アイカサの運営会社の創業者で社長を務める丸川照司さん。
出先で雨に見舞われ、あわててビニール傘を購入。気付けば自宅に何本も同じような傘が。不燃ゴミの日はいつだっけ……。年に数千万本ものビニール傘がこんな末路をたどると言われる。いつでもどこでも「シェア傘」を利用できる世の中を実現し、壮大なムダをなくしたい。そんな思いから24歳の社会起業家が立ち上げたサービス「アイカサ」が、急成長している。
1日70円、スマホにLINEアプリがあればOK
アイカサのウェブサイトより編集部がキャプチャ
アイカサの利用方法はとても簡単だ。専用アプリをダウンロードする必要はなく、スマホのLINEアプリ内で登録から傘の貸出・返却まですべての手続きができる。
まずアイカサのアカウントを検索し、「友だち」に追加。届いた説明文に従って、クレジットカード情報などを入力すれば登録完了。地図上に表示される最寄りの「アイカサスポット」へ行き、傘立てに並ぶ傘の柄のQRコードをスマホでスキャンするとパスワードが表示され、傘のダイヤルロックを解除して使うことができる。
使い終わったらアイカサスポットにある返却用QRコードを読み込み、傘立てに戻す。借りた時とは別の場所に返してもいい。
アイカサ利用フロームービー
出典:アイカサ(umbrella share)YouTubeチャンネル
料金は1日70円。ただし何回借りても1カ月あたりに課金される上限額は420円だ。コンビニなら500円前後でビニール傘を買えるが、それを下回る水準に抑えた。支払い方法はクレジットカードかLINE Payを選べる。
2018年12月にサービスを開始。登録ユーザーは9000人を超えた。アイカサスポットは約120カ所あり、今のところは渋谷界隈を中心とする東京都内が大半だ。計1000本ほどの傘が利用できる。提携先が増えるにつれて、個人経営の店だけでなくローソン、メガネスーパー、カラオケの鉄人といったチェーンの一部店舗、オフィスビル、駐車場、映画館とアイカサスポットの立地のバリエーションも広がっている。
「梅雨が始まる6月中にスポットは300カ所近く、利用できる傘は5000本に増やす予定です。首都圏以外でも大きく展開していきます」
アイカサを運営するNature Innovation Groupの創業者で社長を務める丸川照司さん(24)はそう意気込む。
返却率は100%「有料だからこそ」
東京・渋谷のカフェの外にあるアイカサスポット。傘の柄についているダイヤルロックを外すと開くことができる。
「シェア傘」という発想自体は新しいとは言えない。
例えば、全国各地の観光スポットや鉄道駅では傘の無料貸し出しサービスが以前から展開されている。しかし傘の返却率が軒並み低いため、規模の拡大ができず苦戦したり、打ち切りになったりするケースが目立つ。北海道新幹線が開業した2016年3月に函館市でスタートした事業では、用意された傘2300本のうち2100本が返らず、翌17年3月に終了した。
民間企業の取り組みでは、ダイドードリンコが自販機の一部に「レンタルアンブレラBOX」を設けて傘を無料で貸し出しているが、あくまでも「社会貢献事業」という位置づけだ。
「アイカサの場合、今のところ返却率は100%。これはサービスが有料だからです。ユーザーの方は僕らの会社にLINEのIDやクレジットカードの情報を提供するわけですから。有料だからこそ、きめ細かく傘をメンテナンスすることもできます。
無料サービスを競合相手とは考えていません。むしろアイカサにどんどん切り替えてもらいたいと考えています」(丸川さん)
アイカサの利用料の単価は安いが、傘にプリントされた広告や、利用時にスマホに表示する広告などからも収入を得ている。
シンプルなロック機能がついた傘は、丸川さんが中国の企業と直接交渉して製造を委託。傘立てにもロックをつけて無断で持ち出せないようにしたり、電子看板を設けて目を引く広告を出したりといったコスト増につながる仕掛けは一切排除し、「圧倒的な低コスト」を目指しているという。
天気予報専門メディア「tenki.jp」の共同運営会社から出資を受け、京浜急行電鉄のスタートアップとの事業共創プログラムの対象にも選ばれた。アイカサ事業の収支などは非公表だが、「収益性は十分あり、将来的には株式上場も目指している」(丸川さん)という。
「日本でシェアリングビジネスするなら傘でしょ」
2019年2月、アイカサのユーザーを招いて東京・渋谷で開いたイベント。100人近くが集まった。
提供:Nature Innovation Group
日本人の父親と台湾人の母親の間に生まれた丸川さんは、子どものころシンガポールで暮らした経験もあり、中国語と英語が堪能だ。
日本の大学で化学を学んでいたが、社会起業家の駒崎弘樹さんらのツイッターでの発信などに感銘を受け、さまざまな社会問題の解決に取り組むソーシャルビジネスを志すように。2015年に中退し、経営や途上国ビジネスについて学ぼうとマレーシアの大学に入り直した。
現地ではグラブやウーバーといったライドシェアサービスが当たり前のように使われ、シェアリングエコノミーへの関心が強まった。2017年9月、「DMM.comとメルカリが日本で相次ぎシェアサイクル事業への参入を検討」というニュースを目にした時、「日本でシェアリングビジネスをするなら傘でしょ」とひらめいた。
丸川さん自身は「ムダに傘を買うくらいなら濡れてもいい」という考えで、びしょ濡れになったことが何度もあった。一方、雨に濡れてはまずい状況でやむを得ず購入した傘が自宅に数本たまった経験も。「これだけ便利になった現代に、こんな小さなことに悩まされるのはもったいない」と以前から感じてもいた。
調べてみると、中国には成功例も失敗例もあり、いかにコストを抑えられるかが勝負のカギになるという教訓を得た。そうした先行事例の研究が、アイカサのシンプルで低コストなビジネスモデルに生きている。
「午後から雨」予報でも手ぶらで外出できる社会に
「東京五輪がある2020年までにシェア傘を3万本まで増やすのが目標」という丸川さん。
丸川さんがマレーシアの大学もやめ、日本に戻ったのが2017年10月。そのころたまたまクラウドファンディングのサイトで「傘のシェアリングビジネスを立ち上げたい」と出資を募っていた「同志」や、日本の大学時代の知人のエンジニアに声をかけ、2018年6月に今の会社を設立した。
まずは自社のオフィスがある東京・渋谷界隈のさまざまな店舗に丸川さんらが片っ端から飛び込み営業をかけ、アイカサスポットの設置場所を確保。半年ほどでサービス開始にこぎつけた。
2019年6月に「シェア傘5000本」を実現した後、東京オリンピックがある2020年までに「3万本」まで増やすのが当面の目標だ。今は日本語でしかサービスを利用できないが、英語や中国語、韓国語でも使えるようにし、外国人観光客のニーズも取り込んでいく。
その先は?丸川さんが描く未来図のスケールはケタ違いだ。
「正確な統計はありませんが、日本のビニール傘の年間消費量は8000万本ほどと見ています。まだ使える傘がゴミになるのはもったいないし、エコじゃない。この問題を僕らのビジネスで解決したい。
当たり前のようにアイカサがあちこちのビルやマンションの出入り口にあって、『午後から雨』という予報が出ていても安心して手ぶらで出かけられる。アイカサをそんな社会インフラにすることが目標なんです」
(文、写真・庄司将晃)