このままでは日本はアメリカの“技術属国”になる。元駐中国大使・丹羽宇一郎氏の警告

ファーウェイ

アメリカの制裁措置によって次々取引停止の企業も。ファーウェイは正念場を迎えている。

shutterstock:Ascannio

対中貿易摩擦が再燃する中、トランプ米大統領が中国の通信機器大手、ファーウェイ(華為技術)の排除を目指した制裁措置を発動、米中対立は新たなステージに入った。

ファーウェイ製品の発売延期やファーウェイへの部品供給停止の動きが表面化している一方で、トランプ氏は米中貿易交渉の中で同社を交渉材料の一つにする可能性も示唆している。

米中対立は今後どうなるのか。そして日本への影響は? 経済界の活動も長く、駐中国大使も務め、米中関係にも詳しい丹羽宇一郎氏に聞いた。

5Gで「中国に遅れ」の焦り

丹羽宇一朗氏

伊藤忠社長・会長や駐中国大使などを歴任した丹羽宇一朗氏。写真は2017年8月のもの。

撮影:今村拓馬

—— トランプ大統領はファーウェイを世界市場から排除する「カード」を切りました。貿易摩擦という「取引可能」な舞台からいきなり「本丸」に迫ろうとしているように見えます。

丹羽宇一郎(以下、丹羽):アメリカは排除の理由に、情報の窃取など安全保障上の理由を挙げていますが、証拠の要望に答えを出していない。トランプさんの言っていることは「どこまで本当なのか」と疑ってしまう。

ニューヨークタイムズなどもかつて読者に謝罪したように、デッチ上げと後で分かった「大量破壊兵器保持」を理由にしたイラク侵攻と同様、ひょっとするとデッチ上げの可能性があるのではないかと思う人もいるようだ。そんなことはありえないとは思うが……。

移動通信システムの新世代「5G」システムの開発で、アメリカは中国に遅れをとってしまった。だから焦っているのではないかと、懸念する人も多くなっている。

ファーウェイ

5Gの商用化で世界の最先端を走るファーウェイ。

5Gの商用化で世界の最先端を走るHUAWEIReuters:China Stringer Network

—— 5Gをめぐる争いは、それほど重要な意味を持っているのでしょうか。

丹羽:5Gがなぜ重要なのか。通信速度が4Gの100倍も速く、大容量というだけではない。さまざまなものがインターネットでつながるIoTは、車の自動運転からエンターテインメント、医療、建設、さらに都市建設まで、応用範囲が実に広い。その通信技術に多数同時接続が可能で、リアルタイム通信の5Gは欠かせない。その5Gの技術でファーウェイはトップレベルなのです。

5Gは今までの通信の常識をぶち壊してしまう。

さらに中国はコンピューター、衛星の世界でも最先端を走っていて、アメリカは追いつけないようだ。最先端の量子力学の半導体への応用でその性能は格段と高くなり、中核の半導体が中国に支配されたら、通信の5Gでも勝負がついたことになるのではないか。

中国は、(量子暗号を使う)衛星打ち上げや無線通信実験にも成功していますが、これで暗号解読が不可能になるとも言われています。軍事的な意味もあります。ここが一番のポイントです。「これは大変だ、中国の動きを抑えなければ」ということになったと考えざるを得ません。

多額の資金を投じて競合しのぐ

ファーウェイCEO

5月18日にBusiness Insider Japanなど日本メディアの取材を受けたファーウェイの任正非CEO。いずれ来るアメリカとの対立には2000年代初頭から備えてきたと話した。

撮影:浜田敬子

—— ファーウェイは、コストパフォーマンスだけでなく、技術力も優れていると言われています。

丹羽:ファーウェイは電波の効率利用や技術面で優れており、自信を持っているようです。5Gはタイムラグがほぼなくなるから、遠隔地でもほぼ同時に情報が届き、医療でも機能を発揮するでしょう。

