2019年4月、東京・銀座にオープンした「無印良品 銀座」。
2019年4月、東京・銀座にオープンした「無印良品 銀座」。いまや世界的なブランドに成長した同社の野心的な旗艦店とともに、その思想を体現した空間としてMUJI HOTEL GINZAが話題を呼んだ。
ホテルの部屋のドアを開けると、その先に細長い路地のような部屋が出現する。デスクや洗面台がオブジェのように配置された通路を抜けると、小上がりが設けられ、そこがベッドスペースに。オリジナルのバスタブやベッド以上に、空間そのものに驚く。
オフィス再利用を逆手に
MUJI HOTEL GINZAにはさまざまなタイプの部屋があるが、オフィスビルの再利用であるため、縦長が基本。
縦長の斬新な構成は、実はこのホテルが既存のオフィスビルの再活用だから。制約を逆手に取って、無印良品が標榜する「アンチゴージャス アンチチープ」な空間に転換したことが、デザインの可能性を改めて感じさせる。
同時にそれは、同ホテルが従来のスクラップ&ビルドではなく、今の時代に必要なエコサイクルを意識したという、高感度の証明にもなっている。
オリジナルのバスタブ。
そんなMUJI HOTEL GINZAの企画・内装設計・運営および経営を担うのがUDS(本社:東京都渋谷区、代表取締役:中川敬文氏)だ。同社は小田急電鉄が親会社だが、原宿にあるオフィスは鉄道会社の重厚長大のイメージとは対照的に、若さと柔軟性があふれている。
UDSのビジネスモデルで注目すべき点は、従来の建築設計では、別々の会社が縦割りで受けていた「企画」「設計」「運営」を、1社の中で一気通貫に行うことだ。そのメリットは、「カッコいい」「ちゃんと儲かる」「社会的な意義がある」という、事業のベストバランスが最大限のポイントで実現できることだ。
2003年にその手法で再生し、リノベーションブームの先駆けとなった東京・目黒のホテル「CLASKA(クラスカ)」を皮切りに、「グランベルホテル」(渋谷、赤坂、新宿、京都)、「ホテル カンラ 京都」「ホテル アンテルーム京都」「ホテル エディット横濱」など、同社は日本各地のホテルシーンで、デザインの価値革新を引き起こしてきた。
企画・設計・運営の一気通貫モデル
無印良品 銀座の1階には青果のコーナーも。
「私たちは『まちづくり』を軸に置いた会社で、ホテルだけでなく、商業施設やオフィスなども手がけていますが、世界を見渡してみても、企画・設計・運営の一気通貫モデルはなかなかありません。その意味で、国内だけでなく、世界で求められているものだと考えています」
そう語るのは、同社取締役の黒田哲二さん(41)。MUJI HOTEL GINZAプロジェクトの中核を担った人だ。黒田さんの言葉通り、日本に先駆けて2018年に中国・北京でオープンした無印良品のホテル第一号、MUJI HOTEL BIGINGでも、UDSが企画・内装設計・デザインを担当している。
MUJI HOTEL GINZAのフロントは「無印良品 銀座」の6階フロアとつながっている。
建築を学んだ黒田さんは、建物や内装の設計を手がける中で、「『作る人』と『クライアント』の間で、いいものに対するイメージにズレのあるまま建物ができてしまう」ことに疑問を感じていた。
「『作る人』は採算性よりもデザイン性を重視し、『クライアント』はその逆。その結果、どちらも得られずに、事業として中途半端になってしまう。それが、いちばんのチャンスロスなのに、です」
その齟齬を埋める手法として、UDSが前身の「都市デザインシステム」の時代から、4半世紀以上にわたって開拓してきた手法が、一気通貫モデルなのだ。
まちに開かれた社員食堂
「最終的に目指しているのは、まちが活性し、持続すること。」とUDSの黒田さん。UDSの働き方もかなり自由。
社内では若い世代の登用、活躍がめざましい。社員329人の平均年齢は32歳。30代で執行役員に就任した人もいる。原宿の本社では、コアタイムなしのフルフレックス制を取り入れ、机はフリーアドレス。年齢、性別、役職、そして10カ国以上の国籍が入り混じったメンバーが隣同士になり、自由にコミュニケーションを取り合う。
その1階には、管理栄養士を置いた社員食堂「リラックス食堂」を設け、文字通り「まちに開かれた場」として、社員以外の客も迎えている。
同社のホテル事業では2019年2月、東京・日本橋浜町に開業したHAMACHO HOTEL&APARTMENTSも、話題だ。
東京・日本橋浜町にあるHAMACHO HOTEL&APARTMENTS。各階のベランダ部分に緑の植栽を取り入れている。
日本橋浜町では、デベロッパーの安田不動産が、ホテル、店舗、賃貸住宅、ソーシャルアパートメントを複合した、一帯のまちづくりを進めている。その中で開発の核と位置付けられたプロジェクトがUDSの担ったホテル。各階のベランダ部分に緑の植栽を取り入れた高層ビルが、コンクリートの建物の並ぶ界隈の雰囲気を刷新した。
人の感性と手に頼る
HAMACHO HOTEL&APARTMENTSの一室。手間と時間をかけた丁寧なデザインという「日本らしさ」を伝えたい。
このプロジェクトを統括した同社の設計部署「COMPATH」「su+」のマネージャー、菓子麻奈美さん(35)は語る。
「海外からのお客さまがますます増える東京で、新しく解釈した『日本らしさ』を伝える必要性を感じました。私たちはそれを、手間と時間をかけた丁寧なデザインのことと考え、企画・設計・運営のチームで、『ホームメイド 日本 モダニズム』というキーワードを共有して取り組みました」
黒田さんや菓子さんのような若い世代が現場を率いることで、プロジェクトへの感度が高まり、事業性が際立っていく。
グーグルのサイドウォークラボがAIで都市を作ろうとする時代だが、UDSが重視するのは、効率や合理性ではなく、人の感性と手に頼って「まちの魅力を高めること」。
「どのプロジェクトでも、僕たちが最終的に目指しているのは、まちが活性し、持続すること。若い世代は国内、海外という壁がまったくありません。その中で、どれだけ自由に手と頭を使えるかが、仕事の楽しさと成果に直結すると実感しています」(黒田さん)
(文・清野由美、撮影・猪俣博史)
清野由美:慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、1992年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方で、時代の先端を行く人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』『新・都市論TOKYO』など。