音楽の都ウィーンで起きたスキャンダルと欧州議会で右翼政党が伸び悩んだ理由

セバスティアン・クルツ首相

セバスチアン・クルツ首相は不信任案を提出され、政権崩壊となった。

REUTERS/Leonhard Foeger

日本ではウィーンというと、とかく音楽のニュースばかりが報道されるが、5月17日、あるスキャンダルがオーストリアの政界を揺るがした。

ハンス・シュトラーへ副首相が突然辞任し、 セバスチアン・クルツ首相 (オーストリア国民党=ÖVP)は週末にもかかわらず、議会を解散して9月に総選挙を行うという異例の発表をしたのだ。

発端となったのは2年前、スペインの高級リゾート地のヴィラのある一室だった。

シュトラーヘ氏(当時はオーストリア自由党=FPÖの党首、のちに副首相に任命)が、ロシア人のオリガーク(新興財閥)の親族と称する女性から選挙の資金援助をしてもらう見返りとして、「自分が政権に加わった際にはさまざまな供与便宜を図る」と約束した。

そのやりとりを写した映像が、ドイツのシュピーゲル誌と日刊南ドイツ新聞のスクープによって明るみになった。

映像に映っているのは3人。シュトラーへ氏とウイーン市長代理(当時)のヨハン・グデヌス氏とその夫人。グデヌス氏はシュトラーへの“弟分”のような存在。その父親は右翼政党FPÖの議員を務め、第二次大戦中のナチスによるユダヤ人の殺戮を否定する「ホロコースト否定論者」でもあった。

音声も公開された。映像にはロシア人と思われる女性は映っていない。

「ジャーナリストは売春婦のようなもの」

セバスティアン・クルツ首相とシュトラーへ副大統領

スキャンダル映像によって、シュトラーへ氏(右)は副首相の座を辞任した。

REUTERS/Leonhard Foeger

与党ÖVPは2017年の総選挙で過半数を得られなかったことからFPÖと連立政権を組んでいた。

暴露映像内でシュトラーへ氏はロシア人女性に公共事業分野で便宜を図ると話している。だが、この映像が撮られたのは、シュトラーへ氏が政権に加わる前のもので、法的にはなにも抵触しない。だが、この件を重く見たクルツ首相は夜を徹して議論した結果、シュトラーへ氏に副首相の座を辞任するよう迫ったとされる。

気になるのは、シュトラーへ氏が6時間以上にわたる映像の中で、オーストリア政治を左右するといわれる大衆紙クローネ新聞を買収し、「ハンガリーのようにする」という発言をしていること。

ハンガリーではビクトル・オーバン氏が首相に就任した2010年からメデイアへの統制が厳しくなり、政権に批判的なメデイアを親しい人物たちによって次々に買収させている。1日で192紙もの地方紙が買収されたこともあったという。メデイアの報道の自由と中立性をウオッチする国境なき記者団(本部、パリ)は、現在、ハンガリーのメデイアのおよそ80%が政府寄りであるとしている。

隠し撮り映像の中でシュトラーへ氏は、「ジャーナリストなど売春婦みたいなもの」と笑い、「気に入らない数人はさっさとクビにして、我々の人間を5人ぐらい投入すればこちらのものだ」と話している。

公共放送ORFにも触れている。現在の受信料制度を廃止し、税金による公共放送の運営に切り替えてメデイアに圧力をかければ、FPÖの支持率を確実に増やせるとも話している。

批判したキャスターが集中砲火

官庁の前に集う人々。

ウィーンでは政権のスキャンダルに多くの人が抗議した。

REUTERS/Leonhard Foeger

オーストリアでは、FPÖが政権の一部となった1年半のうちにメデイア界が大きく変化したと言われている。

最近も公共放送ORFのキャスターが、「難民はドブネズミと同じようなもの」というFPÖが掲げるポスターに対してナチス時代のユダヤ人差別に類するものではないか放送内で述べたところ、FPÖ支持者たちはキャスターを激しく攻撃、ソーシャルメデイアでも同キャスターはトロール部隊による集中砲火を受けた。

国境なき記者団は、報道の自由についてオーストリアを2018年の11位から2019年は16位に格下げしている。

「オーストリアはトルコでもハンガリーでも、スロバキアでもない。ジャーナリストが脅かされたり殺されてもいない。しかし、このようなことは今までになかった」

と当事者であるキャスター、アルミン・ヴォルフ氏は語っている。

オーストリアでは第二次大戦後、オーストリア社会民主党(SPÖ)と新国民党(ÖVP)の二大政党が交代で政権に就いていたが、2015年以降の難民危機に勢いを得て、難民の流入を抑える“反イスラム党”として支持率を増やし、2017年の総選挙では第2党に迫る勢いで第3党として幅広く支持された。

戦後、多くのナチスシンパによって設立されたが、一時は支持率4%にまで低迷していたFPÖとしてはまさに起死回生である。

高い投票率と躍進した環境政党

ブリュッセルにある欧州選挙の宣伝ポスター

欧州議会選挙では右派が予想されたほど票を伸ばさなかった。

REUTERS/Yves Herman

折しも5月24日から25日には欧州議会選挙だった。映像暴露がその直前だっだけに、さまざまな憶測も呼んだ。

巧みな隠し撮りにプロの諜報機関が関わった見方も強いが、誰がどのような意図で映像をメディアに送りつけてきたのかは全く不明だ。ウィーンの弁護士とある探偵事務所が演出したともささやかれている。

しかもなぜオーストリアのメディアではなく、ドイツの週刊誌「シュピーゲル」と日刊紙の「南ドイツ新聞」の調査報道担当者に送られたのか。もちろん、送り主は明らかにされていない。

難民排斥とナショナリズムに訴える“ポピュリスト党”は、すでにEU加盟国ではオーストリア、イタリア、エストニアで政権に加わっている。難民問題に対する関心が弱まり、欧州のポピュリズムはピークを過ぎたという見方も一部で出てきている中、オーストリアのスキャンダルが欧州議会選挙にどう影響するのか注目された。

ドイツでは、「これが右翼政党の真の顔だ」と警戒心が募り、そのせいか、ドイツの右翼政党である「ドイツのための選択肢」(AID)は予想されていたよりも票を伸ばすことはできなかった。欧州議会でも7人から11人に議席を増やしただけである。

一方、オーストリアのFPOはあまり支持率(17.2%)を減らすことなく、欧州議会でも3議席割り当てられたため、皮肉にもシュトラーへ氏が欧州議会に送られることになった。

EUは5億人の巨大市場となった。予算配分、多岐にわたる規制や条例を左右する欧州議会選挙の行方が今回ほど注目されることはなく、これまでにない高い投票率だった。

これまで中核の役割を果たしてきた保守・中道政党の支持率が減り、代わりに躍進したは環境政党。次の世代を担う若い世代が投票所へ向かったからだと言われている。


福田直子:ジャーナリスト。元ニュース雑誌編集記者。アメリカとドイツに通算30年以上在住。近著に『デジタル・ポピュリズム』『観光コースでないワシントン』など。欧米の政治とテクノロジー関連など、社会と文化にわたり幅広く日本のメデイアに寄稿。

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