育児は母親だけのものではない。日本の父親の子育ては、転換期を迎えている。
撮影:杉谷昌彦
「男性の育休取得義務化を目指そう」——。6月に永田町で義務化に向けた有志の議員連盟が設立されたり、育休明けに転勤の内示を受け、退職を余儀なくされたカネカ元社員の妻のTwitterが話題を呼んだりと、議論が盛り上がりを見せる男性育休。
“義務化”という強制力を伴うワードに対しては、「会社の業務が回らなくなる」「育児スキルのない夫が1日いても役立たない」といったネガティブな反応も散見される。では現在、乳幼児の子育て中の男性たちはどんな思いで捉えているのか。
その本音を探るべく、30代を中心とするパパコミュニティ、一般社団法人Papa to Children(以下、PtoC)を通じてアンケートを実施(※)。さらに育休取得経験者も交えて座談会で語ってもらった。
その結果、見えてきたのは、男性育休の義務化だけじゃない「僕たちがフツーに子育てをするために必要なこと」。キーワードは、「子育てのネガポジ転換」「業務の仕組み改革」「対等なパートナーシップ」。前後編でお届けする。
※2019年4〜5月にかけて、男性対象にインターネット調査を実施。回答数123人。うち35〜39歳が37.4%、 30〜34歳が35.8%。子あり72.4%、育休取得経験あり35.8%。パートナーの就労は56.5%が正社員(時短勤務含む)。
・育休を取りたい男性、取ってよかったと思う男性はどれくらいいる?
・「男性育休義務化」、率直にどう感じる?
・育休取得に最適な時期と長さは?
97.7%が「育休を取ってよかった」
今回のアンケートは、30代を中心とした子育て中の男性が悩みの共有や情報交換を行うネットワーク、一般社団法人Papa to Childrenの呼びかけを通じて集まったもの。子育てに積極的な彼ら123人の意見からは、「男女共に子育てに自然体で関われる未来をつくる条件」が見えてくる。
まず、話題の「育休」に関して、「取ったことがある」と答えた割合は35.8%と国内平均(2018年度で6.16%)と比べてはるかに高い。この育休経験者のうち、なんと97.7%が「育休を取ってよかった」(うち81.8%が「とてもよかった」)と回答した。
作成:Business Insider Japan 編集部
未取得の男性7割が「育休取りたい」
育休を取ってみてどうだったかの感想を聞く欄には、「妻と協力しながら育児をスタートできた」「自分自身の働き方を見直すきっかけになった」といったポジティブなコメントが目立つ。育休を取ったことがないグループに「今後、育休を取ってみたいと思うか」と聞くと、7割が「取りたい」(「ぜひ取りたい」46.7%、「どちらかというと取りたい」21.3%)と答えた。
作成:Business Insider Japan 編集部
一方で、日本全体の男性育休取得率はというと、2018年度で前年度より伸びたものの、依然6%台と低空飛行を続ける。「取ってみるとよかった」「自分も取りたい」という声との大きなギャップが、あらためて浮き彫りになった。
現在、議論されている「男性育休義務化」は、「取りたくても取れない男たち」の切り札となるのか? 義務化だけでは足りないのか? 育児中の男性4人の声を聞いてみよう。
左から杉谷さん、平野さん、川元さん、高橋さん
高橋俊晃さん(36歳) フリーランス(前職はワークスアプリケーションズ ) / 一般社団法人Papa to Children理事 妻・長男3歳・次男7カ月の4人暮らし 育休取得経験 あり(会社員時代の長男誕生時に9カ月間)
平野 謙さん(35歳) 株式会社アントレ 企画統括(前職はリクルートキャリア) / 一般社団法人Papa to Children理事 妻・長男6歳・次男2歳の4人暮らし 育休取得経験 あり(次男誕生時に生後3カ月目に1カ月間)
杉谷昌彦さん(35歳) 富士ゼロックス エンタープライズドキュメントソリューション事業本部 EDS営業部 海外マーケティング担当 / 一般社団法人Papa to Childrenメンバー 妻・長男3カ月の3人暮らし 現在、育休取得中(妻の職場復帰と交代で4月〜9月末まで予定)
強制されるのは嫌、でも今は必要なステップ
川元さん
育休の「義務化」と初めて聞いた時は、正直、違和感を抱いた。でも、よく聞けば、推進されようとしているのは企業への義務化であって、個人の選択権は残すというもの。僕自身がメガバンクで働いていた時には、自分が育休を取るという発想すら湧かなかったことを考えると、選択肢が明確に示されるのは大きな前進だと思う。
