10連休で高まる金融市場のリスク。「働き方改革=一律の時短」は正しいのか?

為替ディーラー。

4月末からの「10連休」がはらむリスクに、日本の金融市場参加者は身構えている(写真と本文は関係ありません)。

REUTERS/Toru Hanai

4月19日、財務省、金融庁、日本銀行は皇位継承に伴う27日からの10連休を前に情報交換会合を開き、金融市場の急変に備えた対応を協議した。とりわけ為替市場については平日と同様の監視体制を維持するとされ、東京証券取引所や銀行などと迅速に連絡が取れる体制を敷く方針が確認されたという。

米雇用統計、中国PMI…重要指標発表が目白押し

新年恒例の一般参賀。

2019年1月2日に皇居であった新年恒例の一般参賀。ゴールデンウイークの休日増は天皇の代替わりに伴うものだ。

REUTERS/Issei Kato

実際、4月27日から5月6日は重要な経済指標やイベントが密集しており、仮に連休がなかったとしても金融市場にとっては「重い」期間である【図表1】。

【図表1】

【図表1】

天皇陛下退位(4月30日)と新天皇即位(5月1日)は米連邦公開市場委員会(FOMC)の開催期間と被る(日本時間では5月2日明け方に結果発表)。4月30日にはユーロ圏1~3月期GDPと中国4月PMIという、現在の世界経済で脆弱とされる2つの国・地域に関する重要な計数の公表が控える。

5月1日には米4月ADP雇用統計、米4月ISM製造業景気指数が発表され、3日には米4月雇用統計と米4月ISM非製造業景気指数が待ち受ける。

10連休は株式市場にとって過去最長となる休場であることも注目されるが、そもそも休場という概念のない為替市場では、日本の事業法人や機関投資家にとっては「取引はできないが変動は心配」という時間帯が続くことになる。

このような状況を踏まえれば、経済・金融政策の当局者が集まってボラティリティ(各種資産の価格変動の激しさ)の高まりに備えることは必然であり、また必要なこととも言えるだろう。もはや「10連休」は日本の金融市場参加者が直面する立派な「リスク」として議論されている。

休暇なのにリスクとは残念だが、事実としてそのような雰囲気は感じる。

「ロスカット狩り」の標的にされてきた?日本市場

東証の大発会。

2019年1月4日、大発会を迎えた東京証券取引所。急激に進んだ円高などを受け、日経平均株価の終値が大発会としては過去3番目の下げ幅を記録する大荒れのスタートとなった。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

為替市場では、日本勢「だけ」が長期間休む年末年始やゴールデンウィークに混乱が起こりやすいと言われてきた。

2019年の年初に見られたような急変動は、日本の外国為替証拠金取引(FX)の個人投資家を狙った「ロスカット狩り」と呼ばれる海外勢による仕掛け的な動きだと解説されることが多い。もちろん、その厳密な内情は分かりかねる。しかし、「日本だけ休み→東京時間に市場参加者が少ない→値が飛びやすい→投機としては攻め時」という客観的な市場環境があることは確かに否めない。

東京休場の最中に起きる「日本の個人投資家のロスカット誘発を狙った仕掛け」という指摘は、今や風物詩のようになっているようにすら感じる。これは見方によっては「市場の歪み」を利用した(一部短期筋にとっての)収益機会ともいえ、あまり健全な話ではない。

過度なショックを回避するという視点に立てば、金融市場の運営に限っては世界基準に合わせることも将来的には決して絵空事ではないように思える。

もちろん、営業日の変更は簡単な話ではない。だが、すでに「日本は海外に比べ祝日が多い。売買機会が減るのはリスクで、日本株を敬遠する動きにつながりかねない」(外資系証券の幹部、時事通信)との声も聞こえてきている。東京都が「国際金融都市・東京」構想を掲げるのであれば、中長期的な課題として連休と金融市場の開閉について何らかの問題意識を持っても不思議ではない。

先進国の中でも休みが多いイメージのある欧州と比較しても、日本は年間休日数が少ないわけではない【図表2】。

【図表2】

【図表2】

祝日(週休日以外の休日、2016年を例とする)で見れば、日本は16日間とイタリアの10日間より多く、ドイツ(7日間)に比べれば9日も多い。一方、年次有給休暇の取得数は9日間と圧倒的に少ない。これは元々の付与日数の違いもあるが、ひとえに取得率の違いに起因するところが大きい。

つまるところ、「自主的に休めない代わりに公休が増えた」という敗北主義の色合いが濃いと言わざるを得ない。しかし、公休を一律に増やせば、その分、金融市場の取引もグローバルな動きを無視して停止せざるを得なくなるという葛藤がある。

「一律の公休増」は生産性向上につながるのか?

