日本人再建したアラスカのホテル、今は中国人で大賑わい ── オーロラ観光支えた奮闘

露天風呂

日本の温泉を参考に2000年前後につくったチナ温泉の露天風呂。

オーロラの観測地として知られるアラスカ・フェアバンクスに、日本人スタッフの奮闘で赤字経営から再建に成功した温泉リゾート施設「チナ温泉リゾート」がある。

源泉かけ流しの露天風呂とオーロラを同時に楽しめる点が受け、一時期はオーロラシーズンの宿泊客の9割が日本人だったが、最近は中国人が殺到、客全体の7割を占めるまでになった。

上海から母を連れてきた

オーロラ

チナ温泉リゾートから見えるオーロラ。灯りの少ない郊外に位置するため、市街地より観測しやすい。

アラスカ第二の都市・フェアバンクスの市街地から車で100キロ。時にはヘラジカやビーバーが横切る長い一本道の先に建つ「チナ温泉リゾート」は、夕方になると宿泊客や日帰りツアー客でにぎわい始める。

晴天の日が多いフェアバンクスでは、8月から4月にかけてかなりの確率でオーロラが出現する。旅行客は日が沈む前にリゾートに入り、露天風呂を堪能した後、午後11時ごろから専用のスペースで待機する。

4月初旬の深夜1時すぎ、日帰りツアーを引率する男性ガイドが中国語で呼びかけた。

「今日は残念ですが……。もう30分待ってダメなら、諦めて帰りましょう」

男性ガイドは、「この数日空振りが続いている。必ず見れるものではないと説明しているとはいえ、皆遠路はるばる来ているので、見えないとクレームが増える」と苦笑いした。

30分後、ツアー客を市街地のホテルに送り届けるバスが到着。その時、外を見ていたガイドが叫んだ。

「うっすらだけど出た。カメラを出して!」

帰り支度をしていた中国人たちは、慌てて三脚とカメラを準備し、外に飛び出した。

肉眼では白い筋しか見えないが、カメラの絞りを全開にしてシャッターを押すと、画面には緑の光が映っている。カリフォルニア州に留学中だという王潤賢さん(26)は、「上海から母を連れてきたんです。ちょっとでも見られてよかった」と喜んだ。

元電機メーカー営業マンが発案した露天風呂

オーロラ観測室

4月初旬、オーロラの出現を待つ旅行者たち。ほとんどが中華圏の人々だった。

源泉かけ流しの露天風呂で、アジア人旅行者がスマホで撮影に興じている姿を見ながら、アジア担当マネージャーの時田雅子さん(45)は、「この露天風呂は、日本の温泉を参考に作ったんですよ」と話した。

「10年前は日本人のお客さんばかりだったんですが、今はオーロラシーズンにここに来るお客さんの大半は、中国系の方ですね」

チナ温泉リゾートはもともとアラスカ州の所有物だったが、1998年に事業家のバーニー・カール氏に売却された。いまだに電気が通っていないへき地にあり、当時はディーゼルエンジンで自家発電していたため、赤字を垂れ流しながらの経営。建物も老朽化しており、1999年にリゾートに就職したバイスプレジデントの森茂雄さん(60)は、「ゴーストタウンみたいだった」と振り返る。

日本の電機メーカーの営業マンだったこともある森さんは、貿易の仕事で20年前アラスカに移住。その後旅行業に転じ、チナ温泉で働くことになった。夜は電気が切れ、冬にはマイナス30度に冷え込む社員寮に住み込み、カール氏を支えた。日本風の露天風呂を建設し、日本の中小旅行会社を回って、冒険旅行を好む若い個人客を送ってもらった。

日本から旅行客が来ると、森さんがフロント対応からレストラン、温泉、オーロラ観測の案内と奔走した。

JALのチャーター便で日本で人気に

雅子さん

時田さんのオフィスには、中国のガイドや宿泊客からのプレゼントも増えつつある。

カールさんと森さんの努力は、2つの形で報われた。日本航空(JAL)が2004年から、成田ーフェアバンクスを結ぶチャーター便をオーロラシーズンに飛ばし始めた。

「カールさんらは2001年、JALの担当者をフェアバンクスの空港から自家用セスナでリゾートに連れて行き、オーロラ観光をアピールしました。熱心な売り込みが通じたのです」(時田さん)

