5月14日の東京株式市場では、激化する米中貿易戦争への懸念などから日経平均株価の終値が3年ぶりに7営業日連続の下落を記録した。
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足もとがふらついていた景気の先行きに、にわかに分厚い暗雲が垂れ込めてきた。
景気動向を総合的に示す指数は「景気後退の可能性が高い」水準に悪化。米トランプ政権が大方の予想に反して、中国製品に新たな追加関税を課して米中貿易戦争も再燃し、「泥沼の争いが続く」という悲観論が急速に広がる。戦後最長と言われてきた「アベノミクス景気」の幕切れは目前に迫っている。
「雇用や所得はしっかり」政府は景気腰折れを否定
国内での生産活動や輸出の低調さが今の日本経済停滞の主な要因だ。
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内閣府が2019年5月13日に公表した3月の景気動向指数(速報値)は、景気の現状を示す「一致指数」が2カ月ぶりに前月より悪化。指数のそれまでの変化の度合いから機械的に決まる「基調判断」が下方修正され、第2次安倍政権発足直後の2013年1月以来、6年2カ月ぶりに「悪化」とされた。
この表現は「景気が後退局面にある可能性が高い」ことを示す。
「中国経済の減速などから一部の業種で輸出や生産が鈍化しているものの、雇用や所得など内需を支える(日本経済の)ファンダメンタルズ(基礎的条件)はしっかりしている」
直後の記者会見で、菅義偉官房長官はこう説明し、安倍政権への支持の源泉である「経済の好調さ」は変わっていないと強調した。
景気動向指数は企業の生産活動、個人消費、雇用といったさまざまな経済指標を合成して算出し、景気の現状や先行きを総合的に示す。3月の数字については、一足先に公表された企業の生産活動を示す「鉱工業生産指数」の低調ぶりなどから、基調判断が自動的に「悪化」に下方修正されることは既定路線ではあった。
日本が景気後退に陥ったかどうかは、専門家でつくる内閣府の「景気動向指数研究会」がさまざまな経済指標を精査して1~1年半後に正式に判定する。経済の落ち込みが一定の「深さ」「長さ」に達することに加え、「経済の大半の部門への波及」といった条件を満たす必要があり、一時的・部分的な停滞は景気後退とは見なされない。
2014年4月の消費増税後、個人消費の冷え込みなどによって経済が一時的に停滞した時も景気後退の可能性が取りざたされたが、この時は「後退」と判定されなかった。
ただ、当時は景気動向指数の基調判断は「悪化」にまで至ってはいなかった。「悪化」とされたリーマン・ショック前後の2008~09年と、欧州債務危機時の2012~13年の過去2回は、いずれも事後的に「景気後退」と正式に判定された時期と重なる。
現状はまだら模様「悪い指標もあるけど良い指標もある」
北京の夕方のラッシュ。自動車を持つ中間所得層の爆発的な増加は、グローバル化の恩恵による中国の高成長の象徴だった。しかし、アメリカとの貿易戦争が中国経済の先行きに深刻な影を落としている。
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今回はどうだろうか?