高橋さん
僕も、最初はすごく抵抗があった。働き方やライフスタイルは個人や家庭の自由意志で決められるべきだと思うので、“強制”するのは違うんじゃないかと。ただ、いろんな方々がおおむね好意的な意見を出しているのを読んで、これも必要なステップなのだと腑に落ちた。何より、「義務化」というパワーワードが登場したことで、一気に議論の輪が広がったことに価値があると思う。これまで男性育休に関心を向けなかった人まで発言していることに、変化を感じる。
川元さん
少なくとも「うちはどうする?」と夫婦で話し合うきっかけは生まれる。これは意義深い。僕がかつてそうだったように、今までは選択肢すら浮かばずに、なし崩し的に妻のワンオペ育児に突入し、家庭崩壊寸前…という図式が日本各地で頻発していた。最初に選択肢が示されるだけで、この流れを防ぐ効果は高いと思う。
杉谷さん
僕も義務化にはおおむね賛成です。もちろん、個人の自由意志は尊重されるべきだけれど、それ以前に「産褥期の女性を一人にしてもいい」という前提がおかしい。昔は、一つ屋根の下に多世代が暮らしていたり、地域のコミュニティが機能していたりと、複数の手を借りられたかもしれないけれど、核家族化した僕らの世代にはそれがない。「男性育休は不要」という意見は、「大怪我している人に一人で子育てしてもらおう」と同じこと! 義務化するくらいがちょうどいいと思う。
本30冊読んで腑に落ちた
高橋さん
杉谷さんは育休を取得するにあたって30冊くらい育児本を読んで勉強したんだよね。それで産褥期がいかにツライかを知ったそうです。
杉谷さん
ハイ。産後クライシスや熟年離婚といった将来リスクも。別々の本に同じことが何度も書かれているのに気づいて、意識に刷り込まれました。逆に言えば、それくらい勉強しないと気づかなかったかも…。産後の女性の体のしんどさは、妊娠と違って外見ではわかりにくいから、余計に男は気をつけないといけないと思う。教育機会も必要。
平野さん
僕の前職の会社(リクルート)は、採用戦略の一環として国に先んじて必須化を決めたグループ会社が出てきました。すると何が起きたか。育休経験者の僕に寄せられる相談内容が変わったんです。以前は「取得経験者が少ないが、どうやったら育休を取れるのか?」だったのが、「必須で取得しなければいけないが、育休中に何をしたらいいのか?」に(笑)。せっかく育休のチケットをもらっても、どう活用したらいいか分からない人が続出、という状況が起きているんだなと。
川元さん
義務化というのは裾野を広げること。必ずしも子育てのスキルややる気を備えている人ばかりが育休を取るわけではないから、最初はかなり混乱するかもしれない。でも、それも含めてステップ。
「ゆっくり休んできてね」に苦笑
杉谷さん
僕が育休に入る時も「ゆっくり休んできてね!」と声をかけた先輩がいて、「いやいや、全然休めませんから。明日から2泊3日、妻が出張でワンオペなので代わってくれますか?」と内心思った(笑)。いまだに育休を「育児休“暇”」と勘違いしている人も多いし。 (正確には”育児休業”。育児・介護休業法で労働者の権利として規定されている)
川元さん
ごめん。告白すると、俺もごく最近までよく分かっていなかった(笑)。それくらい意識が追い付いていないダメな僕が、パパコミュニティの代表をしているってところが、ある意味、新しいのかな。揺るぎない意志で「育児するぞ!」と奮闘する人だけじゃなく、フツウの男性がフツウに育児する。そのきっかけづくりとして、男性育休義務化はプラスに働くんじゃないかな。
高橋さん
よく考えれば、「新生児が生まれたら、夫婦で一生懸命子育てする」って、すごく自然なことだと思う。
川元さん
慣習を変えるのがすぐに難しいとすれば、例えば3年限定とか、時限立法でもいいんじゃないかと思う。週休2日制だって、最初は皆が違和感を抱いたけれど、時間をかけて「世の中のフツウ」になったんだし。
高橋さん
なるほどね。
川元さん
一方で、義務化といっても、やはり個人が選べることが大事。僕は第二子の時は妻と話して「毎朝の保育園送りと、週2日の迎えを担当するのなら、育休は取る必要ない」とお互いに納得して、そのスタイルを続けて2年。いい感じで回っている。何が最適かは、家庭のリソースや環境によって違う。重要なのは、育休も含めて複数あるカードから、「うちにとってはこれがベスト」と選べることだと思う。
4人のうち、平野さんと高橋さんはそれぞれ1カ月・9カ月の育休取得経験者。杉谷さんは現在まさに育休真っ最中だ。男性が育休を取得するタイミングと長さについては、どう計画するのがいいのだろうか?
