米中貿易戦争が再燃し、株式市場を中心に予想外の動揺が広がっている。
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米中貿易戦争が激化する中、株式市場を中心に動揺が広がっている。
5月13日、中国政府は、現在は5~10%の追加関税が課されている600億ドル分のアメリカ製品について、6月1日から最大25%へ引き上げる方針を発表した。5月10日に2000億ドル分の中国からの輸入について10%から25%へ追加関税を引き上げたトランプ米政権への報復措置である。
先に「弾切れ」となるのは中国
米トランプ政権は、約3000億ドル分の中国からの輸入に対し最大25%の追加関税を課す計画も正式に表明。実現すれば、いよいよiPhoneを含む携帯電話やノートパソコンなどの消費財も直撃することになる。
撮影:伊藤有
その直後、トランプ政権は、かねてより宣言している約3000億ドル分の中国からの輸入に対し、最大25%の追加関税を課す計画を正式に表明している。いよいよiPhoneを含む携帯電話やノートパソコンなどの消費財も直撃することになる。
こうした制裁の応酬が続くと仮定した場合、同額同率の関税をかけ合っていればアメリカからの輸入額の少ない中国が先に弾切れになるため、中国は通貨政策や各種許認可など貿易以外の「対抗策」を視野に入れてくるだろう。
市場で注目されやすいのは、人民元相場の動向である。
最近の主要通貨の対ドル変化率(4月30日~5月13日)に着目すると、最も上昇している通貨は円(+1.94%)、最も下落している通貨は人民元(▲2.09%)だ。
関税引き上げは通貨安で相殺できる
【図表1】
トランプ大統領が2000億ドル分の中国からの輸入に関し10%から25%へ引き上げることを表明したのは5月5日だが、やはりその時点から人民元は下げ足を早めている。
13日には一時、約4カ月ぶりの安値をつけている。過去1年を振り返っても、米中貿易協議により緊張感の高まったタイミングで人民元がまとまった幅で下落したことが注目されてきた【図表1】。
一方、2018年12月1日の米中首脳会談で協議延長に伴う追加関税の引き上げ先送り(2019年3月末までの90日間)が決まった際、人民元は騰勢を強め、その後も「合意近し」との報道を意識し堅調に推移してきた。
こうした人民元相場の動きすべてを中国当局の意思と整理するのは乱暴だろう。
しかし、10%の関税引き上げは10%の通貨安で相殺することが可能である。「アメリカからの輸入への課税」という手段が限られている中国からすれば、「すでに課された関税を消す」という発想は戦術として自然であり、そのための最も手っ取り早い方法が自国通貨安となる。
国有企業への産業補助金などもそれに類する一手だが、まさにその点をめぐって協議がこじれている現状を踏まえれば、表立っては難しいだろう。
チャイナ・ショック再来の悪夢
2015年8月、チャイナ・ショックを受けた株価急落を示す株価ボード。人民元の先安観が強まり、資本流出が制御不能な状態にまで強まった場合、株を中心として国内の資産価格が激しい調整を迫られる恐れがある。今の局面で中国が人民元安を追求するにも限度はある。
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だが2015年8月(チャイナ・ショック)の一件もあり、中国が元安を追求するにも限度はある。通貨の先安観が強まり、資本流出が制御不能な状態にまで強まった場合、株を中心として国内の資産価格が激しい調整を迫られる恐れがある。
そういった経緯もあり、2018年11月には「1ドル=7.00元」の攻防が話題となった。
「1ドル=7.00元」に経済的な意味はまったくないが、これを超えれば市場が騒ぎ、チャイナ・ショックの再来、結果的には外貨準備を大幅に費消することにつながりかねない恐れは確かにあった。
本来、為替レートの変動は、需給が「主」で、レートは「従」である。
しかし、人民元の場合、政府の恣意性も影響する分、レート(ここで言えば元安)が「主」となり、資本流出を引き起こすこともある。この時は需給が「従」となる。
そして、資本流出(需給)自体は当然、「主」ともなり、元安という「従」も引き起こす。いったん、この循環に入ると実弾(外貨準備)を通じた決済ルート、流動性の引き締めを通じた金利ルートなど、あらゆるアプローチによる通貨防衛が必要になる。
【図表2】
さらに心配なことは、現状では中国の経常黒字減少、見通せる将来における赤字化という論点も浮上している(2019年4月のIMF世界経済見通しは2022年の赤字化を予想)。つまり、為替レートを本来規定し「主」となり得る需給が、元売り超過になりつつある。
このような状況で政策的に人民元を押し下げるにも、やはり限度は出てくる。2018年の中国における資本純流出入の状況【図表2】を見ても、当局が余裕で構えていられるほど、安定した資本流入が確保されているわけではない。
このような状況を踏まえると、「アメリカによる制裁関税→元安で相殺」という対応は有益ながらも、使用限度はあると考えられる。
アメリカの強硬策は「人民元安誘導」を容易にする
2016年12月、米大統領選で当選後のトランプ氏の集会に詰めかけた支持者たち。保護主義は政権のアイデンティティだが、保護主義的な政策を打ち出すほど、中国は人民元安へ誘導しやすくなり、追加関税の影響を相殺しやすくなるという見方もできる。
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この点、中国にとっての救いはトランプ大統領自身が米連邦準備制度理事会(FRB)に金融緩和を求める圧力をかけており、(その圧力が効いたのか定かではないが)FRBが実際にハト派(金融緩和に積極的)傾斜を強めていることだろう。
米金利は緩やかに低下しており、ドル相場が上昇しそうな雰囲気はない。ドル高につながる米金利の上昇が抑制されていれば、中国としてはある程度は元安への誘導を展望することも可能になる。
FRBがハト派傾斜を強めている背景に、トランプ大統領の主導する保護主義があることは滑稽である。結局、中国への強硬策を採るほど、(米金利が低下するので)中国は元安へ誘導しやすくなり、追加関税の影響を相殺しやすくなるという見方もできる。
不毛と言わざるを得ない状況だが、アメリカの家計や企業といった民間部門にとってみれば「何が起きるか分からない」状況が半永久的に続く中で、リスク回避姿勢を強めざるを得ないことは間違いない。トランプ大統領は溜飲が下がるかもしれないが、結局、保護主義を追求するほどアメリカの実体経済が割を食う実情は否めない。
なお、米中協議の過程において人民元相場の安定をめぐっては合意が成立している、との報道が多いのは気がかりである。
2019年3月10日には中国人民銀行の易綱総裁が記者会見で「為替をめぐって多くの重要な問題を議論し、双方は多くの重要な問題で認識が一致した」などと述べていた。そう考えると、人民安が進むこと自体が再び協議の争点と化し、事態の混迷を招く可能性はある。
いったんもつれてしまった糸を元に戻すのは容易ではない。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。