90年代生まれ中国人の消費変えた「ホワベイ」—— 信用が創る「中国新経済」のエコシステム

「新経済」とは、中国語で「ニューエコノミー」という意味を表す。

「中国新経済」の大きな特徴は、経済活動において最も信用が必要とされる「決済」が起点となっている点だ。スマートフォン(スマホ)にインストールされたオンライン決済アプリをプラットフォームに、過去になかった新しいタイプのビジネスが次々に生まれ、巨大なエコシステム(生態系)が形成されている。

オンライン決済の先駆的存在が、中国電子商取引(EC)最大手のアリババが手掛ける第三者決済サービス「アリペイ(支付宝)」だ。

信用スコア上げるためにさらに使う

アリペイロゴ

アリババはアリペイの取引ごとに蓄積する「信用データ」を用いて、新たに若者をユーザーとして囲い込んでいる。

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2000年代前半、クレジットカードが普及していなかった中国において、アリババが自らリスクを取り、未払いや詐欺を防ぐために取引を仲介することで、ネット上の取引の安全性、すなわち「信用」を担保した。

アリペイは、自社のECサイト「タオバオ(淘宝網)」の成長に大きく貢献したが、これによりアリババが得た副産物はさらに大きかった。取り引きごとに蓄積されていく莫大な量の「データ」である。

アリババは今、信用を担保したことで得た信用データを用いて新たなサービスを開発し、独自の金融サービスと結びつけることで、若者を中心としたユーザーの囲い込みを行っている。

その信用サービスが、アリババ傘下の金融サービス会社「アント・フィナンシャル」(以下「アント」と略称)が提供する「芝麻(ジーマ)信用」である。

「芝麻信用」とは、アリペイなどの使用状況や、過去の返済記録などのほかに、学歴や職歴、資産状況や交友関係などの個人情報をもとに信用スコアが算出されるサービスだ。高得点のユーザーはさまざまな特典を受けることができる。

例えば、信用スコアが一定基準を超えると、借家やホテル、レンタカー、シェア自転車などのデポジットが不要になったり、消費者金融でお金が借りやすくなったりする。高い信用スコアがあれば、一部の国のビザも取得しやすくなる。

信用スコアを上げるポイントの一つが、アントが提供するさまざまな金融サービスをよく使うこと。そのため積極的に、クレジット決済を利用したり、金融商品を購入したりする若者が増えている。

新サービスで変わる若者の消費行動

買い物

クレジット決済サービス「ホワベイ」は消費意欲が高い若者たちの衝動買いを促している。

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アントのクレジット決済サービス「ホワベイ(花唄)」も信用スコアが関係している。利用の可否は「芝麻信用」のスコアを基にシステムが自動的に評価、判断する。クレジット限度額もスコアが影響するため、ユーザーごとに異なる。

ホワベイのメインユーザーは「90後」(1990年代生まれ)の若者だ。同社が公表した「2017年若者消費生活報告」によると、90後の登録者は4500万人を超え、全体の約47.3%に達している。

ホワベイは消費意欲が高い若者たちの衝動買いも促している。

20代の大学生たちに話を聞くと、「買い物しても銀行口座内の金額が変わらないので、お金を持っているという錯覚に陥る」「この無利子のローンを使わないと損した気分になる」という。結局、ついついお金を使ってしまうそうだ。

消費が拡大する一方で心配されるのがローンの不良債権化だが、若者の延滞率は高くない。前出の「報告」によると、90後のホワベイ利用者の99%が期限内に返済しているという。身分証番号を使い実名登録しているホワベイでの延滞は、自身の信用記録に悪影響をもたらすためだ。その意味において、ホワベイは若者世代の信用意識を高めているといえるだろう。

一方、アリペイをベースとしたオンライン投資商品が「ユィウバオ(余額宝)」だ。

余額宝は比較的高い収益性や流動性、利便性といった魅力を兼ね備えている。ユーザーは銀行口座から余額宝のアカウントに直接入金するか、アリペイ経由で資金を移動するだけで利用できる。即日の購入・解約が可能で、少額(1元)からでも気軽に投資できる。時期によって若干異なるが、運用利回りは銀行の1年物定期預金より約1〜3%高く、毎日支払われる。

パソコンやスマートフォンから簡単に投資できることが受け、若年層を中心にユーザー数が急拡大。2018年第4四半期には5.8億人に達している(天弘余額宝2018年次レポート)。

「三方よし」のビジネスモデル

ジャック・マー

アリババ創業者のジャック・マー。キャッシュレス決済をもとにした新たなビジネスを次々と構築し、一大経済圏を築いている。

Elaine Thompson-Pool/Getty Images

これらの金融サービスは、若者たちの金融リテラシーを高めるのにも一役買っているようだ。

私が指導する学生の多くが、ホワベイとユアバオを同時に使いこなすことで金利収入を得ている。ホワベイは、実際に利用した月の翌月10日までに一括返済すれば無利子である。だから何かを購入するときも、現金ではなくホワベイを利用し、それと同じ額の現金を返済するまでの期間、ユアバオで運用しているのだ。

個人ユーザーにとってみれば、ホワベイとユアバオを使って金利収入を得ると同時に、芝麻信用のスコアのアップにもつながり、より多くの特典を受けることができる。

アリババグループ以外の外部企業にとっても、芝麻信用を利用することは信用リスクを抑えることができるため、積極的に利用されるようになっているようだ。

アント・フィナンシャルにとっては、多くの個人データが集まり、信用評価に関する分析精度も高まる上に、自社のビジネスの拡大につながる。

まさに「三方よし」のモデルができあがっていると言えよう。

このような好循環の中、新経済エコシステムは急速に拡大している。次々と誕生するニュービジネスは、すべてキャッシュレス決済を前提に設計されており、決済プラットフォームには多くの情報が集まっている。

一方で、「個人情報は一切提供したくない」と考える中国人も一部はいるかもしれない。現時点でもすでにスマホがないと不便な社会となってきているが、今後さらにキャッシュレス化が進むと、これらの層の人々が生活しにくい世の中となってしまう可能性も否定できない。

そして今、信用社会の実現を目指す中国政府は、これら民間企業が集めた信用情報を利用し始めている。後編では、「新経済」がビジネスの枠組みを飛び出し、社会システムの基盤となりつつある現状を紹介する。

(文・西村友作)

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西村友作:1974年、熊本県生まれ。対外経済貿易大学国際経済研究院教授。専門は中国経済・金融。2002年より北京在住。2010年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号を取得、同大学で日本人初の専任講師。同大副教授を経て、2018年より現職。日本銀行北京事務所の客員研究員も務める。

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