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クラウドファンディングで製作資金を集めたドキュメンタリー映画が、ネットフリックス(Netflix)に約11億円で配信権を売ることに成功したと、報じられている。
5月から配信が開始された「Knock Down the House」は、2018年の中間選挙で、下院議員選に出馬した女性新人候補者4人の戦いぶりを追っている。
邦題は、「レボリューション -米国議会に挑んだ女性たち-」。2019年サンダンス映画祭で観客賞を受賞し、アメリカ国内外で話題となっている。
「労働者階級」からの立候補
引用:Knock Down the Houseフェイスブックページより
2018年のアメリカの中間選挙では、史上最多の女性連邦議員が誕生した。
その中でも、29歳で史上最年少女性下院議員となったアレクサンドリア・オカシオ・コルテス(AOC)は、11期目を目指すベテランのジョセフ・クローリー現職議員を予備選で破り、一躍スターとなった。
通称AOCは、プエルトリコ出身の母とニューヨークのブロンクス出身の父のもとに生まれ、ウェートレスやバーテンダーの仕事をしながら、清掃員として生計を立てていた母親を経済的に支えていた。オカシオ・コルテスのような労働者階級の「普通」の女性4人が、富と権力が必要とされる政治の世界で奮闘する様子は、全米で共感を呼んでいる。
29歳で史上最年少女性下院議員となったアレクサンドリア・オカシオ・コルテス。
REUTERS/Andrew Kelly
特集されている女性たちは、それぞれ強い志を持って立候補を決断している。
亡き娘の理不尽な死が、ネバダ州のエイミー・ビレーラを突き動かした。当時23歳だった長女のシェイリンは、病院で症状を訴えたものの、加入している保険の確認などに手間取り、措置が遅れ、死に至ってしまったという。医療保険制度の現状に問題意識を持ち、ビレーラは出馬を決めた。
引用:Knock Down the Houseのネットフリックス公式予告
自信のある強い女性は反感を買う
ドキュメンタリー映画では、候補者を支える選挙対策チームの様子も描かれている。
ビレーラ陣営のファンドレイジング・ディレクター(資金担当)として紹介されているシャノン・トーマスは、筆者の大学院時代の同級生だ。トーマスは、大学院に在学中の2017年から、翌年の中間選挙の候補者の発掘と育成をおこなうJustice Democratsという組織でスピーチ・ライターとして働いていた。
オカシオ・コルテスやビレーラのような、初めて出馬する候補者たちと政策を詰めたり、資金集めの計画を立てたり、選挙活動を全面的にサポートしていた。トーマスはネバダ州でのビレーラの出馬が決まると、彼女のファンドレイジング・ディレクターとして就任し、資金集めに奔走した。
エイミー・ビレーラ下院候補(中央)と選挙対策チーム。右奥がファンドレイジング・ディレクターのシャノン・トーマス。
写真提供:シャノン・トーマス
日本では、女性候補者や議員への“票ハラ”(「1票の力」を振りかざす有権者によるハラスメント行為)や男性議員らからのセクハラが公となり、問題視されている。アメリカではどうなのだろうか。
トーマスは女性候補者であることで、あらゆるハードルが上がると話す。
「女性候補者は、スピーチやディベートに向けて、特に周到に準備しなければいけない。中国との貿易政策から国内の医療政策まで、あらゆる課題を熟知して、意見をしっかり述べられないとだめ。少しでもスキがあると、能力がない、準備不足だ、準備をしているのに理解力がない、と批判されてしまう。
でも自信をもって意見を述べたら、攻撃的で強気すぎると、これもまた非難対象になる。強い女性であるのは悪いことではないのに、反感を買ってしまう」
実際にアメリカで行われた研究では、女性は職場でも自信と謙虚さのバランスをとらなければ、バックラッシュ・エフェクト(反発の効果)が起きてしまうことが示されている。謙虚すぎると実績を見過ごされてしまうが、自信を示しすぎると、女性のジェンダー・ロールやあるべき姿に当てはまらないとして、周囲の反発が起きるのだ。
また、2018年に発表された最新研究では、女性はこのような反発を恐れて、実績に自信がある場合でも、自己評価をあえて下げていることも明らかになっている。毎日、公の場で有権者や関係者に自分を“見せる”仕事である選挙活動では、このようなバイアスを乗り越えなければならない。
長い髪を突然に刈り上げショートに
ドキュメンタリー映画の最初のシーンは、女性候補者が着るべき服装を悩む様子だ。トーマスも、選挙チームの一員として、容姿の問題に悩まされた。
選挙活動の最初の頃。イベントでマイクを握るトーマスの髪は長く、服装も“女性らしい”ワンピースだった。
写真提供:シャノン・トーマス
選挙活動が進む中、長い髪を突然、刈上げショートにし、大きくイメージを変えた。理由は、女性であっても対等に扱われるため、だった。
ファンドレイジング・ディレクターの仕事柄、トーマスは資金集めパーティーを主催することが多かった。選挙区のラス・ベガスのエリート層をターゲットとしたパーティーは白人の男性有権者がほとんど。その都度、ハラスメントを受け、見下される苦しみを味わった。
「選挙中、私は確かに25歳で若かったし、経験豊富とは言えない。でもだからといって、人としての基本的なリスペクトを示されないのはつらかった。政策の話を一生懸命しても、聞く耳を持ってもらえなかった。1時間近く会話を続けて、やっと、“この女は意外と馬鹿じゃない”といった調子でなんとか認めてもらえるような状況だった。
