なぜ日本人は承認欲求という“病”にかかりやすいのか。『承認欲求の呪縛』著者インタビュー

平成の30年間、日本は経済分野を中心にさまざまな分野で停滞してきた。その要因の一つとして、同志社大学教授で『承認欲求の呪縛』の著者でもある太田肇さんは、「日本では他人から認められたいという根源的な『承認欲求』に、個人も組織も呪縛されたこと」を挙げる。

「バイトテロ」も、イチローの選手生活終盤の苦しい成績も、若い世代の画一化も、周囲の目を気にしたり、期待に応えようとしたりするために生じた現象だと言う太田さんに、なぜ日本人は「承認欲求」にとらわれやすいのか、そして、「承認欲求の呪縛」を解くための処方箋を聞いた。

駅の雑踏

なぜ日本人は「承認欲求」にとらわれやすいのだろう?

撮影:今村拓馬

浜田敬子BIJ統括編集長(以下、浜田):近年、飲食店のアルバイトらが不適切な動画をSNSに投稿する「バイトテロ」が問題になっていますが、太田さんはこの要因としても「承認欲求」を挙げていらっしゃいます。

太田肇さん(以下、太田):「周囲から認められたい」「自分を価値ある存在と認めたい」という承認欲求があると思います。これは人間の根源的で、非常に強い欲求で、あらゆる行動は承認欲求に基づいていると考えています。例えば、従業員がいい評価を得ようと仕事に励む、スポーツ選手がオリンピックの金メダルを、作家が芥川賞や直木賞を目標にして頑張る。これらも「認められたい」という気持ちの表れです。

浜田:真っ当なことですよね。

太田肇

同志社大学教授、太田肇氏。

本人提供

太田:これが承認欲求のプラス面です。

ただ、例えば会社の上司から「素晴らしい成果だった。次も期待してるよ」と言われると、それが重荷となったり、あるいは組織内でキャラを設定されると、その役割を演じないといけないと思うようになったりする。これが「承認欲求の呪縛」なんです。

「承認欲求なんて気にしていない」と言う人が実はものすごく気にしていることもある。承認欲求は誰の心の中にでも潜んでいるモンスターのようなものです。ですから、その強さや隠された危険性にもっと注目をしてもらいたいのです。

「期待に応える」に過剰適応

浜田:著書では、いろいろな現象が承認欲求の呪縛ということで解き明かされています。承認欲求が、いい働きから呪縛になってしまう“境界”はありますか?

太田:「認められたい」が「認められねば」に変わったときです。

これまで日本の学校や会社では「期待に応えられる人」が評価されてきました。それにならされた我々は過剰適応しやすい。「課された仕事や勉強を100%こなす。そうすると、さらに目標が高くなる。それでも頑張って達成してしまう」という悪循環に陥る。

こういう優等生タイプは常に期待を超えて生きてきたから、期待を裏切ることに慣れていない。だから、「できません」と言う自分を許せず、つい頑張ってしまう。でもこれを続けているといつか潰れてしまうでしょう。

浜田:多くの人が無意識のうちに、承認欲求の呪縛にとらわれているんですね。

「望ましい日本人」が陥る風土病

イチロー

2019年3月に引退を表明したイチロー。

Masterpress/Getty Images

太田:先日、現役引退を表明した野球選手のイチローはかなり承認欲求が強かったと思います。彼はアメリカのメジャーリーグ「マリナーズ」では素晴らしい成績を残しました。おそらく、この頃は「最高のプレー」をすることだけに集中していた。

でも、「ヤンキース」に移ってからは本人が「チームのために」プレーするようになったと言うように、「期待に応えなければ」と考えたのでしょう。これに比例するように成績がぐっと下がってしまった。承認欲求の呪縛に陥ったのだと考えています。

オフィス

承認欲求の呪縛は、日本企業の風習が要因?

Kazunori Nagashima/Gettyimages

浜田:承認欲求の呪縛は日本特有のものなのですか。

太田:日本の風土病だと思います。日本では生真面目で几帳面であることが「望ましい日本人」とされてきたということや、恥、面子を重んじる社会ということが前提です。

例えば企業は、島国であることや終身雇用制になっていて労働力の移動が少なかったために、組織でのポジション争いのときに、誰かが選ばれると誰かが弾かれるということが明らかだった。つまり、優れた人を認めるより、和を乱さない人や決められたことを守れる人を評価する減点主義の傾向になる。

さらに、効率化を重視する工業社会のおかげで経済成長できたという成功体験が上塗りされて、企業や学校、地域といったあらゆる組織でミスをせずに作業を進められる「いい子」「真面目な人」が求められてきました。

根本にある同調圧力や共同体型組織

仕事

あらゆる組織でミスをせずに作業を進められる「いい子」「真面目な人」が求められてきたが、これからはそれが変わってくるだろう。

Michael H/Gettyimages

浜田:日本企業で評価されるのは、そういう「組織から見た望ましい人」ということですね。

太田:そうです。彼らは短期的に見れば真面目で、会社としては「望ましい社員」です。でも長期的に見れば、呪縛にとらわれてどんどん内向きになり、イノベーションを生み出せない。組織としても社会としても次第に地盤沈下し、日本全体が縮んでいきます。

