OKIのブランドアンバサダーに就任したイニエスタ。
Reuters/Orlando Ramirez-USA TODAY Sports
OKI(沖電気)はビジネス界のファンタジスタを目指すのだろうか?
Jリーグ・ヴィッセル神戸所属の元スペイン代表アンドレス・イニエスタ(34)がOKIのブランドアンバサダーに就任したというニュースが発表されたのは、約1カ月前の4月11日のこと。しかし、関係者に問い合わせても、どのようにブランド露出に使っていくのかが今ひとつ明確じゃない、という不思議な状態なのだ。
OKIといえば、ATM(現金自動預け払い機)やプリンターといった機器の製造大手。ただ、キャッシュレス化の波、銀行によるATM台数の絞り込みなどのあおりを受け、ここ数年は経営に苦しみ、2017年3月期には営業利益率が0.6%まで落ち込んだ。
OKIの売上高などの推移。
出典:OKIのホームページより
OKIの2019年3月期は、売上高4415億円(前年比0.8%増)、営業利益175億円(同126%増)、経常利益155億円(同81.8%増)。売上高営業利益率は3.9%に回復している。経営的には一旦底を打った形だが、いまなお構造改革に取り組んでいる真っ最中だ。
こうした背景の中で、イニエスタがブランドアンバサダーに就任した。OKIは2009年ごろから、女優の菅野美穂を自社のCMに起用してきたが、直近では有名人を前面に押し出して、大きく宣伝活動を続けている印象は少なかった。
OKIとスポーツとの関わりであれば、以前は強豪の陸上競技部や女子サッカーチームを抱えていたが、いずれも既に廃部している。
イニエスタの契約金は「数億円規模」とスポーツ関係者
世界的なスーパースターであるイニエスタは、ヴィッセル神戸での年俸が約33億円とも言われる。そのスーパースターとのブランドアンバサダー契約となると、金額規模もそれなりに大きいはずだ。
VISSEL KOBE公式チャンネルより
スペインの名門サッカーチーム、レアル・マドリードで働いたことがあるスポーツコンサルタントで、エージェントでもある酒井浩之さんは、契約金について次のように推測する。
「一般的に、CMなど広告契約しようとすると、サッカーの日本代表クラスで4000万円〜6000万円くらいだと思います。本田圭佑、香川真司や長友佑都など世界的な影響力のある選手となると、基本的に1億円は求めます。
ただ、(その金額規模も)どこで何をするのかで大きく変わります。例えば、クリスティアーノ・ロナウドをテレビCMに起用したいと事務所に伝えたら、必ず言われるであろうことは、“どこで何をするのか”ってことです。日本国内はテレビCMだけで、アジアではインターネット広告にも使う、といったように。
長友のようにイタリア、トルコでも人気のある選手で、イタリア、トルコでもテレビCMを出したいとなると、1億円では済まなくなるでしょう。世界的な影響力のあるイニエスタになると、恐らく2億円から3億円は軽くいくのではないでしょうか」 (酒井氏)
大枚をはたいたイニエスタをどう「活用」するのか
ベトナム・ニャチャンで見かけたOKI製のATM(2019年1月7日撮影)。
OKIは一体、どういった狙いでイニエスタと契約したのか。5月9日に東京都港区にあるOKIの本社で行われた2019年3月期の決算説明会で直接、質問を投げかけてみた。
鎌上信也社長は、現時点のイニエスタ活用プランについて、次のように明かした。
「イニエスタとの契約は国内限定で、どういう風に活用していくかというのは、これからのお楽しみです。我々の拡販に活用していきたい。肖像権とか契約上の制限がある。一部、内容的な規制もある。例えば、年に 1回、2回、どういった形で来て、肖像権を出してもらうとかパンフレットに載せるだとか、色んな条件があるので、具体的には計画はこれからつめていくところ」(鎌上社長)
1つ明確になったのは、イニエスタの起用は「国内限定」だということだ。イニエスタの世界的な認知度を考えればもったいない気もするが、つまりはグローバル展開もしているOKIのビジネスにとって「国内市場向けのブランディング施策」ということになる。
イニエスタと契約を結んだ理由について、星正幸副社長は次のように説明する。
「発表時のリリースにも記載しましたが、我々としては、イニエスタ選手のレッドカードをもらわない(*)スピリットなどが我々の行動指針にマッチしていて、ぜひ応援したいとなった。実際どう広告で使っていくのかというと、色々な条件の範囲の中で、かつ今の時代に即したような形でSNSなんかも含めて活用していきたいと思います」(星副社長)
*イニエスタは16年間のプロ生活で一度もレッドカードを提示されたことがない。
同社の公式サイトを改めて確認すると、社長メッセージに次のような表現がある。
「誠実であれ/変革に挑戦する/迅速に行動する/勝ちにこだわる/チームOKI」
確かに、イニエスタには誠実という一般的な評判がある。また、チームの勝利にこだわって、フィールド上で迅速に行動する選手だ。そして、現在の所属先ヴィッセル神戸において、パスを細かく繋いで攻撃的なサッカーを展開する「バルセロナ化」という一大変革に取り組んでいる最中。イニエスタはその変革に取り組んでいるキープレイヤーのひとりでもある。変革に関しては、結果が伴わず先月下旬にスペイン人監督が解任されてしまったが。
星副社長の言う「SNSを含めた活用」は、イニエスタがインスタグラムで約2950万人のフォロワー、ツイッターで約2400万人のフォロワーがいるので、そこを通じた宣伝活動を指すのだろうと思われる。
決算会見で説明するOKIの鎌上信也社長。
今回のイニエスタ起用の評判について、鎌上社長は前向きに捉える。
「“OKIらしくない”というのが褒め言葉かどうかわかりませんが、勝手に受け止めますと、良いことかなと思っています。我々も変わっていきたいという、一つのシンボルになるんじゃないのかなと思っております」
イニエスタとの契約は楽天とのビジネスの一環?
楽天の三木谷浩史会長兼社長。
一方で、イニエスタと契約した背景には、あの企業も見え隠れする。楽天だ。
ヴィッセル神戸の実質オーナー企業である楽天は、この10月、第4のキャリアとしてモバイル通信事業に参入する。OKIは2月、楽天グループの楽天モバイルネットワークが進める4Gネットワークの構築に参入することを発表している。
ATM市場が縮小していく中で、OKIの強みの一つである情報通信分野は、売上高1843億円、営業利益は147億円と、今や稼ぎ頭になっている。楽天とのビジネスを強めていく一貫に、もしかしたらイニエスタの案件が出てきたのだろうか。
「楽天の案件については、モバイルのバックホールということでやらせてもらっている。詳細についてはお客様の関係で内容は控える。今後も(同社とのビジネスを)継続していきたいというのはある」(鎌上社長)
結局、経営陣に直撃してもイニエスタの活用方法ははっきりしないままだが、サッカーファンの記者としては、OKIにはイニエスタの持つ発信力、影響力をうまくビジネスにも活用してくれることを願いたい。
(文、写真・大塚淳史)