令和の日本は「金融立国」の妄想を完全に捨て去ろう。リーマンショックが教えてくれた金融技術の限界

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2008年9月に破産した米投資銀行リーマン・ブラザーズ。サブプライムローン(信用力の低い低所得者向けの住宅ローン)を証券化した商品を大量に抱え込み、住宅バブルの崩壊でそれらが一挙に不良債権化したことが発端だった。

REUTERS/Brendan McDermid

平成期に起きた世界最大の金融問題は、サブプライム問題に端を発するリーマンショックだ。日本のバブル崩壊と同じように、世界経済が患う「金余り」病が引き起こした、一種の急性合併症にすぎない。

ただ、さすが世界金融の中心地ウォール・ストリート発の病理だけあって、仕組みがとても凝っている。多少詳しく見てみよう。

問題の出発点は、繰り返しになるが「金余り」だ。企業が金融機関から資金を借りなくなるので、仲介で儲けていたバンカーの収益機会が減る。

そこで「それなら土地投機(への融資)」と飛びついたのが日本だとすると、ウォール・ストリートの手練たちは「それなら社債を製造しよう」と考えた。

社債の原材料となったのは、信用リスクを対象とするデリバティブの一種であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)だ。

ざっくり言えば、「AはX社が3年以内に破たんしなければBに年間100億円×0.5%を支払い、BはX社が3年以内に破綻したらAに100億円払う」とお互いに約束する契約を指す。AはX社の債権者ではないので、理論的には何千億円でも無限に契約することができる。

デリバティブを使って、社債を「製造」する技術

リーマンショック

2008年9月15日、破たんしたリーマン・ブラザーズのオフィスから荷物を運び出す従業員。米政府は救済の道を選ばなかった。

REUTERS/Andrew Winning

さて、社債製造の仕組みはこうだ。

まず、銀行や証券会社は特定目的会社(SPC)を設立し、社債を発行して投資家から100億円を集め、国債のようなきわめてローリスクの金融商品を購入して運用し、なけなしの金利を受け取る。ここでは金利を0.1%としよう。

次にSPCは、別の相手(投資家や金融機関)とCDS契約を締結する。SPCはX社が破たんしない限り年間100億円×0.5%を受け取れるので、それに上の運用で得られる金利0.1%を合わせた0.6%を、最初に発行した社債の金利として投資家に毎年支払う。

X社が破たんせずに社債の満期を迎えたら、運用していた国債の償還金100億円で元本を返済する。一方、X社が途中で破綻した場合は、国債を売って100億円をCDS契約の相手に支払うことになる。

したがって、SPCの発行する100億円の社債は、X社が健全なら金利0.6%と元本が支払われ、X社が破たんした場合は1円も戻ってこないというものになる。つまり、その実体はX社の社債そのものと言える。専門用語では「合成社債」と呼ばれる。

これによって、銀行や証券会社はX社の資金調達を投資家に直接仲介することなく、合成社債を「製造」して投資家の需要を満たせるようになった。ただし、X社が破たんした場合、同社の債権者のみならず、合成社債への投資家も同時に損失を被るので、破たんの影響が何倍にも膨らむことには注意せねばならない。

リスクの低い社債を「合成」する技術も

リーマンショック マーカンタイル取引所

米シカゴ・マーカンタイル取引所にて、うなだれるトレーダーたち。リーマン・ブラザーズ破たんを受け世界中の株式市場が暴落、彼らは落胆の底に突き落とされた。

REUTERS/John Gress

ところで、もしX社が多少リスクのある企業だったとしたら、投資家側からすると100億円全部を同社の社債に集中させるのは不安だ。

解決策として、似たようなリスクをもつ企業10社に10億円ずつ投資すれば、分散効果によってリスクを下げることができる。

そこで銀行や証券会社は、設立したSPCに複数銘柄の社債を買わせたり、同様の効果のあるCDS契約を締結させたりして、それを裏づけに別の社債を発行させることで分散効果を生み出し、リスクを下げる。もとの社債や合成社債をそれぞれ発行する場合に比べて(リスクが下がり)金利を抑えられるので、差額がSPCに残る。

このように、複数の社債やCDS契約からリスクの低い社債を合成したものを、「債務担保証券(CDO)」と呼ぶ。銀行や証券会社はそれを格付け機関に持ち込み、トリプルAやダブルAといった高い評価をしてもらうことで、リスクの低さを投資家に客観的に示す。