“女の子のお遊び”を越えて、対等にみられたいと、思い切って短髪にしたの。そうするしかなかった」
選挙中、男性から対等に認められようと、長い髪を刈上げショートにした。
写真提供:シャノン・トーマス
トーマスは、大学は成績優秀者としてカリフォルニア大学バークレー校を卒業し、大学院はハーバードを出ている。大学院時代の授業でも、彼女の鋭い発言はひと際目立ち、同級生からも教授からも慕われていた。自信に溢れているようにみえた友人からの告白に、筆者も心が痛んだ。
セクハラも、日常茶飯事だった。
ある資金集めパーティーで、男性に「調子はどう?」と聞かれ、「睡眠不足が続いているから、少し疲れているけど元気」と答えたら、「僕と一緒だったら、寝させないよ」と言われた。
別の資金パーティーでは支援者から、お尻をつかまれた。嫌だとはっきり伝えて抵抗しても、またつかまれたこともあった。仕方なく警備担当者に通告して、1人でどうにもできなかった状況にトイレで涙を流した。
「自立した毅然とした女性でありたいのに……本当に悔しかった。票と資金を持つ有権者に対して、どこで線引きをするか、これはとても難しい問いだと思う。
こんな人たちに何一つお願いをしたくないと思うこともあるけれど、少しずつ自分が係わる人から変えていくしかないと思う。意図的なハラスメントや無意識な差別に合ったとき、とにかく、しっかりと相手と向き合い、嫌な理由を説明する。それでも改善がみられない場合、どうしても切らなけれければならない縁があるのは確か」
中には、候補者のビレーラをトイレまでつけて、セクハラ行為をしようとする有権者もいた。そのような男性は要注意人物として、選挙活動のイベントやパーティーに入れないよう、あらゆる名簿から外した。
ハラスメントを予防するために、女性候補者を1人でイベントに派遣するか、男性スタッフが同行したほうがいいか、チームで話し合いもした。
立ちはだかる家族と資金の壁
ビレーラの夫はアメリカの空軍で、選挙期間の一部は海外に派遣されていた。そのためピレーラは13歳の娘の世話をしながら、選挙活動をしなければならなかった。家族をケアしながら、昼夜問わず有権者や関係者との会合にすべて出席するのは不可能だ。
企業献金を受けない方針をとったため、選挙活動に必要となる膨大な資金の一部は、自身でローンを組んでなんとか捻出した。映画では、ビレーラの選挙ポスターをボランティアがスプレー缶のペンキでつくるシーンが登場するが、ポスターを印刷できないほど、終盤は資金繰りが苦しかったという。
アメリカでも男女の賃金格差が顕著な中、女性が選挙活動をおこなう基盤を整えることさえ、大きな壁となっている。日本も男女の賃金格差は24.5%にものぼり、OECD諸国の中では下から3番目。例外ではない。
エイミー・ビレーラは、13歳の娘を育てながら、家庭と選挙活動を両立させた。
写真提供:シャノン・トーマス
結局、ビレーラは民主党の予備選で敗退した。正しいことを、正しい方法で挑んでも、必ずしも成功につながらないと思い知らされた。
それでも、トーマスは、希望を捨てていない。
選挙活動にボランティアとして参加していた大学生たちの姿に力をもらったからだ。
「自分たちの行動で、少しずつ世の中を変えたい、そう考えている次世代を前に諦めることはできない」
完璧でなくても一歩を踏み出すこと
ビレーラ陣営には、政治の現状を変えたいと立ち上がった多くの大学生ボランティアが参加していた。
引用:エイミー・ビレーラ フェイスブックページより
さらに、選挙活動を通して、強い女性であることの意味を少しずつわかってきたことも、大きな力になっていると言う。
「人がこれまでやったことがないこと、諦めていたことに挑戦することは、とても怖いこと。今ではスターとなったオカシオ・コルテスだって、選挙の2カ月前は、出馬に必要な署名が集まらないことを心底恐れていた。
特に女性は完璧でないと、すべてがそろっていないと、一歩踏み出せないことが多い。そんなことは絶対にない。弱さがあるのは、人間である証拠。弱さを自覚しながらも、結果がみえない不安の中で、それよりも大事な何かのために一歩を踏み出すこと、それこそが勇気だと学んだ。
映画に出てくる4人の女性たちも、ずっと無理だ馬鹿だと言われ続けてきた。それでも信念を貫き通したことで、彼女たちは映画を超えて、多くの若者に希望を与えたもの」
取材の最後にトーマスは、フェミニストで人権活動家のオードリー・ロードの言葉を共有してくれた。
“When I dare to be powerful, to use my strength in the service of my vision, then it becomes less and less important whether I am afraid.”
自らの志を貫くために己を奮い立たせ、強くあろうとすると、(立ち上がることへの)恐怖を抱いているかどうかは、どんどん、問題ではなくなっていくのです。
(敬称略)
大倉瑶子:米系国際NGOのMercy Corpsで、官民学の洪水防災プロジェクト(Zurich Flood Resilience Alliance)のアジア統括。職員6000人のうち唯一の日本人として、防災や気候変動の問題に取り組む。慶應義塾大学法学部卒業、テレビ朝日報道局に勤務。東日本大震災の取材を通して、防災分野に興味を持ち、ハーバード大学大学院で公共政策修士号取得。UNICEFネパール事務所、マサチューセッツ工科大学(MIT)のUrban Risk Lab、ミャンマーの防災専門NGOを経て、現職。インドネシア・ジャカルタ在住。