「水道料金値上げ」住民が選択。2060年にタイムスリップして考えた街の課題

インフラ整備について話し合う岩手県矢巾町の住民。

「2060年の岩手県矢巾町にタイムスリップした」という設定で、町内のインフラ整備について話し合う住民たち。最初は戸惑う人も目立ち、なかなか議論が始まらない班もあった。

国や自治体の借金の膨張、地球温暖化、使用済み核燃料の処分……。こうした問題はなかなか解決に向かいません。「将来たいへんなことになるかもしれないけれど、今の暮らしの豊かさの方が大事だ」と私たちは考えがちで、今の民主主義の仕組みでは「先送り」が多数意見になりやすいからです。

でも、いずれは問題の先送りができなくなる日が来て、その時代を生きる人に深刻な被害が及ぶことになります。ひどい目に遭うのは、あなたの子どもや孫かもしれません。

そうした問題を克服し、世代を超えて持続可能な社会をバトンタッチしていくにはどうすればよいのでしょうか?

将来世代の利益を主張する人たちを政策決定の議論に参加させ、民主主義のあり方を変える——。そんな試みが始まっています。

「あなたは2060年にタイムスリップしました」

矢巾町役場。

盛岡市の隣にあるベッドタウン、矢巾町の役場。美しい山並みを望む人口2万7000人ほどののどかな町だ。

盛岡市の隣にあるベッドタウン、岩手県矢巾町。この人口2万7000人ほどの町で、2023年度までのまちづくりの方針を定める「第7次総合計画(後期)」をつくる作業が本格化している。

2019年5月16日、住民代表の60人が計画について意見を述べる委員会の初会合が公民館で開かれた。自治体がこうした計画をまとめる時、さまざまな形で住民の意見を集めるのはふつうのことだが、矢巾町は一風変わった手法を取り入れている。

「あなたは2060年の矢巾町にタイムスリップしました。2019年当時の人たちが、これからどのようにインフラ整備を進めようか考えていたことを知って、さまざまな感情が芽生えているものとします。2019年の矢巾町の人たちにどのようなメッセージを送りたいですか?」

こんなメッセージが正面のスクリーンに映し出され、30分ほどの間、住民は数人ずつ10班に分かれて話し合った。

「人が集まる地区はさらに発展し、人がいない地区からはますます人がいなくなる。人が集まる地区にインフラを集めた方が合理的です」

「その結果、廃墟や荒れた農地が増えた。『集約』という考え方だけでいいんでしょうか」

そんな意見が交わされた班で議論に参加した藤原泰雄さん(69)は、「集約」に反対する意見を述べたが、「今までのやり方では限界がくる。町役場にあれやれ、カネ出せ、ということじゃダメ。住民が自ら動かないと」とも主張。「将来世代への責任を感じながら議論できました」と振り返った。

「未来人になって議論する」のは、藤原さんを含めて多くの参加者にとっては初めて。「そう言われても」と戸惑い、なかなか話し合いが始まらない班もあった。この日の議論は、こうしたやり方に慣れるための「研修」という位置づけだった。

研修を体験した委員会の有志のほか、委員とは別に公募した住民らも加わるワークショップを6~8月に計6回開き、町内の施設整備などの具体的な項目について話し合いを重ね、「将来世代からの提言」をまとめる予定だ。町は総合計画を最終決定するにあたり、提言を尊重することになっている。

「水道料金値上げ」を住民が進んで選択

あいさつする高橋昌造町長。

矢巾町のまちづくり計画について、住民代表の60人が意見を述べる委員会の初会合であいさつする高橋昌造町長。

過去のハコモノ建設などで借金が膨らみ、その返済や人件費といった削れない費用がかさみ、いま必要な政策を打ち出そうとしても使える予算はかなり限られてしまう——。

大半の自治体は財政難に悩まされており、矢巾町も例外ではない。

「イケイケドンドンの時代はもう終わったんです。インフラ整備にしてもこれまでのような足し算はできず、引き算や割り算をしないといけない。

私たちの世代はいいかもしれませんが、町や県、国の次代を担う人たちに負の遺産は残したくない。町民の皆さんにも痛みを分かち合ってほしい。今回のような手法を採り入れたのは、そのためなんです」