日本からフェアバンクスに行くには、通常だとシアトルで乗り換える必要があり、合計15時間以上を要するが、チャーター便は両地を7時間で結ぶ。大手旅行会社もチャーター便に合わせたツアーを組むようになり、日本でフェアバンクスのオーロラ観光が一気にメジャー化した。

もう一つの転機は2006年。リゾート内で地熱発電による電力供給に成功。電力コストが大幅に下がり黒字転換しただけでなく、極寒の冬でも温室で野菜を栽培できるようになり、レストランのメニューが充実した。

この頃から、秋~春のリゾートの宿泊客の9割が日本人になっただけでなく、客層がシニア中心に変化した。2003年から1年半、リゾートでインターンとして働き、その後に帰国していた時田さんも、森さんの依頼を受けて2009年に正社員として就職。日本人インターンも常時2~3人採用するようになった。

1席5万円の小型機を貸し切った中国人

空港

フェアバンクスの空港には、旅行会社の中国語の広告も登場した。

時田さんが、中国人宿泊客の増加に気づいたのは2012年ごろ。

「ぽつぽつ来てるなあと思っていたら、あっという間にたくさん来るようになりました」

日本で「爆買い」とう言葉が盛んに報じられた2015年には、日本人客と中国人客の数が逆転。フェアバンクスの空港にはいつのまにか、中国の旅行会社の大きな広告が掲示されていた。

中国人客の中心は、アメリカ在住の留学生や若いビジネスパーソン、そして台湾、香港からの旅行者だった。中国人の消費力向上や海外旅行ブームの影響が、アラスカまで及んだのだ。

中国人客の増加を受け、中国語で掲示物を作るようになったが、「アメリカ在住の中国人が多く、だいたい英語が通じる」(時田さん)ため、それ以上の対応は取っていなかった。

しかし森さんは、「中国のお客さんは、とにかくお金を使う。この消費意欲を取り込むべきだ」と感じていた。

この施設では小型機で北極圏を訪れる日帰りツアーを実施している。小型機は操縦士を除いて4人まで乗れ、1人の参加費は5万円台だが、森さんは「この前、若い中国人が1人で4席を購入し、貸し切りにしたんですよ」と話す。

時田さんも、「日本人のお客さんの大半はJALのチャーター機で訪れるけど、毎年チャーター機が何本飛ぶかはこちらでコントロールできない。チャーター機に依存している日本マーケットのリスクを埋めるように、中国人の個人客が来てくれている面はある」と語った。

米中関係悪くても、「大切なお客様」

ギャビン

2018年9月にチナ温泉リゾートで働き始めたグラントさん(右)。リゾートにとって待ちわびた中国マーケット担当者だ。

2018年9月には中国で1年働いた経験があり、中国語ができるシアトル出身のギャビン・グラントさん(25)を、中国マーケット担当として採用した。

グラントさんは、「2018年3月に、観光でフェアバンクスを訪れたら、そこで(リゾートのオーナーの)カールさんに引き合わされ、すぐに『うちで働いてほしい』と誘われた」と振り返る。

2019年3月には中国のSNS微博(ウェイボ)や微信(WeChat)で公式アカウントを作成、グラントさんが毎日中国語でオーロラなど観光情報を発信し、フォロワーと交流する。

中国人の消費力を目の当たりにし、中国マーケットを重視するようになったのはチナ温泉リゾートにとどまらない。森さんによると、中国人のビザを免除・緩和する「特区」にアラスカ州を指定できないかと、カールさんなど旅行業界の関係者たちが、州政府や政治家に働きかけているという。

「アメリカと中国は関係が良いとは言えないですが、産業が乏しく、観光頼みのフェアバンクスにとって、中国人は大切なお客さんです。アメリカ本土から飛び地になっているアラスカ州なら、沖縄のようにビザ特区にできるのではないかと議論しています」(森さん)

時田さんは「日本人のインターンを減らすことも検討しており、寂しさも感じます。でも、日本人に認められるよう努力してきたことが、中国人にも評価されたなら、それはそれで嬉しいことです」と話した。

(文・浦上早苗)

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