妊婦の血液を調べることで、胎児にダウン症などがあるかどうかを調べられる検査、新型出生前診断(NIPT)。日本では2013年から解禁されたが、受ける妊婦は増加傾向にある。それに伴って、日本産婦人科学会は2019年3月、NIPTが受けられる施設の要件を緩和する方針を出した。
新型出生前診断を望む妊婦は増加傾向にあるが…(写真はイメージです)。
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だが、緩和後も分娩できない産婦人科クリニックでは検査を受けられないことを前回の記事で触れた。検査費用も高額で(15万円〜20万円程度)だ。何よりこの検査に関する情報の提供体制が不十分である。
日本で出生前検査・診断に関する情報提供が十分になされない原因としては、1999年、厚生科学審議会先端医療技術評価部会が、当時普及しつつあった母体血清マーカー検査(血液検査結果と母胎年齢などを組み合わせて染色体異常の確率を出す検査)に関して、「妊婦に積極的に知らせる必要はなく、検査を進めるべきではない」という通達を出したことが背景にある。
今起きていることは、検査を希望する妊婦は増えたものの、検査に関する情報提供が十分に行われず、検査後のフォローも適切でない場合があるために、妊婦たちの中には情報の少なさから困惑したり混乱したりする人もいる。
35歳未満でも検査を受けられる海外
では、海外ではどうか。
日本では「分娩時35歳以上」が認定施設で検査を受ける条件の一つになっているが、世界的には35歳の年齢制限がない国が多い。
1970年代以降、欧米では母体血清マーカー検査などの出生前検査が普及し、近年、より精度の高い血液検査であるNIPTが出生前検査の一環として取り入れられている。欧米では公費負担や健康保険適用も広がりつつある。こうした検査が普及している国では同時に検査に関する情報提供も積極的になされてきた。
日本ではこれまでNIPTを提供する認定施設では、遺伝カウンセリングが必須とされてきた。日本産婦人科学会が提案した新指針案では、「連携施設」(施設要件緩和の指針で新たに追加された施設で、研修を受けた産科医が常駐し、分娩施設であることが条件。開業医も可)での遺伝カウンセリングは必須ではなくなったが、検査で陽性が出た場合は紹介先の「基幹施設」(もともとの認定施設で、産科医及び小児科医が在籍し、いずれかは臨床遺伝専門医であること)で受ける必要があると提示されている。
遺伝カウンセリングとは、「疾患の遺伝学的関与について、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセス」と、定義されている(米遺伝カウンセラー学会)。
どんな選択も応援するという姿勢
まずは情報提供の仕組みをつくる必要がある、と話す田村智英子さん。
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「遺伝カウンセリングの中身は、いわゆる基幹施設においても、医療機関や担当者によってかなり異なります。情報提供の内容、心理支援、決断過程の支援などをどのように行うのか、そもそもどこまで行う必要があるのかが議論されないまま、『遺伝カウンセリングが大事』とだけ語られている現状があります」
と、話すのは、FMC東京クリニックの遺伝カウンセラー、田村智英子さんだ。田村さんは、アメリカの遺伝カウンセラー養成大学院に学んだ後、アメリカの病院で研修を重ね、日米の認定遺伝カウンセラー資格を有している。
「私は、すべての妊婦さんに早い段階から検査の選択肢などの情報を提供することが大事だと思っています。伝えるのは、臨床遺伝専門医、遺伝カウンセラー、産科医、看護師、助産師など誰でもよいし、人手が足りなければパンフレットなど、医療機関によってやり方は違ってもよいので、とにかくまずは情報提供する仕組みがあることが重要です。
また、NIPTはあくまで、数ある出生前検査の中のひとつにすぎません。米国産科婦人科専門医会の見解では、NIPTは超音波検査など、他の検査結果や、臨床所見と切り離して扱ってはならないと述べられています」
田村さんは日々、胎児診断を受ける、あるいは受けた妊婦さんへの遺伝カウンセリングを行っているが、