取材に対し、そう語った町長の高橋昌造さんの危機感は強い。

町は2015年から、公共施設や水道施設の整備計画などをまとめる時に、「仮想将来世代」になりきった住民に意見を出してもらうワークショップをたびたび開いている。

2016年のワークショップでは、老朽化していく町内の水道管の更新サイクルやその費用をどう賄うかについて複数の選択肢を町が示したうえで、仮想将来世代となった10数人の住民が2班に分かれて議論。「費用は主に借金で賄い、料金値上げはなし」という選択肢もあったが、2班とも将来世代へのツケ回しを避けるため「料金値上げ」を伴う案を選んだ。

町は専門家の意見も踏まえ、ワークショップで片方の班が選んだ「70年サイクルで水道管を更新するため料金を6%引き上げ」という案に沿った計画を決定。この年の9月、計画通り値上げに踏み切った。

経済学、倫理学、脳科学…広がる研究と実践のネットワーク

矢巾町の総合体育館。

矢巾町の総合体育館。厳しい財政状況のもと、今後のインフラ整備は「これまでのような足し算はできず、引き算や割り算をしないといけない」(高橋町長)のが実情だ。

「私たちがいまガマンすれば、未来の人たちにメリットがある」。いまの民主主義のシステムのもとではそのような政策は先送りされ、「現世利益」につながる政策が推し進められがちだ。

もちろん自治体だけではない。国レベルでも費用対効果が怪しいインフラの建設は止まらず、年金や医療費の「効率化」や、地球温暖化を防ぐための環境規制の強化もなかなか進まない。一方、借金は雪ダルマ式に膨らみ、先進国で最悪レベルの財政は悪化を続け、豪雨被害など気候変動の影響は深刻さを増すばかりだ。

持続可能な社会を未来に引き継いでいくためにはどうすればいいのか?その方策を科学的に追求するのが「フューチャー・デザイン」と呼ばれる研究領域だ。

2012年に大阪大学の研究者らが提唱。ほかの大学やシンクタンクの経済学、倫理学、脳科学といったさまざまな分野の研究者も加わり、広がりを見せている。

フューチャー・デザインの代表的な手法が、矢巾町で実践されている「今を生きる人たちが仮想将来世代になりきり、意見を述べる」というものだ。

研究グループは、以前から住民の意見を政策決定に幅広く反映させる取り組みを続けていた矢巾町にこの手法の採用を提案。行政関係者と研究者が協力して実践を続けてきた。大阪府吹田市、京都府、長野県松本市といった自治体でも同じような取り組みが広がっている。

「民主主義のあり方を変えることが目標」

親と子。

現在の豊かな日本社会は、今を生きる私たちだけで築いたものではない以上、将来世代にきちんと引き継いでいく責任があるのは当然だ(写真と本文は関係ありません)。

撮影・今村拓馬

「私たちの目標は、民主主義のあり方を変えることです」

研究グループの中心となって活動する、総合地球環境学研究所のプログラムディレクターで高知工科大学教授も務める西條辰義さんはそう話す。

例えば国レベルでは、霞が関に将来世代の立場から政策を立案する「将来省」を設立する。または、各省庁にそうした役割を担う「将来課」を設ける。参議院を衣替えして、議員たちが仮想将来世代として議論する「将来議院」にする——。そんな具体的な提言もしている。

とはいえ「将来世代の立場から意見を述べてください」と言われたとして、人々は本気でそうするのだろうか?未来人を演じるフリをして、今の自分にトクになるような意見を言うのでは?そんな疑問を持つ人も多いだろう。

研究グループによる実験や矢巾町での実践の結果によれば、趣旨をきちんと説明するといった手順さえ踏めば、大半の人はちゃんと「仮想将来世代」の立場から発言するようになるという。ただ、人がなぜそのように行動するのかを調べようとしている脳科学者もいるものの、詳しいメカニズムの解明はこれからだ。

「自分の現在の利得が減るとしても、それが将来世代を豊かにするのなら、そうした意思決定や行動、さらにはそのように考えることそのものが幸福につながる。もともと人間にはそんな性質があるのだと考えています。

ただ、いまの民主主義や市場経済の仕組みのもとでは、そうした性質は覆い隠されてしまいがちです。それをアクティベートしようという取り組みが、フューチャー・デザインなのです」(西條さん)

現在の豊かな日本社会は、いまを生きる私たちだけで築いたものではない以上、将来世代にきちんと引き継いでいく責任があるのは当然だ。

もうすぐ参院選。今回も、耳障りの良い公約を並べて有権者の支持を得ようとする政党や候補者が多いだろう。

そんななかでも「将来世代の利益」まで考えた政策を主張しているのは誰か?このような観点から政党や候補者の主張を比べてみるのもおもしろい。

(文、写真・庄司将晃)

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