ビジネスパーソン

既得権を持つ層に権限が集中しているため、現状はなかなか変わらない。

撮影:今村拓馬

浜田:それでもなぜ、企業は解決しようとしないんでしょう。

太田:それは既得権が絡んでいるからです。日本の場合、若い人よりも年配の人、女性よりも男性、外国人よりも日本人の方が利益を得ていて、彼らが変えたくないと思っている。そして、その彼らに権限が集中しているのでなかなか変わりません。

浜田:根深い問題ですね。経営層はイノベーションが生まれない背景として、従業員が承認欲求の呪縛にとらわれていることを自覚しているのでしょうか?

太田:わかっていないと思います。若い社員が受け身だとか、離職が多いといった現象に対しての危機感はあります。でも、その水面下に承認欲求の呪縛があって、その根本には自分たちの企業がもたらす同調圧力や共同体型の組織があるというところまではわからないでしょう。

大学入試を頂点とした受験制度の改革を

謝罪会見

日本企業では不正検査などの不祥事が相次いで起きている。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

浜田:日本の伝統的なエリート企業や官僚などの世界で近年、不祥事が相次いでいます。これは、そこで働く人々が外からどう見られているかという評価を気にしている、つまり、組織自体が承認欲求の呪縛に陥っているように見えます。もっと言えば、日本全体も呪縛に陥っているのではないかと思います。この息苦しさはどうすれば解決できるでしょうか。

太田:それは異論が唱えやすい、一色に覆われるのではないカラフルな世界にするしかありません。大学受験を頂点とする現在の受験制度では「いい子=先生に従う子」でいることが得だということが子どもたちに刷り込まれていて個性を発揮できません。まずは、受験制度を根本から変えることです。

就活

黒髪に、黒のリクルートスーツを着た就活生たち。

撮影:今村拓馬

浜田:平成はもっと多様な価値観が広がるだろうと思っていましたが、実際には共同体意識や同調性がむしろ強まっている。30年前の入社式の写真と最近のものを比べると、今の学生の方が選択肢は多いはずなのに、みんな同じ色のスーツに身を包んでいる。これも「優等生」を再生産するという教育の結果なんでしょうか。

太田:日本では「個性を伸ばしたい」と言いながら、組織があえて呪縛しようとしている節があります。大学も今は出席をしっかりと取り、単位の認定を厳しくして管理を強化しています。学生たちも社会で「扱いやすい人」が評価されるということを経験的に知っています。

多元的な居場所をつくる

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自分が属する場所を一つにせず、多元的に帰属すること。

Trevor Williams

浜田:学生や社会人が呪縛にとらわれない方法はありますか。

太田:自分が属する場所を一つにせず、多元的に帰属することです。学生だったら学校以外にバイト先や家、地元など、社会人なら会社のほかに兼業先や大学院、趣味のサークルといった別の世界を持つことが大事です。

「今いるここがすべて」となると、そこで承認を失ったら、その人のすべてを失うことになる。そうすると、「人と違ったことをして周りから浮く」なんてことは怖くてできない。つまり、呪縛がますます強まってしまうんです。

浜田:偏差値教育という世界でずっと承認され続けた人、例えば東大の学生はいかがでしょうか。

太田:彼らは東大に入ったことがゴールではないことに気づき始めています。以前は優秀な学生は官僚をめざしましたが、今はベンチャーや外資系の企業に行きたがる。

つまり、かつては「東大に入った=自分には能力がある」と思えて、承認欲求が満たされていた。ところが今は、東大卒だからといって必ずしも社会で活躍できないし、学歴のない人に負けることもある。だから、実力で勝負するしかない世界で勝たないと自己効力感を満たせなくなったんです。

浜田:日本全体が停滞して、「もうこの先はない」というところまできている。東大生も危機感を持ち、企業も追い詰められている。この停滞を解消するきっかけはどんなことでしょうか。

ビジネスパーソン

日本全体の変化は、すでに始まっている。

GCShutter

太田:例えば企業で兼業や副業が認められていけば、まず従業員の意識が変わります。構造的に見ればIT関係は小さな企業が大企業と戦えるようになってきた。そうなると大企業も変わらざるを得ない。社会的に見れば、外国人をはじめとするいい意味での「異分子」が入ることでダイバーシティーが進み、組織の風土が変わっていく。

こういった「外圧」がきっかけになって、日本全体は大きく変わっていくはずです。その変化はすでに始まっていると思います。

(聞き手・浜田敬子、文・宮本由貴子)


太田肇:同志社大学政策学部教授、同志社大学大学院総合政策科学研究科教授、経済学博士。主な研究分野は、個人を生かす組織・社会づくり。1954年兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修了。『承認欲求』『「ネコ型」人間の時代』など著書多数。

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