「消費増税→日銀が追加緩和」でも円高リスク。トランプ政権の尻ぬぐい迫られるFRB

「景気」イメージ。

景気の先行きへの不透明感が高まるなか、また消費増税の延期を巡る議論がくすぶり始めている。

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世界経済は米中貿易協議を中心に荒れ模様だが、日本では2019年5月13日公表の3月景気動向指数における基調判断が2013年1月以来、6年2カ月ぶりに「悪化」となったことで増税延期議論がくすぶり始めている【図表①】。

6年2カ月ぶりの「悪化」と増税の行方

【図表1】

【図表1】

景気動向指数の基調判断における「悪化」は「下方への局面変化」の次のステップである。「下方への局面変化」という表現は2019年1、2月に使用され、これは「事後的に判定される景気のピークが、それ以前の数カ月にあった可能性が高いことを示す」ことを意味していた。

今回、その基調判断から「悪化」へシフトしたことを考えると、2019年1月の月例経済報告の公表日の記者会見で茂木敏充経済財政相が「戦後最長の景気回復(74カ月目)となったとみられる」と表明した今回の局面は、実は最長ではなかったのではないかという疑義も強まるだろう。

もっとも景気動向指数を用いた基調判断は機械的な運用に任されており、政府としての正式な景気判断は月例経済報告で示されることになる。 

政府・与党の要人発言の通り、現状では予定通り「10月に消費増税」が基本線であり、金融市場におけるあらゆる資産価格の予測もこれを前提とするのが筋だろう。

だが、景気動向指数の「悪化」判断を契機として、明らかに衆参同日選挙というフレーズが世の中で取り沙汰されるようになっており、本当にそうなる場合は実施の大義が「増税の可否」となる可能性が否めない。

冷静に考えると、増税後に想定される景気失速や、その後に控える五輪開催まで見据えれば、総選挙のチャンスはそれほどないという実情は確かにある。もし「増税の可否」が大義に挙げられてしまった場合、有効な対案を持たない野党は手痛い結果に直面する公算がかなり大きい。

日銀短観に注目が集まる

日本国内の自動車工場。

日銀短観の6月調査では、ヘッドラインとなる大企業・製造業の業況判断DIはさらなる失速が見込まれている。落ち込みの「深さ」がどれほどかは、消費増税を予定通り実施するかを政権が決める際にカギとなる景気判断に重要な意味を持つはずだ。

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とはいえ、各国のPMI(購買担当者景気指数)などに象徴されるソフトデータ(消費者や企業などの心理状態を判断するために実施される調査のデータ)はそろそろ下げ止まっても不思議ではないほど急落している。今後、底打ちに賭ける向きも徐々に増えてくるだろう。

もとより「年後半に中国の刺激策が顕現化するに伴って世界経済も復調する」というのが2019年のコンセンサスに近いことを思えば、現時点で政府が景気後退の判定に舵を切り、増税を再考するハードルも低くない。

【図表2】

【図表2】

そのような判断を下すにせよ、7月1日発表の日銀短観(6月調査)などを待っての動きとなるだろう。とくに日銀短観の6月調査ではヘッドラインとなる大企業・製造業の業況判断DIはさらなる失速が見込まれており、この深さがどれほどかは景気判断に重要な意味を持つはずだ【図表②】。

実際、自民党の荻生田光一幹事長代行が4月18日、6月短観を増税判断の重要な材料にするという発言をしたことが、注目されたばかりである。

もちろん、5月20日に公表された2019年1~3月期の実質国内総生産(GDP)が前期比0.5%増(年率換算では2.1%増)となったことも重要だが、これはしょせん、過ぎた話でもある。より近況をつかむという意味で短観の結果は重いはずだ。

政府の「政策補完」を強いられる日銀とFRB

日銀の黒田総裁。

予定通り「10月増税」となれば、黒田東彦総裁率いる日銀の追加緩和策への期待も高まるだろう。今さら効果的なカードが残されているとも思えないが、「何もしない」ことが許されるとも考えにくい。

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仮に予定通り「10月増税」となれば、これを相殺するための財政出動はもちろん、日本銀行の金融緩和策への期待も自然と高まるだろう。今さら効果的なカードが残されているとも思えないが、これまでの経緯に鑑みれば「何もしない」ことが許されるとも考えにくい。

片や、アメリカに目をやると、米連邦準備制度理事会(FRB)もトランプ政権の保護主義政策にまつわる米経済への悪影響を相殺すべく、緩和路線を強いられる環境にある。

2018年以降、トランプ大統領がFRBへの苦情を公言するようになった背景には、自身の保護主義が経済・金融情勢の悪化を招くような事態になった場合、責任転嫁できるようにしておきたいというアリバイ作りの側面もあると筆者は考えている。

こうして考えると、今後、日米の中央銀行は共に政府の経済政策を補完する(させられる)立ち位置に追い込まれる未来にあるように思える。具体的には両者ともに政府の経済政策の副作用を抑えるべく、緩和方向の動きを強いられる未来である。

ここで日本(というか円相場)にとって重要なことは、FRBの政策姿勢が明確に緩和(ドル安)方向に傾斜している状況では、日銀がこれを押し戻すことが困難であるという事実だ。

それは日銀に限らず欧州中央銀行(ECB)であれ、イングランド銀行(BOE)であれ、同様である。

変動為替相場制において正確な予測は困難だが、アメリカの通貨・金融政策が為替市場の基本的な方向感を規定するというのは揺るがない鉄則である。

そう考えると、仮に消費増税に踏み切った場合は、その景気下押し圧力に加えてFRB由来の円高圧力にも直面する可能性が残る。やや心配な論点ではあろう。

ドルと円の「どうしようもない強弱関係」

ドルと円。

基軸通貨である米ドルと、日本円などの非基軸通貨の間にはどうしようもない強弱関係がある。日銀がいくら緩和路線に舵を切ろうとしても円安になるような展開は期待できないと思われる。

Bloomberg Creative Photos /Getty Images

繰り返しになるが、現時点では「リーマン・ショック級の出来事が生じない限り、予定通り増税」が既定路線であり、市場参加者の大勢もそのメインシナリオで走っていることだろう。

しかし、その政策決定にまつわる内外経済環境が厳しいものになっていることも客観的な事実ではある。今後、国政選挙の日程などと絡めてそのシナリオが変わってくる可能性は十分あり、それは日銀の政策運営にも小さくない影響を与える可能性がある。

同時にFRBもタカ派(金融引き締めに積極的)路線への舵取りが政治的に難しくなっているという事情があり、日銀がいくら緩和路線に舵を切ろうとしても円安になるような展開は期待できないと思われる。それは基軸通貨と非基軸通貨の間のどうしようもない強弱関係であり、日銀や政府・与党の責任や能力の問題ではない。

FRBがトランプ政権の尻ぬぐいを任されそうな状況にある限り、ドル/円相場が円高方向に動くリスクが大きいことに何も変わりはないというのが筆者の基本認識である。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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