アンケート結果では、「妻の出産直後」「1カ月以上」が多数派となった。
作成:Business Insider Japan 編集部
ワンオペ育児で独り立ちする
平野さん
まず、期間については1カ月は取るのが望ましいかな。個人的には、育休は、“その期間だけ妻を支える”ではなくて、これから夫婦がチームになって子育てをするためのスキルを磨く“研修”だと思っていて、それなりに長さが必要。数日や1週間程度では、“男性の育児視察”くらいにしかならないから、妻からメンバー扱いされない。実際、「うちの旦那には任せられない」とワンオペループに陥っているワーママさん、結構いる。
高橋さん
Twitterで「産んだ覚えのない長男」というハッシュタグが荒れていて、たまにのぞくと悲しくなる…(笑)。
川元さん
自分の経験でいうと、子どもができる前と後では世界がまったく変わった。学生から社会人になる時に新人研修があるように、父親になる時にも、新たなマインドとスキルを備える研修は必須。新人研修がだいたい1カ月くらいだとしたら、同じくらいの期間が育休にも必要じゃないかな。
杉谷さん
タイミングに関しては、できるだけ早く。「夫婦でほぼ同時に育児をスタートする」ことが大事な気がする。お互いに子育てのビギナーから始められたら、「こうやって抱いたほうがよく寝るよね」と一緒にステップアップできる。妻が先行した場合には、妻が慣れた方法が家庭内の育児スタンダードになってしまい、夫が妻のやり方に従う形になり、主従関係から脱せなくなる。妻のやり方を100%実現できず、何度もダメ出しされた結果、意欲消失して育児のモチベーションが下がるというパターン、あるあるだよね。
夫婦で同時に育児をスタートすることによって、一緒に成長できると語る。
川元さん
あったなぁ。「荷物みたいに抱かないで!」って怒られて悲しくなった…(遠い目)。
高橋さん
そこからメゲずによく頑張ったよ!
杉谷さん
本当は少々雑に抱いても大丈夫だと思うんだけどね。「ママが唯一の正解」になってマイクロマネジメントをされると、最初は自主的にママの正解を探しに行こうとします、しかし失敗が続き、ダメ出しをされることで、結果として「言われたことを言われたようにやればいい」と社会化していき、結果として「受動的で思考しない部下」に成り下がってしまう。女性側にお願いしたいのは、夫に自分のコピーを期待せず、“二人で一つの家庭”を作ろうとしてほしい。ゴールイメージと大まかなプロセスだけ共有して、後は任せてくれたら。
平野さん
仕事のチームと同じだよね。夫婦が対等な子育てパートナーになるための方法の一つが、今言ってくれた「一緒にスタートする」。それが難しい場合は、「バトンタッチで育休を交代する」のもオススメ。
高橋さん
夫婦同時に休むんじゃなくて、ワンオペ育休にするってことね。
平野さん
僕は第二子の生後3カ月目の1カ月間、妻と交代する形で育休を取ったんだけど、「ママがいなくてもなんとか1カ月乗り切ったぜ」という自信がついて、ワンオペも怖くなくなった。また、妻から細かい指示をもらわなくてもこなせるようになったので、自分のやりたいように出来る自由さも持てた。“独り立ち”するには、一度全部自分で回してみる経験が必要だと思った。自分なりのスキルが身について、自信を持てるから。
高橋さん
さらに言えば、育休から明けた後のランディングも、よく考えないといけないって僕は気づいた。会社員だった第一子の時、職場の理解もあって9カ月間の育休を取ったんだけど、典型的な「育休の時だけフルで頑張って職場復帰した瞬間、遅くまで仕事をする」をやっちゃった。その結果、妻を一人ぼっちにしてしまって、トラウマに。反省しました。
川元さん
第二子の時は、やり方を変えた?
高橋さん
うん。フリーランスになっていたので法定の育休は取れなかったんだけれど、業務委託先と早めに交渉して産後1週間は休み、その後1カ月間も時短と在宅中心にさせてもらった。さらに、妻が育休明けたばかりの今の時期も、仕事量をセーブさせてもらって、保育園からの急な呼び出しの対応も妻任せにしないようにしている。
川元さん
すごい。えらい。
高橋さん
家庭の事情に応じた交渉を可能にするには、仕事先との信頼関係を築くことが大前提。育休を取るまでの姿勢も大事なんだと実感しているところです。
続く後編では、「義務化だけじゃない、男性が子育てをするために必要なこと」を議論。夫婦共に育休をキャリアの足かせにしない事例も紹介する。
(取材構成・宮本恵理子、撮影・今村拓馬)
記事中のパパコミュニティのPtoCは、8月4日(日)に「PtoCダディバーシティフェス2019」を開催します。100人のパパと8つのテーマで多様なパパのあり方を話し合うイベントです。詳細・参加申込はこちらから。