アメリカの証券会社や高利回りを狙うヘッジファンドは、CDOではなく、それを発行するSPCの持ち分に投資し、上述の金利差額を吸い上げることで20、30%といった高いリターンを得た。反対に、怖がりの日本の銀行や投資家たちは、リスクが低く格付けが高いCDOのほうにこぞって投資し、アメリカの証券会社やヘッジファンドのビジネスを支えたのだった。

サブプライムローンが必要とされた理由

リーマンショック

リーマンショックの発生から年が明けた2009年7月、中国・香港とシンガポール、インドネシアでは、「リーマン・ブラザーズ問題はまだ解決していない」として投資家たちがデモ行進。

REUTERS/Bobby Yip

さて、CDOを製造するには「リスクがほどほどに高い企業の社債」が複数必要になるが、そんな都合のいい企業はすぐに尽きる。

そこで銀行や証券会社が目をつけたのが、一般の住宅ローンよりリスクが高めの「サブプライムローン」だ。

サブプライムは「プライム(最上級)ではない」という意味。SPCにサブプライムローンを大量に集めさせ、それを担保にCDOを製造する。これを「住宅ローン担保証券(RMBS)」と言う。住宅ローンのリスクは企業の破たんリスクとは無関係なので、リスク分散(してCDOをつくる)材料として最適である。

サブプライムローンはもともと、ハーバード大学出身だが卒業したばかりで普通の住宅ローンを借りられない移民の弁護士、といったニッチな層を狙った商品だった。ところが、RMBSの材料として市場全体から需要が殺到。そのうちサブプライム以外の土地投機ローンでもいいやということになり、果てはローンがあるように見せかける詐欺的なRMBSまで出現した。

日本では銀行がバブルをつくりだしたが、アメリカでは、サブプライムローンをつくれば、ウォール・ストリートのバンカーたちが買い取ってRMBSを製造し、高い格付けを得て投資家に売りさばいてくれるという、資本市場の枠組みそのものが超巨大銀行のような役割を果たすことで、天文学的な規模の不動産バブルを生み出したのである。

サブプライム問題は、ファンドや金融機関に破壊的な規模の損害をもたらした。「大きすぎて潰せない(too big to fail)」とされた大手金融機関ゆえに、最後は公的資金で守られるのではないかと思われていたが、政府が全米4位の老舗リーマン・ブラザーズの救済を否定すると、市場は大混乱に。グローバル化によって相互密接につながった先進国の経済全体を、長期間の不況に陥れることになった。

我が国の金融機関は、この間の金融技術競争にまったくついていくことができず、何周回も遅れていた。そのため幸か不幸か、サブプライム問題の直接の影響は軽微だった。しかし、その後世界全体を巻き込んだ恐慌は、輸出に多くを依存する我が国の経済に大きな打撃を与えることになるのである。

金融ビジネスは「各国横一線で出直し」の時代に

リーマンショック クリスティーズ

米競売大手クリスティーズのロンドン支社前で。2010年9月、リーマン・ブラザーズの看板はじめコレクター向けアイテムなどがオークションにかけられた。

REUTERS/Andrew Winning

サブプライム問題から学ぶべきことは多い。その筆頭に挙げたいのは、「金融ビジネスは富をつくり出せる」という幻想を完全に捨て去るべき、ということだ。

サブプライムショック後の日本では、高名な学者や評論家がまことしやかに金融工学の弊(へい)を主張するようになった。しかし、彼ら彼女らの多くは破たん寸前まで「金融立国」を主張し、少しでも欧米に追いつけと銀行や証券会社を焚きつけていた人たちだ。

そもそも、金融の本質は資金の仲介にすぎず、自ら投資商品を「製造」することなどできない。なるほど、いつの世にも金融機能は経済のインフラとして欠かせないし、高い技術と識見が必要な難しい仕事ではあることは間違いない。けれども、それは他の産業のように「○○立国」の礎となるような性質のものではないのである。

平成最後の日に至っても、金融ビジネスはここまで書いてきたような「商品製造モデル」の次を見い出せていない。令和は「次の一手」を欧米諸国も含めて横一線でゼロから考え直す時代になるだろう。ここで日本が頭一つ抜き出ることができるかは、金融人の発想・資質と使命感にかかっている。


大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。

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