男性育休義務化の議論が、にわかに盛り上がりつつある。
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三菱UFJ銀行が男性行員に育休義務化を始めたり、自民党の有志議員が男性の育児休業取得の義務化を目指す議員連盟の発足に動き出したりと、#男性の育休義務化が、にわかに注目を集めている。
Business Insider Japanが4〜5月に行ったアンケート「男女に聞きます、男性も育児休業とるべきか?(※)」では、87%が「取るべき」と回答。賛成派が圧倒的多数を占め、高いニーズを感じさせた。
ただ一方で「本当に取るべきかは家庭によって違う」「収入も減らないので、(育休を取るより)毎日定時に帰れる方が良い」といった、男性が育休を取るべきとは「思わない」「どちらとも言えない」という意見もあった。
実際に、男性が育休を取った家庭のリアルからも浮き彫りになる、子育てと仕事をめぐる現実とは。
※アンケート調査:記事上でインターネットによる調査を2019年4月24日〜5月24日に実施。回答数115。男性35%、女性63%。子どものいる人が66%。回答者のうち20代27%、30代39%、40代32%。育児休業を取得したことのある男性の割合は40%で、日本の平均より極めて高かった。
厚生労働省によると、2017年度の男性の育休取得率は5.14%にとどまる。政府は2020年までに13%へ引き上げる目標を掲げている。
夫には“見えない家事”がある理由
夫の二度の育休は、ママ友からの評価は高い。しかし……。
「育休って、夫のリフレッシュ休暇なんだっけ。それならそれでいいのかもしれないけれど……モヤモヤしました」
都内の外資系メーカーに勤める美月さん(仮名、41)の夫(出版系勤務)は、小学生の8歳長女、保育園に通う3歳次女のときにそれぞれ、育児休業を取っている。美月さんの産休〜育休期間のことだ。
夫はいずれも出産直前から長女で3カ月、次女の時は1カ月と比較的長めに取った。今ほど男性の育休が認められにくかった時期に、働き盛りの30代の夫の育休は、周囲のママ友からは羨ましがられた。
たしかに、帝王切開による出産で産後ほとんど動けない美月さんにとって、料理と洗濯をしなくて済んだことはありがたかった。ただ問題は「夫の目には、料理と洗濯しか、家事が見えていなかったことです」。
「掃除は?食材以外の日用品の調達と補充は?子どもの予防接種、保育園、習い事などの調べ物、スケジュール調整、手配は?洗濯といっても、ベッドリネン類(シーツや枕カバー)は洗わないの?」
ベッドでほとんど起き上がれない産後の体で、美月さんは言葉を飲み込んだ。
というのも美月さんの夫は普段、休みが不規則なハードワーク。出張が多く不在がちで、有給休暇どころか公休も満足に取れない月もある。そんな状況では、美月さんが普段、どうやって家事育児を回しているか、見えていない。
「夫は、料理と洗濯以外の家事があることが理解できていないのです」
とはいえ、美月さんは夫に要求を伝える気にはならないと言う。
「私の問題ですが、言えないんです。交渉や教育がめんどうで。夫が全く何もしないわけでもないし……」
「出産前後だけ休めてもあまり意味はない」
夫は何もやらない訳ではない。
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産後1カ月でなんとか起き上がれるようになった美月さんがまずやったことは、トイレと水回りの掃除。一切、手がつけられておらず、正直「ゾッとした」。
美月さんが動けるようになると、授乳があるわけでもなく「時間に余裕ができた」夫は、ジムに通ったり好きに外出したり、リフレッシュできたようだ。
こうした経験から、今の男性育休義務化について、美月さんはこう言う。
「正直、出産前後だけ休めてもあまり意味はなくて。普段から、継続的に家事や育児ができる体制にしてくれる方がありがたいです」
育休義務化はもちろん、クールビズやイクメンのようにブームにすることで、社会的な男性家事・育児の底上げにはなると思う。
ただ「家事育児への意識と能力が高い人であれば、意味があると思うけれど……。そうでないのなら、家にいて自由に出かけられてもイラっとするので、普通に仕事に行って稼いでくれた方がいい、と思ってしまいます」
育休よりやってほしいと思うこと
必ずしも、育児休業を男性にもとってほしいという人ばかりでもない。
千葉県内在住の専業主婦で幼稚園に通う3歳の娘のいるユイさん(34)は、与党議員による男性の育休取得の義務化の動きと言われても、「ちょっとピントがズレている」と思う。同い年の夫は、都内のメーカ勤務で営業職。
ユイさんは持病があり、小さな子どもを育てながら働くことは諦めている。夫の毎月の手取りは30万円程度で、郊外を選んで購入したマンションのローンを払いながら、子どもを育てようとすると、生活に余裕はない。
体調に加えて経済的なことを考えて、2人目をどうするかも迷っている。
夫が育休を取った場合、給付金があるとは言え、支給額は最初の半年で賃金の67%、それ以降は50%。
収入の手取りが減ることを思うと、男性の育休義務化よりも「夫には働いて収入を増やして欲しい」と思ってしまう。