「妊婦さんやご家族に対して、どのような道を選ばれてもそれを心から尊重し、応援しますよ、ということを最初の段階からしっかり伝え、実践していくことが大切です。情報を受け取ったらあとは自分たちで決めたいから手取り足取りのサポートは必要ない、という方もいる一方、詳しい相談を希望される場合もあります」
と語る。
また、検査を受けて胎児の疾患がわかった妊婦に対応する場合、よりしっかりした支援技術や知識が必要だという。妊婦やその家族が直面する「選択」に関し、先進国では賛否両論ある中で結論は出ないとの考えから、「個人の選択」として尊重するという流れにあるようだ。
「例えば、がん患者さんであれば、現在では、十分な情報が与えられた上で、本人の選択が尊重されます。妊婦さんたちも同様に、検査の選択肢の情報を知る権利と本人の選択が尊重されるべきではないでしょうか」(田村さん)
同じ疾患をもつ親とのつながり
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出生前検査を受ける妊婦や、お腹の赤ちゃんに病気や障がいがあるとわかった妊婦の支援に取り組んでいるNPO法人もある。「親子の未来を支える会」(千葉市、代表:林伸彦医師)だ。
同法人はこれまで、「ゆりかご」というネット上のコミュニティを運営し、妊婦の相談にのってきた。「ゆりかご」は匿名で、病名や障がいをキーワードに仲間や各専門家に相談ができる。例えば、お腹の子に先天異常の疑いがあれば、出産後の未来を想像できるように、同じ疾患の子を持つ親などが妊婦をサポートする。中絶を選択した人の話を聞くこともできる。
「相談にこられる妊婦さんは、その時点で、状況をうまく整理できていないことが多いです。私たちは、まずは、その混乱をときほぐし、妊婦さんが現状を理解できるようにお手伝いすることから始めます」
同NPO理事であり、自らダウン症のある子を持ち、日本ダウン症協会の役員も務める水戸川真由美さんは話す。相談に乗る際にも特定の価値観や選択を本人に勧めることはなく、妊婦本人の状況を整理し、求められる情報を与えることを心がけているという。
「第三者の立場から妊婦さんをサポートする仕組みが必要だと考えています。
日本では、そもそも自分で選ぶことの是非が議論の的になっており、産み育てる自信がない段階でダウン症協会をはじめ、各疾患の団体などに直接相談するのは、ハードルが高いと感じる妊婦さんが多いのでしょう」
また水戸川さんは、「出生前検査を受けることは、その家族がどう赤ちゃんを迎えたいのか、見つめることができるきっかけにもなります」と語った。
出産後も戻って来られる居場所を
林医師(左)たちは、出産後のサポートだけでなく、中絶した人へのケアも目指している。
NPO提供
このNPOを運営する林伸彦医師が参考にするのが、イギリスの支援団体、ARC(Antenatal Result of choices)だ。ARCは、出生前検査によって生じる家族の不安や葛藤に寄り添うことを支援内容としている。
ARCは出生前検査に特化しているが、林さんたちのNPOが目指すのは、中絶を選択した人々のグリーフケア(悲しみへのケア)、出産後のサポートなども含め、幅広い。
「産んだとき、そこからスタートするというのは、イメージしやすい。一方で、中絶はそこで終わりと思われがちです。悩み抜いた上で中絶を選択されても、出産後何年か経過して後悔や悲しみを改めて感じる時があります。そういうときに戻ってこられる『居場所作り』も必要だと考えています」(林医師)
同NPOはいま、「胎児ホットライン」の設立を目指している。
まずは妊婦健診や出生前検査のなかで、赤ちゃんの病気や障がいの可能性がわかった家族向けに、情報や気持ちを整理するためのブックレットを作成する。いずれは、電話などによるカウンセリング窓口を設置し、相談内容を講習会などを通じて医療者にも還元したいとしている。
日本でも広がるNIPTなどの出生前検査。検査施設の拡大だけでなく、情報提供体制や、必要に応じてサポートを受けられる仕組みの構築も、早急に求められているのではないだろうか。
(文・松村むつみ)
松村むつみ: 1977年、愛知県生まれ。2003年名古屋大学医学部医学科卒。2009年より横浜市立大学で乳房画像診断、PETを中心に画像診断を習得。大学病院で助教を勤め、放射線診断専門医、医学博士を取得。2017年にフリーランスの画像診断医に。現在は神奈川県内の大学病院など複数の病院で、乳腺や分子イメージングを中心に画像診断を行う。自宅でも国内の遠隔地や海外の画像の遠隔診断を行う。