2019年がサブスク動画「激震の年」になる理由 ── ディズニーのHulu子会社化、「AppleTV+」の思惑

動画配信プラットフォーマーたち

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5月14日(アメリカ時間)、ウォルト・ディズニー・カンパニーは、アメリカの通信会社・コムキャストから、映像配信サービス「Hulu」の営業を継承する契約を締結したと発表した。

アメリカでは現在、映像配信事業者の再編が加速している。圧倒的なシェアを持つネットフリックスに対抗するアマゾンなどの既存事業者に加え、アップルやディズニーが2019年秋より、オリジナルコンテンツを軸にしたサービスを展開する、としているからだ。

再編の主役であるディズニーが、アメリカの配信大手の一つであるHuluを手中に収めることには、いったいどのような意図が込められているのだろうか? 各社の思惑を分析した。

大手の寄り合い所帯からディズニー子会社へ

ウォルトディズニー・カンパニーのリリース文。

Huluの子会社化を伝えるウォルトディズニー・カンパニーのリリース文。

アメリカには、映画からドラマまであらゆるコンテンツを配信し、自分達でオリジナル作品も作る「総合型」の映像配信がいくつかある。最大手のネットフリックス、アマゾンなどはその代表格だが、Huluもそのひとつだ。

Huluは元々、NBC・ABC・FOXといったアメリカの大手メディア企業が合弁で立ち上げたサービスで、サービス開始は2008年と古い。当時の対抗は「YouTube」だった……というところからも時代がしのばれる。

Huluは順風満帆に生き残ってきた企業とは言い難い。

同時期に配信事業をスタートさせたネットフリックスやアマゾンに抜かれ、海外展開もうまくいかなかった。

世界初の海外展開事業として、2011年に日本に進出したものの行き詰まり、2014年に日本テレビ放送網に事業を売却している。その関係もあり、本記事で出てくるHuluは、日本で日本テレビが運営するHuluとは、まったく別のビジネスであることをご留意いただきたい。

hulu.comのトップページ

hulu.comのトップページ。

とはいえ、ここ数年でHuluも落ち着いてきた。各社の寄り合い所帯であったところから独自性が強まり、オリジナル作品の「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」が2017年にエミー賞で作品賞を受賞するなど、コンテンツへの評価も高まってきた。

そこに、ディスニーの戦略がかみ合った。

ディズニーはコンテンツ力強化を進めている。その中で浮上したのが「Huluの取得」だった。

2019年3月に21世紀FOXを買収して同社の持つHulu株を取得、4月にはAT&Tが持つ株式をHuluが買い戻す形で取得して同社の過半数の株式を取得。さらに、残る大株主であるNBCユニバーサルが持つ株式を、NBCユニバーサルの親会社であるコムキャストから、2024年以降にすべて取得する、と合意した。

結果、Huluはディズニーの完全子会社となる。コムキャストとディズニーの乗り合い、という状況がなくなることで、Huluの経営方針はより安定していくはずだ。

Huluを手に入れて「専門局」から「全方位戦略」へ

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Disney+のプレビュー版サイト。いまはまだメールアドレスを登録して最新情報を受け取る機能しかない。

ディズニーがHuluを欲したのは、コンテンツ力の強化だけが目的ではないだろう。「総合サービス」としての看板を求めた、という可能性が高い。

ディズニーは2017年以降、配信事業の強化を積極的に進めている。もともとは、アメリカのケーブルテレビ市場でドル箱だったスポーツ局「ESPN」の配信事業を強化しててこ入れするところからスタートしたが、2019年11月から「Disney+」をスタートし、映画・アニメ・ドラマなどの配信を行う。

ESPNもディスニーも、それぞれに強力なファン層と強いコンテンツを持つ。だが、どちらも「専門局」的で総合性はない。EPSNやディズニーの中で「他のコンテンツ」を配信することもできるだろうが、それではわかりにくいし、ブランド力も活かしづらい。