「子育てしながら3食、旦那の分も作るの?」
Business Insider Japanのアンケートでは、圧倒的多数が、男性も育休を「取るべき」と答えた。
男女ともに、子育てする社会が望ましいのは間違いない。
Business Insider Japanが実施したアンケート調査でも、男性の育休取得について聞いたところ、9割近くが賛成だった。ただ一方で、手放しで男性の育休取得に大賛成とはいかない、慎重な意見があるのも事実だ。
賛成派の理由(複数回答)では、
- 子育てを夫婦でできる
- 子どもと触れ合える
- 妻を助けられる
- 視野が広がるなど、人生が豊かになる
これらの項目をそれぞれ、75〜90%の人が選んでいる。
一方で、少数派ではあったが「思わない」「どちらとも言えない」と答えた人の理由(複数回答)には、
- 世帯収入が減る
- キャリアに支障が出る
- 職場で周囲に迷惑がかかる
- 周囲の理解を得にくい
といった項目が選ばれている。
アンケートで、具体的に書かれた慎重な意見は「育休の中身」を問うものが目立った。
「育児をしてくれるならありがたいが、ただ休まれるだけだと余計に女性が負担かかるから必要な人だけが取るべきだと思う。旦那の面倒まで見れない。三食作るのもやっとなのに、旦那の食事まで作るなど手間が増えると思うから」(女性、30〜34歳、子ども1人)
男性の育児参加は、本当に「育休取得」がベストなのかという声も。
「最近企業イメージのために男性に短期間の育休を取らせるケースがありますが、果たしてその家庭にとって効果的であるかは再考すべきと思います。正直育休2〜3日程度であれば有給使う方が良くない?って思います(給料減らないし)。それよりも、男性側にも毎日定時退社させる等で家庭参画を促す方が良いかと」(男性、30〜34歳、子ども1人)
Twitterなど、インターネット上でもこうした指摘は少なくない。
男性育休100%義務化、どうなんだろう。家事育児する夫ならありがたいけど、昼になったら平気で「ごはんは?」と言ってくるタイプの夫なら仕事に行ってくれてるほうが100万倍マシだし。そういう夫には育休くれるよりまかない&持ち帰り弁当付きの飲食店に16時までの短勤務を斡旋してくれるほうがいい。
アンケートはもともと、育児に関心の高い人が答えていることを差っ引いても、男性育休のニーズはそれなりに高そうだ。ただ、慎重派の意見からは、根強い性別役割分担や、企業の現場など、子育てをめぐる実態が透けて見えてくる。
子育て妻は「早く帰ってきてほしい」
男性だろうが女性だろう、初めての育児は不安だ。特に核家族では。
ところで、記者は小学2年生の長男と、4歳の長女を共働きで育てている。夫の勤務先は2歳まで育休取得が認められているが、夫は結局、一度も育休なるものを取らなかった。
子どもたちがもっと小さい頃から、夫の帰りは深夜零時を過ぎるのが当たり前。時々、午後10時前に帰れたらいい方だった。そしてこれが、核家族で慣れない子育てをする身にはきつかった。
子どもが赤ちゃん期でもある育休中の昼間は、子どもの世話や家事、外出でもすれば手一杯で、それなりに過ぎて行く。
問題は夜だった。
いつ起きて泣き出すかわからない赤ちゃんを抱え、一人で夜、自宅にいると、夫の帰りがとてつもなく遅く感じられる。赤ちゃんは熱も出すし、眠らない夜もある。そんな時は、とにかく帰ってきてほしいと願っていた。
驚くべきは、そんなママは周囲で珍しくはなく、それでもみんなわりと「こんなもの」と思っていることだった。
ワンオペの大変さの核にあるのは、家事や日々の子供の世話の問題では、実はない。こんなにもか弱く小さな命を守る責任を、全て一人で引き受けることの、重さなのだと思う。
“男性育休義務化”の先にあるもの
男性育休のニーズは高い。ただし、問題はその後も続く、日常だ。
男性育児休業義務化の議論が盛り上がりつつあることは、日本社会において、またとない進歩だ。
ただ、個人的な実感としては、夫が育休を取って自宅にいてくれたとしても、育休が終わってまた残業の日々であるならば、いつも早く帰ってくれる方が圧倒的に助かる。
交代で育休という手もあるが、夫もまたワンオペ育児に苦しむのなら救いはない。
つまり、男性育休義務化が実現したとしても「その期間休めばいいだろう」という発想であれば、根本的な解決とは言えない。
その育休によって男性の意識や行動が変わり、その変化をサポートしてくれる社会がセットでなければ、意味はないのだ。男性育休の議論をきっかけに、家族を取り巻く社会そのもの、働き方そのものが進化することが、前進への絶対条件であるはずだ。
そして今回、Business Insider Japanが実施したアンケートには、こんな声も寄せられていた。
そもそも男性の育休取得がニュースになる社会が先進国として遅れすぎています。(編集部注:アンケートの)選択肢でも(敢えてそう書かれているのかもしれませんが)「妻を助けられる」という「育児は女性主体である」という前提の選択肢があることに、違和感を覚えます。
まずは男性の育休取得を拒否してはならない、キャリアパスを不当に妨げてはならないといった法整備が必要だと思います。(35-39歳男性、子ども1人)
(文・滝川麻衣子)