アリババ、テンセントも集約。中国の信用スコア国家管理に若者たちの本音

北京で自転車に乗る人たちの姿

信用意識が低いことが社会問題にもなっている中国。個人信用スコアを利用した信用システムの構築を急いでいる。

Pete Saloutos

「害人之心不可有,防人之心不可無」(人を害する心があってはならないが、悪人を防ぐ心はなくてはならない)

このことわざが示す通り、中国社会は基本的に性善説で成り立っていない。これは中国政府も、「社会の信用意識とレベルが低く、誠実で信義を重んじる社会的気風が醸成されていない」(「社会信用体系建設計画要綱(2014-2020年)」)、と率直に認めている。

毎日の買い物や外食などでだまされたり、不利益を被ったりしないよう、つねに注意を払わなければいけない社会では、とても安心して暮らすことはできない。日本でよく言われる「安心・安全」な社会は、中国人も望んでいるのだ。

中国政府も、信用に関する意識が低い状況を看過しているわけではなく、信用社会の実現に向け「社会信用システム」の構築に取り組んでいる。

そして今、この国家主導の社会信用システムに、「新経済」の中核を担うプラットフォーマーを取り込もうという動きが始まっている。

個人情報全て集約するバイハン・クレジット

中国人民銀行

中央銀行である中国人民銀行が中心となって「社会信用システム」の構築を進めてきた。

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中国における「社会信用システム」の構築は、中央銀行である中国人民銀行が中心となって進められてきた。

しかし、国家レベルの信用情報データベース「中国人民銀行征信センター」に集まる信用情報は、ローンを組んだり、クレジットカードを申請したりと、金融機関の信用サービスを利用できる一部の層に限られていた。

他方で、アリペイやウィーチャットペイなどのキャッシュレス決済アプリや、「新経済」エコシステムを形成するサービスの多くは、学生やフリーター、「農民工」と呼ばれる出稼ぎ労働者など、幅広い層に利用されている。つまり、これまで政府がアクセスできなかった層の信用情報が、アリババやテンセントなどの民間IT企業に集まっているのだ。

こうした民間企業のデータを取り込む具体的な動きとして、政府系業界団体が筆頭株主の「百行征信有限公司」(バイハン・クレジット)が2018年2月、中国人民銀行から個人信用調査許可証を公布され、10月から運用を開始している。

バイハン・クレジットの株式構造は、中国政府系の中国インターネット金融協会が36%、残りの64%は8社の信用調査会社がそれぞれ8%ずつ保有しており、その中にはアリババ、テンセントの関連会社も含まれている。

バイハン・クレジットは試運転を開始したばかりで、具体的な業務などの全容は不明なままだが、今後の先行きについて、監督を担う人民銀行の高官が気になる発言をしている。

「事前に個人調査業務を準備してきた8社は、今後、単独で信用調査業務に従事することはなく、それらの信用調査機能の一部は切り離されバイハン・クレジットに整理統合される。その他の業務はデータサービス業として存続していくこととなる」(万存知・中国人民銀行征信管理局長)

現時点でこの発言の実現性は判断できないが、もしこれが現実のものとなれば、8社の民間企業が積み上げてきた信用調査業務のノウハウや個人情報、今後アリババやテンセントなどのサービスを利用した際に残る個人情報などもすべてバイハン・クレジットに集約されることとなる。

信用スコアで信賞必罰の社会へ

習近平氏

中国政府は「監督管理体制、信用サービス市場の健全化をはかり、違約時の懲罰や遵守時の奨励策を全面的に機能させる」という信賞必罰の社会を作ろうとしている。

Andrea Verdelli/Getty Images

一方で、中国政府は「監督管理体制、信用サービス市場の健全化をはかり、違約時の懲罰や遵守時の奨励策を全面的に機能させる」という信賞必罰の社会を作ろうとしているが、問題は個人の信用度をどのように判断するかである。

その実現に向け、地方政府主導による個人信用スコアを導入しようという動きがみられるようになっている。例えば、北京市は実際に住んでいる住民全員をカバーする「個人誠信分」(個人信用スコア)を2020年末までに導入すると明らかにしている。

どのように運営するのか現段階では不明だが、この個人信用スコアを最新テクノロジーと組み合わせれば、将来的にはさまざまな可能性が考えられる。例えば、中国の監視カメラネットワーク「天網」の利用がある。

「天網」には人工知能(AI)による顔認証技術などの最先端テクノロジーが駆使されている。中国メディアによると、その性能は、「毎秒30億回の照合が可能」「一対一での識別精度は99.8%」と驚異的なレベルに達しており、身分証番号と紐づければほとんどの国民を、監視カメラを使って特定できるようになるだろう。

そう遠くない未来において、最新テクノロジーを駆使して個人の信用スコアを計算する、信賞必罰の時代が現実のものとなるのかもしれない。

「困るのはルールを守らない人間だ」

監視カメラ

天安門広場に設置された監視カメラ。プライバシーは大事だという声の一方で、中国の若者の間では国家主導で信用システムを構築すべきという意見もある。

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「信用スコア」「監視カメラ」という話題になると、日本では、ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』で描かれたような監視社会が中国に到来しようとしているといった論調がよくみられる。

しかし、実際に中国の友人や学生らの比較的若い世代に話を聞くと、当然プライバシーは大事だという声がある一方で、犯罪の少ない安心した生活ができるのであれば国家主導で信用システムを構築すべきという意見もある。両論あるのだ。

日本ではあまり想像できないかもしれないが、中国ではいまだに、児童誘拐や人身売買が大きな社会問題となっており、年間約20万人の子どもが行方不明になっているとの報道もある。実際、私が住む北京の集合住宅地の中には幼稚園と小学校があるが、登下校の時間帯には正門周辺が黒山の人だかりとなる。誘拐を心配して両親や祖父母が送り迎えしているからだ。

また、ネットショッピングやフードデリバリーの普及に伴い、交通ルールを守らない配達員による電動バイクの事故も多発。無断駐車や暴走運転などで渋滞を引き起こしているドライバーも少なくない。

このように、実際に現地に住んでみないとわからないような社会問題が中国には依然として山積しており、監視カメラについても「誰が一番困るかといえば、犯罪者やルールを守らない人間だ。真っ当な生活をしていれば何の影響もない」という声が多いのも事実である。

民間主導の「新経済」をも巻き込み、国家を挙げて構築を推進している「社会信用システム」。中国社会に存在する様々な信用問題を解決することにより、経済活動がスムーズに行われ、犯罪の少ない安定した社会の実現を国民は望んでいる。

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西村友作:1974年、熊本県生まれ。対外経済貿易大学国際経済研究院教授。専門は中国経済・金融。2002年より北京在住。2010年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号を取得、同大学で日本人初の専任講師。同大副教授を経て、2018年より現職。日本銀行北京事務所の客員研究員も務める。

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