中小企業の工場。

売上代金の支払いが連休明けまで実施されない事態も想定されることから、中小企業を中心に「連休中の資金繰り」が問題になりそうだ、という見方も出ている(写真は本文と関係ありません)。

Shutterstock

こうした休日の多さに加え、日本では働き方改革の名の下で労働時間の削減が進行中である。

休日を増やした上で1日の労働時間も減らせば、当然、労働投入量(労働者数×労働時間)は減少する。この際、労働投入1単位当たりの生産量(いわゆる労働生産性)が不変ならば、経済全体として生み出す生産量も減少する。

「働き方改革(≒労働時間削減)」と同時に「生産性向上」がかつてないほどうたわれるのは当たり前であり、前者だけを進めると経済活動が縮小するからである。言い方を換えれば「働き方改革」は「労働生産性向上」が前提となっている。

とはいえ、実際のところ、「労働時間削減」と「労働生産性向上」の間にどのような因果関係があるのかは今ひとつよく分からない。「早帰りや休暇を増やすことでリフレッシュして能率が上がる」という理屈はあり得るが、「仕事の持ち帰り」が増えて実態は変わっていないというケースも見聞きする。

いつ、どれくらい休みたいかは労働者ごとに事情が異なるのだから、一律適用の公休が増えることが恐らく生産性の改善に寄与しないことは想像に難くない。

むしろ、手間が増えたという雰囲気も漂う。

例えば10連休の間、売上代金の支払いが連休明けまで実施されない事態も想定されることから、中小企業を中心として「連休中の資金繰り」が争点になっているとの報道も見られている。また、ある製造業では10連休の分、工期が遅延する事態も課題になるという話も耳にした。今回の10連休が上場企業の決算発表時期にぶつかることを踏まえ、東証は連休前後に発表が集中することを回避すべく、「決算期末から45日以内の開示」というルールの弾力的な運用を企業に通知したという。

こうした動きが日本経済全体にどの程度の影響を持つのかは定かではない。しかし、とかく「休日を増やす」ということが行き過ぎると企業経営の障害になるケースも出てくる、という論点は捨て置けないところである。

長年、長時間労働が社会の宿痾であるかのように言われてきた経緯もあり、我が国における「働き方改革」は必然的に労働時間削減という論点に矮小化されやすい。しかし、本当のところは「休みたい時に休めて、働きたい時に働ける」という職務上の裁量拡大こそが働き方改革の要諦であるべきなのだろう。

現状を冷静に見つめれば、10連休が「リスク」として名指しされ、これに対する官民対応が話題となり、企業によっては柔軟な工夫を強いられるという事態が見られている。客観的に総括すると「休むために働く」という構図に陥っているようにも思えてくる。

労働時間の「削減」より「柔軟化」が必要だ

夜のオフィス街。

今は「労働時間の削減」よりも「労働時間の柔軟化」が必要だという認識も芽生え始めている過渡期なのではないか(写真は本文と関係ありません)。

撮影:今村拓馬

だが、今回の10連休を受けて、労働時間が一方的に減少する風潮に対して世論も少しずつ変わってきているように見受けられる。

例えば、時事通信が2019年3月に実施した「10連休に関する世論調査」では、調査対象の4割が「うれしくない」と回答している。さらに「今後も国が主導して長い連休をつくるべきか」との問いには、「そう思う」の29.9%に対し「そう思わない」が66.8%と圧倒的に上回った。

日本の労働市場が長年抱える「長時間労働の慢性化」という問題に対しては、「労働時間の削減」というアプローチがかなり浸透してきた感がある。しかし同時に、それだけでは不十分との認識も徐々に広がっており、今は「労働時間の削減」よりも「労働時間の柔軟化」が必要だという認識も芽生え始めている過渡期なのではないかと察する。

今回の10連休を奇貨としてその認識の修正が一段と進めば、「働き方改革」はより正しい方向へ歩を進めることができると考える。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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