれ、何色の肌であれ、その力量をちゃんと認め、それに見合う対価も支払う。

これはビジネスの世界でも同じだ。私はこういうアメリカの「結果を出してなんぼ」という現実主義的な厳しさとフェアさこそが、世界中からあらゆる才能を引きつけ、競争させ、結果的にこの社会をダイナミックにしているものだと思う。

イチローの次のような言葉も、そのことを指しているように思った。

「アメリカのファンの方々は、最初は厳しかったですよ。最初の2001年のキャンプなんかは「日本に帰れ」としょっちゅう言われましたよ。だけど、結果を残した後の敬意というのは、これは評価するのかどうかわからないけど、手のひらを返したという言い方もできるので、ただ、言葉ではなくて行動で示したときの敬意の示し方というのは、その迫力はあるなという印象ですね。なかなか入れてもらえないんですけど、入れてもらった後、認めてもらった後はすごく近くなるという印象で、がっちり関係ができあがる。

チームが勝てばそれでいいかというと、全然そんなことはないですよね。個人として結果を残さないと、生きていくことはできないですよね」

そして、そのように激烈な競争に晒され続けると、たぶん人間は、逆に周囲と自分を比べることを止めるのだ。ライバルは無数におり、上には上がいるので、比べてもキリがない。最終的には自分という一人の人間の成長にフォーカスし、自分の絶対値を上げていくことでしか、生き残っていかれないからだ。

イチローはこう話している。

「他人より頑張ったということはとても言えないですけど、自分なりに頑張ってきたとははっきりと言えるので。これを重ねてきて、重ねることでしか後悔を生まないということはできないのではないかなと思います。

人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまで測りは自分の中にある。それで自分なりにその測りを使いながら、自分の限界を見ながらちょっと超えていくということを繰り返していく。そうすると、いつの間にかこんな自分になっているんだという状態になって。だから少しずつの積み重ねが、それでしか自分を超えていけないと思うんですよね。

自分がやると決めたことを信じてやっていく。でも、それが正解とは限らないわけですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど。でも、そうやって遠回りをすることでしか本当の自分に出会えないというか、そんな気がしているので」

やりたいと思えば挑戦すればいい

会見

イチローは、シンプルに「やってみたいこと」に挑戦し続けてきた。

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イチローはこれまでの選手生活を振り返って、それは単純に「楽しい」と言えるようなものではなかったと会見で述べている。一球一球に本気で臨むことの繰り返しは「すごく疲れた」ということ、2018年5月以降は試合に出られず、とてもしんどかったということも。

でもそのつらかった時期も諦めずに練習を続けていなければ、今日の日は迎えられなかっただろうし、その努力を続けられたことを自分で誇りに思うと。

「メジャーリーグに挑戦するということは、大変な勇気だと思うんですけど、でも成功、ここではあえて成功と表現しますけど、成功すると思うからやってみたい、それができないと思うから行かないという判断基準では、後悔を生むだろうなと思います。できると思うから挑戦するのではなくて、やりたいと思えば挑戦すればいい。その時にどんな結果が出ようとも後悔はないと思うんですよね」

「できると思うから挑戦するのではなくて、やりたいと思えば挑戦すればいい」

これは、やってみたいことや夢があるのに、「成功しないかもしれないから」と躊躇(ちゅうちょ)している人たち、特に若い人たちに聞いてほしい言葉だと思った。「留学したいけど、自分には無理だろう」「起業したいけど、リスクがあるからやめておこう」「海外で働いてみたいけど、英語が下手だから無理だろう」というように。

2000年にイチローが渡米しマリナーズに移籍した時、日本人野手がメジャーリーグで通用するのか疑問視する声が日米ともに多かった。マリナーズに移籍した際も、当時の監督は、そこまで大きな期待をしていなかったと公言している。

そんな中で、彼はどうやって周囲の「無理じゃない?」という言葉にやる気を削がれることもなく、勇気をもって夢に挑戦し、逆境でも折れず、こんなに長い間、世界の第一線で活躍し続けることができたのか。

それについての彼の答えは、会見の言葉から察するに、シンプルに「それが自分のやってみたいことだったから」となるのだろう。いわゆる「成功」というものを自分が目指してきたわけではない、と言っているのも、いかにもイチローらしい。

そもそも何が「成功」なのか、自分には正直よくわからない、自分はシンプルに、やりたいと思うことを無心にやってきただけだと。あまりにもかっこよすぎるが、本音に違いない。


渡邊裕子(わたなべ・ゆうこ):ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanebe@ywny

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