ファーウェイにとって有利なのは、これまでに建設した無線基地局の数が一番多いことです。既存の4Gの基地局に5Gの無線機を設置できる。

基地局に使われる無線装置の小型化に成功したことも大きい。基地局建設ではおそらくファーウェイがこれからもトップを走るでしょう。

—— 今回の措置には、米国由来の技術を使った部品や製品の再輸出入も全て禁止されます。

丹羽:問題は特許の数ではありません。留学生や研究者を通して技術を盗むという問題でもない。ファーウェイの強みは、競合相手をしのぐ多額の資金を投じて有能な技術者をたくさん育てたことです。

技術が意味を持つのは、特許をどのようにビジネス化するかです。それが先端企業の「ブラックボックス」になる。この分野ではアメリカはそこで遅れをとっている。

アメリカも力はないわけではないが、対応する技術者の面では、アメリカは当面中国に追いつけないのではないか。

新たなサプライチェーンの構築必要

日米首脳会談

5月に行われた日米首脳会談。安倍首相とトランプ大統領はゴルフや大相撲観戦なども楽しみ、親密ぶりをアピールした。

提供:内閣広報室

—— デジタル経済が二分され、固く閉じた米国型と、大きな円を作ろうとする中国型による二分化で、経済にどんな影響が出るでしょう。

丹羽:世界の経済構造が変化していきます。世界経済を成長させてきた部品供給網(サプライチェーン)が破壊されてしまう。

世界の経済構造を破壊して誰が得をするのでしょう。誰もいません。一夜で新たにサプライチェーンを作ることは、経済が生き物である限り不可能です。ファーウェイも独力ではできない。英独などがファーウェイ製品を使うと発表しているので、中国で製品を作り欧州が買うという構図は考えられる。

ファーウェイはサプライチェーンの比重を欧州に移すかもしれない。でも実際、簡単ではありません。ハイエンドの部品を提供できる国は限られていますから。

日本がそのサプライチェーンに入るのは難しいのではないでしょうか。安全保障、自動車等貿易規制、衛星協力などアメリカとの関係が強すぎるからです。

一方で、日本はすでにファーウェイに7000億円を超える部品を供給しています。こうした部品メーカーが今後どのような影響を受けるのか大きな問題です。

日本はファーウェイに供給しなければ生きられないと主張すべきです。3カ月連続の日米首脳会談の2回目が進行中ですが、主要課題は一気に解決されるほど簡単ではなく、アメリカは選挙民対策、日本は自動車、為替の実体経済への影響と利害関係がかみ合わず、即決即断の大統領も今回ばかりは時間が必要となるでしょう。

ビジネスでも「日米基軸」の時代遅れ

ファーウェイ

EUの中には、ファーウェイに対して一律に取引を停止しないという選択をする国も。

REUTERS/Dado Ruvic

—— 日本政府は5G構築に当たって2018年12月、ファーウェイを事実上排除し、通信各社もすんなり従いました。一方、ドイツやイギリスはファーウェイ製品が「安保上」問題があるかどうかを独自調査して、全面排除はしない方針です。日欧の対応にだいぶ差があります。

丹羽:ドイツやイギリスの進め方が真っ当のように思われます。ファーウェイに競争力があれば、ファーウェイを使わざるを得ないからです。「アメリカさん、あなたの国は自分でできるだろうが、日本はファーウェイでやらざるを得ない部分もある」と言わざるを得ません。

日米同盟だからといって、何から何まで全部アメリカの後についていくのは、今回ばかりはリスクが大きすぎます。世界は、特殊な理由で国と国が結びつく時代ではない。競争力のある所と一緒になって自国を守らなければならない。

—— 安倍政権は安全保障だけでなく、ビジネスでも日米機軸を「錦の御旗」にしています

丹羽:時代遅れです。技術開発の真剣勝負は、特許や知財保護にあるのではありません。

菅官房長官が5月の連休明けにアメリカに行きましたが、菅さんがこちらから「ご挨拶」にうかがったのではなく、実はアメリカが彼を呼んだのではないかという話があります。安倍さんを動かしているのは菅さんだから、ファーウェイ問題でも話があったのではないだろうか、との読みがあるようです。