景気変調のきっかけは「中国」だ。もともと減速しつつあった中国経済に2018年秋以降、アメリカによる中国からの輸入品に対する追加関税の拡大が追い打ちをかけた。
中国経済の冷え込みに伴い、半導体関連や産業用ロボットの中国での販売が減るなどして、業績予想を下方修正する日本メーカーが続出。モーター大手・日本電産の名物経営者、永守重信会長の「11月、12月に尋常でない変化が起きた」という発言は関係者に衝撃を与えた。国内での生産活動や輸出に関する経済指標は低調な動きが続く。
一方、国内の個人消費は今のところ底堅い、という見方が目立つ。日本経済新聞の5月10日時点のまとめによると、上場企業の2019年3月期の純利益は3年ぶりに減ったものの、国内でのビジネスの比重が高い非製造業の業績はおおむね堅調。経済の落ち込みが「大半の部門に波及」しているとは必ずしも言えず、その「深さ」も微妙だ。
景気後退の疑いは濃いものの、「悪い指標もあるけど良い指標もある、という状況です。現時点で景気後退に陥っているとは言い切れません」(SMBC日興証券の宮前耕也・日本担当シニアエコノミスト)という見方が一般的だ。
直近まで、中国については「減税やインフラ投資といった経済対策の効果によって2019年後半から景気は持ち直す」という見方が目立ち、日本経済停滞の「長さ」もそれほどにはならず、事後的に見ても景気後退にはならないという楽観論もあった。
崩れた回復シナリオ「景気後退でもおかしくない」
日本の景気の先行きへの見方が一変したきっかけは、米中貿易戦争の再燃だった。
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しかし、ここにきて先行きへの見方は一変した。きっかけは米中貿易戦争の再燃だ。
米中交渉が合意に向けて大詰めを迎えている、との見方が有力だった2019年5月5日。トランプ大統領は突然、アメリカ政府が中国からの輸入品2000億ドル(約22兆円)分に課している10%の関税について「金曜日(5月10日)に25%に上がる。中国の協議は遅すぎる!」とツイート。5月9日から開かれた米中閣僚級協議でも妥協は成立せず、米政府は予告通り関税を引き上げた。
アメリカは2018年7月以降、制裁関税を課す品目を段階的に拡大してきた。今回の措置によって、産業機械や半導体、家電といった幅広い品目計2500億ドル分に「25%」が適用されることになった。
これに対し中国側もアメリカからの輸入品600億ドル分について関税率を最大25%に引き上げる報復措置を発表した。
BNPパリバ証券の予測では、5月10日に決まった「2000億ドル分についての関税を25%に引き上げ」と、これに対する中国側の報復関税によるアメリカ経済への短期的な影響は限られるが、日本経済停滞の元凶である中国は経済対策によるプラス効果を見込んでも2019年の実質国内総生産(GDP)が0.1%押し下げられる。これを受けて、「0.3%」としていた2019年の日本のGDP成長率の予測も「0.2%」に下方修正した。
「事後的に景気後退と判定されるかは微妙ですが、そうなってもおかしくない状況です。少なくとも、2019年後半の日本の景気の持ち直しを期待することは難しくなりました」(BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミスト)。
同じような見方は急速に広がっている。そうした予想の通り、「2019年後半の持ち直し」が起きなければ、景気後退の可能性は一気に跳ね上がる。
夏の参院選、10月の消費増税判断にも影響
2012年12月の衆院選で野党党首として政権奪還を実現して以来、国政選挙で連勝を続ける安倍晋三首相への支持の源泉は「経済の好調さ」だ。
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米中の応酬が激化するなか、米政府は5月13日、制裁関税の対象を中国でつくられているiPhoneなどの携帯電話、パソコン、衣料品といった3800品目ほど、計約3000億ドル分に広げる手続きに入ると表明。実際にそうなれば、中国からのほぼすべての輸入品が制裁関税の対象となる。
アメリカの経済にも深刻な打撃を与えかねないこの「最悪のシナリオ」が実現する可能は低く、米中はいずれ妥協を図るという見方が今のところは大勢だ。しかし、万が一現実になればどうなるのか?
BNPパリバ証券の河野氏によると、中国のGDPを1.5%超、アメリカについては0.5%ほど押し下げる大きなインパクトがあるという。
「そうなれば日本も2019年はゼロ成長、マイナス成長に陥る可能性が高まります。景気後退は避けられません」(河野氏)
政権発足とほぼ同じ時期に始まった景気拡大が途切れ、「後退」に転じたという見方が優勢になれば、2019年夏の参院選を前に「アベノミクス失敗」の責任を問う野党などからの批判は勢いを増す。10月に迫る消費税率引き上げを予定通り実施するのか、再び取りやめて衆院解散などの形で「国民に信を問う」のか、といった安倍首相の判断にも関わってくる。
いずれにせよ確かなのは、アベノミクス景気の終わりに向けたカウントダウンは始まっている、ということだ。
(文・庄司将晃)