5月26日、来日したトランプ米大統領夫妻と夕食をとる安倍首相夫妻。いまや日本の存在はイラン問題解決のカギを握る。
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日本が10連休の最終日を迎えた5月6日、アメリカのボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、空母リンカーンをはじめとする艦隊をペルシャ湾近辺に緊急配備すると公表し、世界を驚かせた。理由として「イランからの軍事攻撃が近づいているとの情報がある」と述べた。
実際に12日、アラブ首長国連邦(UAE)の沖合いで、サウジアラビアの石油タンカーが何者かに「破壊行為」を受け損傷した。14日には、サウジの原油パイプラインがドローンにより攻撃を受けた。ポンペオ米国務長官は、イランが関与した可能性が高いとテレビのインタビューで話した。
「イラン政権崩壊」を狙うボルトン補佐官の路線
ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)。5月22日、米沿岸警備隊士官学校の卒業式にて。
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アメリカは、イランと6カ国(米・英・仏・独・中・露)が結んだ核合意から、2018年5月に離脱。イラン産原油禁輸などの経済制裁を再開した。原油価格の上昇を抑える目的もあり、当初日本を含む8カ国への輸出は適用除外とされたが、2019年5月にはそれも撤廃された。
イラン経済はいま崖っぷちに追い込まれている。ボルトン氏は、大統領補佐官就任前から一貫して「核合意よりも政権崩壊を狙うべき」と主張しており、今回のアメリカの動きもそうした考え方に基づくものと見ていいだろう。
2018年12月、Business Insider Japanに寄稿した際(下にリンク)、筆者はマティス国防長官の辞任について「2019年の世界にとって決定的な悲劇だ」と書いた。ボルトン補佐官が外交・軍事の両面において強大な力を持つことになると予想したからだ。今日、それが現実になろうとしている。
戦争に発展する可能性が高まってきたことから、イランも外交手段を矢継ぎ早に打ち出している。
ザリフ外相は、ロシアのラブロフ外相、インドのスワラジ外相に続き、5月16日に日本で安倍首相、河野外相と会談を行った。安倍首相は6月中旬にもイランを訪問し、ロウハニ大統領と会う方向で調整を進めているという。安倍首相が4月26日、5月26日と、立て続けにトランプ大統領と会談することを狙った「日本頼み」の外交と言っていいだろう。
アメリカとイランの対立を望む国々
5月16日、ロシア、中国に続き日本を訪れたイランのザリフ外相(左)と談笑する河野外相。
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そうした外交努力を脇目に、5月19日にはイラクのアメリカ大使館付近にロケット弾が打ち込まれる事件が発生。トランプ大統領は25日からの訪日を前に、イランとの対立に備え中東地域へ米軍を1500人派遣する考えを明らかにした。事態は一挙に緊迫の度合いを増している。
しかし、ここでよく考えなければならない。
ザリフ外相を主要各国に派遣して対米戦争回避の努力を続けるさなかに、イランがアメリカ大使館にロケット弾を撃ち込む必要性はあるだろうか。ボルトン補佐官が「イランからの軍事攻撃が迫っている」とペルシャ湾に艦隊を派遣したその直後に、イランがサウジのタンカーを攻撃する意味はあるだろうか。
アメリカ側の情報をすべて鵜呑みにするのは危険だ。また同時に、イランとアメリカが争うことを喜ぶ人たちが世界にはたくさんいることを知っておいたほうがいい。
ジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺害事件でサウジアラビアへの制裁を求めるアメリカ市民。この事件を受け、米議会はサウジ向け武器販売を差し止めた。
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例えば、サウジアラビア。アメリカが中東への米軍1500人派遣を決めたのと同じ5月24日、トランプ大統領は「非常事態」として、サウジ、UAEへの武器販売を大統領判断で認めた。非常事態のみ認められる特別措置で、通常は議会の承認が必要だ。金額は80億ドル相当で、22の案件に及ぶ。
実はこの80億ドルのなかには、トランプ大統領の意に反して米議会が差し止めていたサウジ向けの武器販売、20億ドル分が含まれている。2018年、トルコのサウジ領事館で起きたジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺害事件で、ムハンマド皇太子の関与疑惑が持ち上がったため、米議会が差し止めていたものだ。
また、サウジがかつてアメリカから購入した武器を使い、イエメンの一般市民に対して非人道的な攻撃を加えているという疑惑が取り沙汰されたことも、武器販売差し止めの理由になっていたが、いずれも緊急事態を根拠とする大統領判断によって、売却が決まってしまった。
サウジにとっては、石油タンカー損傷の何倍も喜ばしい決定である。そして、最も喜んでいるのはボルトン補佐官であろう。
米軍の中東撤退を望まない国や勢力の「思惑」
5月13日、何者かに攻撃を受け損傷したサウジアラビアの石油タンカー。大きな弾痕が見える。UAEのファジャイラ港にて。
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アメリカとイランの緊張が高まることを望んでいる国はほかにもある。
トランプ大統領はカショギ氏殺害事件後、トルコのエルドアン大統領と会談を行い、駐留米軍のシリアからの順次撤退を発表した。
この決定に驚いたのは、イスラム・シーア派のイランと対峙する、サウジやUAEなどのスンニ派国だけではあるまい。イスラエルやシリア国内のクルド勢力のように、米軍の撤退により自国の治安リスクが高まると考える国や地域は、駐留の継続を期待していたはずだ。
現実に起きたこととしては、サウジの石油タンカーが攻撃されたのを受け、アメリカは中東から兵を引き上げるどころか、ペルシャ湾付近に空母まで動員して関与を深めることになった。米軍撤退を望まない国々の思いが通じた形だ。
こうした状況を俯瞰したとき、サウジのタンカーを攻撃し、イラクのアメリカ大使館近辺にロケット弾を撃ち込んだ犯人については、イラン以外にいくつもの選択肢を俎上にあげて慎重に考えるべきではないのか。
いま日本に求められていること
5月27日、会談したトランプ米大統領と安倍首相。前日にはゴルフ、相撲観戦を楽しんだ。
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きわめてクリティカルなこの時期に、トランプ大統領はロシアでも中国でもドイツでもフランスでもなく、日本に2度もやって来た。
安倍首相と朝から晩まで時間をともにし、5月26日に千葉県茂原市で行ったゴルフでは「リラックスした雰囲気のなかで(貿易や安全保障問題などについて)率直な意見交換もできた」(安倍首相)という。
6月後半には大阪で主要20カ国・地域(G20)首脳会議も開催され、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領など、世界の重鎮たちが集まる。
戦争への展開まで危ぶまれるイラン問題が、きわめて安定した支持基盤を持つ安倍政権、そして関係各国と中立的な立場にある日本に、託されて動く構造が見えてきた。だからこそ、我々としても一方的な情報に惑わされず、世界平和に貢献できるチャンスと考え、物事を冷静にとらえていく必要があるだろう。
土井 正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役社長。山形大学特任教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。山形大学特任教授を兼務。