この問題については日本の企業からも技術者からも声が上がらない。経済問題というより安全保障に関わる政治問題という解釈かもしれません。

30年ごとに問題起こすアメリカ

—— 1980年代の日米半導体交渉で、アメリカは日本を丸裸にしました。デジタル技術で日本が後れをとったことと、関係あるでしょうか。

丹羽:ファーウェイ排除でまず頭に浮かんだのは1987年に問題化した「東芝機械ココム違反事件」です。対共産圏輸出統制委員会(COCOM)によって共産圏への輸出を禁じた「工作機械」を東芝子会社の東芝機械が旧ソ連に輸出し、社員2人が逮捕された。米海軍に潜在的な危険を与えたとして日米間の政治問題にも発展しました。

歴史を振り返ると、1950年代初め、米ソ冷戦直後にアメリカで共産主義者を社会から一掃する「赤狩り」が吹き荒れた。その後1980年代の日米貿易摩擦、そして今回のファーウェイ排除と、ちょうど30年ぐらいごとにアメリカを脅かす国への制裁という歴史を繰り返しているように見えます。いずれもアメリカが苦境に立った時に問題を起こしている。

1980年代初め、日本は「Japan as NO.1」と持ち上げられたが、円を大幅に切り上げられて、通貨でやられました。半導体では日本に勝てないということでアメリカに完全に押し込まれ、日本は技術者養成を怠った。技術者養成の展望、能力、金もなくなった所に米韓が半導体では躍進しました。一時先行した携帯事業も日本は日本独自の技術にこだわり、ガラパコス化と言われました。「3G」時代から日本は出遅れたのです。

このままでは日本は沈没し、「技術属国」になってしまうのではないかと心配です。

早急に対応必要な若手技術者の育成

トランプ大統領

ファーウェイに対する措置は、米中貿易交渉で中国の譲歩を引き出すための取引材料だとも報じられた。

Chip Somodevilla/Getty Images

—— 技術的な立ち遅れの中で日本は何をすればいいのでしょう。

丹羽:短期間で何かできるという問題ではありませんが、少子高齢化の人材不足の中で、人材の裾野は小さくなり、技術の山も低くなる。このままでは日本は衰退の道へと進まざるを得なくなるのではないか。

全てアメリカの言う通りに従うのではなく、「自力で立つ」というくらいの気力・情熱を持たないと、どんどん沈没するだけです。

一刻も早くやらなければならないのは若い技術者を育てることです。単に理系だけではなくリベラルアーツ(教養)の人間も。総合的な人材育成に金を使わなければいけません。アメリカ製兵器は必要なら買ってもいいけれど、故障しては……。

地上配備型ミサイル迎撃の「イージスアショア」はレーダー、ミサイル、運用維持費と教育訓練費を合計すると2基で6000億円と報じられています。その予算で学生を海外に派遣して勉強させれば、何人分になるか、とつい考えてしまいます。

予算に関して言えば、アメリカの議会と大統領の関係を見習う必要があります。予算は1人の大統領が決定するのではない。大統領は予算教書で方針を示すが、法案提出権がないので、議会が独自に予算案を作成して審議、可決する。メキシコに壁を作るにも、50〜100ドルでも名実ともに議会承認が必要で、いくら大統領が言っても議会は抵抗できる。

日本では、予算の政策別金額は官僚と首相が決めて事実上そのまま通ってしまう。国会主導で予算を作らなければいけない。本来の国会の機能である審議・議決をきちんとしなければならないと思います。

(聞き手・構成、岡田充)

丹羽宇一郎(にわ・ういちろう):伊藤忠商事社長・会長などを歴任後、2010年6月から2012年12月まで駐中国特命全権大使。離任後は早稲田大学特命教授、日中友好協会会長。近著に『戦争の大問題』『習近平はいったい何を考えてるのか』など。

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