総合力のあるHuluを取得することで、ディズニーは配信において全方位戦略を採ることが可能になる。ここで重要なのは、映像配信の場合、消費者が使うサービスが「1つに集約される」ことは少ない、ということだ。

ディズニーのロゴ看板

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アメリカでは、ネットフリックスが6割のシェアをもっている。だとすれば、他はビジネスにならない……と思いがちだ。しかし実際には、他の事業者も十分ビジネスになっている。理由は、複数のサービスに加入する人がほとんどだからだ。

1社ですべてのコンテンツをカバーするのは難しい。一方で、映像配信は月に10ドル程度の出費だ。アメリカの場合、ケーブルテレビ事業者に毎月100ドルを支払っている人も少なくないため、その出費を減らしたり、カットしたりすることを思えば、10ドルを3社契約しても、まだ安くつく。

ネットフリックスのリード・ヘイスティングスCEOは「他の配信事業者はライバルではない」と、ことあるごとに発言している。その真意は「他社と契約したとしても、弊社との契約を止めないならそれでいい。だから戦う相手ではない」(ヘイスティングスCEO)ということだ。

複数のサービスが補完的に家庭で使われる、というのが今の映像配信のあり方だ。だとすれば、「その複数の中でいかに自社の支配率を高めるか」が重要になる。強い専門サービスは選ばれる可能性が高いし、総合サービスもまたしかり。「ネットフリックスとDisney+」という選択をする顧客に、「HuluとDisney+」という選択をしてもらえるようになれば……という狙いではないだろうか?

Apple TVアプリ刷新で「入り口」を押さえるアップル

Apple TVアプリケーションのアイコン

最新のiOS 12.3で追加された「Apple TVアプリケーション」。

アップルの動きも見逃せない。

アップルは5月14日、iPhone・iPad向けのOSである「iOS」を「12.3」にアップデートした。iOS 12.3には「Apple TVアプリケーション」という新しい機能が盛り込まれている。

これは、アップルがこれまで提供してきた動画配信機能を再整理・統合したものだ。

日本では映画配信のみが利用できるが、アメリカの場合には、各種映像配信サービスと連動し、このアプリを通して各サービスが利用できる。日本でも、ネットフリックスやAmazon Prime Videoとは連携しており、それらの登録されているコンテンツが、すべてではないものの、検索すると出てくる。

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Apple TVアプリケーションでネットフリックスのコンテンツを検索したところ。「ほかのAppで開く」をタップすると、ネットフリックスアプリに誘導される。Apple TVアプリが「入り口」を押さえようとしている、というのはこういう意味だ。

ティム・クックCEO

3月のスペシャルイベントでAppleTV+を発表するアップルのティム・クックCEO。

撮影:西田宗千佳

普段はApple TVアプリを「配信の窓口」として使うと、複数のアプリを使い分ける必要性が減る……。そんな風にアップルは考えているのだろう。

同じ機能は今後、Macやスマートテレビ用アプリにも提供されていくので、「フロントエンド」を狙っているのは明白だ。

いまは単なるまとめアプリ的な存在だが、秋にアップル独自の映像配信サービス「Apple TV+」がスタートすると、また位置付けが違って見えて来る。Apple TV+は、Apple TVアプリから使える「サービスのひとつ」になるからだ。

appletvplus

2019年秋……となると、特に明言されているわけではないが当然、新型iPhoneの発売タイミングに合わせた開始になることを感じさせる。

先ほど述べたように、映像配信は「複数を契約して使い分ける」のが一般的。だとすれば、使い分けがしやすい窓口を作り、その一等地に自社のサービスを置くことは、非常に大きな意味を持ってくる。

そして、アップルとディズニーの関係は元々良好である。現状は連携の話は出ていないが、なんらかの策が採られても驚かない。

アップルがここで映像配信アプリを整備したのは、そうした競争に向けた「準備」の意味合いが強そうだ。

(文・西田宗千佳、写真・伊藤有)

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