アートディレクター・アーティストの増田セバスチャンが、NPO法人を立ち上げる。
日本のアートや文化を学びたい海外の若者と、海外で学びたい日本の若者を支援し、彼らが交流する“ハブ”のような組織を目指すという。きっかけは日本の「カワイイ」カルチャーを海外で伝える中で芽生えた、ある危機感だった —— 。
ビザ取得から支援
増田セバスチャンさん。自身の原点である東京・原宿のコンセプトショップ「6%DOKIDOKI」にて。
撮影:今村拓馬
NPO法人の名前は「HELI(X)UM(ヘリウム)」。ヘリウムガスに由来しており、未来を膨らませるという期待が込められているそうだ。立ち上げは2019年7月を予定している。増田セバスチャンさんは同団体の代表理事という肩書きだ。
「海外には日本で学びたい、展覧会を開きたいという若者がたくさんいます。でもビザをとるのも難しかったり、“売れる”アートでないとギャラリーからも呼ばれない。
一方で日本の学生は漠然と海外に行きたいと思ってはいるものの、語学留学だけで終わったり、本来の目的が達成できない子が多いんです」(増田さん)
客員教授を務める京都造形芸術大学で学生と。
提供:京都造形芸術大学・情報デザイン学科
そんな海外の学生をインターンとして受け入れたり、日本の学生の留学支援を行い、彼らに創作の場を提供したりすることがヘリウムの目的だ。 拠点を寺田倉庫が運営する「TERRADA Art Complex」(東京・品川)に構え、制作や展示、シンポジウムなどのイベントを展開していく。
海外の学生にあって日本の学生にないもの
撮影:今村拓馬
NPO立ち上げの背景には、日本の若者、そしてアートへの危機感がある。
増田さんは現在、京都造形芸術大学、横浜美術大学で客員教授、ニューヨーク大学で客員研究員を務めているほか、自身のアトリエでもボランティアを募集し、多くの若者と共にアート制作を行ってきた。その中で痛感したことがある。
「日本の学生は覇気がないんですよね。お利口というか。やりたいことがあっても『あれもこれもやっちゃダメ』と否定から入るのに対して、海外の学生はストレートに叶える。
制作資金がないならクラウドファンディングやユーチューバーになって稼ぐし、日本に来たいと思ったら来ちゃう。とてもアグレッシブです」(増田さん)
「つまらない大人にはならない」海外ファンの思い
エリアンさん。
撮影:竹下郁子
海外の同世代の姿を日本の学生に見せることで、「自分もこうやっていいんだ」と刺激を受けてもらいたいと語る。一方で、「カワイイ」カルチャーやアートに熱狂する海外の学生たちにとっても、日本で学ぶ意味は大きい。
NPOの立ち上げに先駆けて、増田さんは自身の会社にオランダの大学から2人の学生をインターンシップで受け入れた。
そのうちの1人、オランダ・ゾイド大学のコミュニケーション学科で日本語を専攻するエリアンさん(大学4年、25歳)は、幼い頃から日本のポップカルチャーに憧れていたという。高校生のときに増田さんの原点とも言える東京・原宿のコンセプトショップ「6%DOKIDOKI」の存在を知って以降は、ネット通販で洋服やアクセサリーなどを買い、常に身にまとうように。「増田セバスチャン」の代名詞である大胆なデザインやカラフルな色使い、ちょっと毒のある「カワイイ」に昔も今も夢中だ。
「6%DOKIDOKI」の店内。原宿ポップカルチャーが好きなフランスや台湾の若者が立ち上げたブランドの商品も。
撮影:今村拓馬
「だってこんなデザイン、オランダにはないですから。大人になると中身も外見もいろんなものを抑えるようになりますよね。でも増田さんの服は子どもの頃や思春期の心を解放してる。私もつまらない大人にはならないぞと、身に付けるたびに気が引き締まるんです。 今回のインターンでは増田さんのデザインから商品完成までのプロセスをしっかり学んで、将来は日本とオランダ両国で活躍するデザイナーになりたいと思ってます」(エリアンさん)
日本の就活の一環としてのインターンと違い、海外のそれは企業と組んで1つのプロジェクトの立ち上げから完成まで関わり、レポートすることが必要なことが多い。エリアンさんの話す流暢な日本語からは、緊張感と興奮が伝わってきた。
「カワイイ」がつなぐ世界の輪
ワールドツアーの1つ、増田さんがプロデュースした原宿ファッションなどを紹介するショー「Harajuku”Kawaii”Experience」、2010年、イギリスのロンドン。
提供:Lovelies Lab. Design Studio
増田さんが文化交流使としてオランダを訪問したのが2017年。エリアンさんは翌18年にオランダで増田さんのトークショーを企画した。
増田さんはエリアンさんたちのような海外ファンからのラブコールにこたえるかたちで、「6%DOKIDOKI」の商品をトークショーやファッションショーと共に世界各国で販売する「ワールドツアー」を2009年から開催してきた。今ではこうしたファンコミュニティーは世界各地に広がっており、「カワイイ」カルチャーの主役はエリアンさんたちのような海外の若者だという。
貧困、戦争への反抗のメッセージとしての「カワイイ」
撮影:今村拓馬
「日本では『カワイイ』は『一過性のもの』だとか『原宿の派手なファッション』『きゃりーぱみゅぱみゅ』というアイコンで単純化して捉えられがちですが、海外ではカルチャーというよりむしろ『哲学』のように受け止められていると感じます。派手で正解のないファッションで自己主張することがなぜ自分にとって必要なのかを、みんな掘り下げて考えている。
それは差別や偏見、貧困、格差、戦争などへの反抗だったりもする。つらい現実や窮屈な日常の中で自分だけの幸せを追い求めることの大切さを、みんな感じているんです」(増田さん)
増田さんが考える「カワイイ」の定義は、「自分だけの小宇宙」だ。「自分の好きなものを掘り下げて、自分だけの価値観、世界観を構築、取り戻して欲しいんです」(増田さん)。
文化交流使で再確認したアートの力
文化交流使として訪れたアンゴラで。
提供:Lovelies Lab. Design Studio
こうした世界的な盛り上がりを受けて、増田さんは2017年度の文化庁・文化交流使に選出された。約8カ月間をかけてオランダ、南アフリカ、アンゴラ、アメリカ、ボリビア、ブラジルの6カ国にそれぞれ長期滞在し、現地の人たちと一緒にさまざまなアートを作り上げたという。
同じく文化交流使として訪れたボリビア。
提供:Lovelies Lab. Design Studio
中でも印象深かったと語るのが、オランダで地域住民と行った、1夜限りのアートパフォーマンスだ。2カ月間現地に住み込み、ラフスケッチを見せて「こういうことがしたい」と協力を仰ぎ続け、最終的にはスタッフ100人以上、観客1000人以上、資金も1000万円以上集まる大プロジェクトになったそうだ。
「アノニマス」をテーマにした、オランダのアートパフォーマンス当日の様子。
提供:Lovelies Lab. Design Studio
その地域は、もともと造船所だった場所にアトリエなどが集まり倉庫が並ぶアートエリアに発展した場所。最近では高層ビルやおしゃれなカフェなどの建築も進み土地代が高騰、安価な制作場所を求めてやって来たアーティストたちと開発者との間には緊張が走っていたという。
パフォーマンスに向けて、街の人たちと議論を重ねた。
提供:Lovelies Lab. Design Studio
「対立しあうような立場の人たちが同じ1つの作品をつくりたいと言って、お互いの葛藤を話しながら作業しているのを見て、やっぱりアートって力があるじゃん!と思い直しました。それは街の人たちも同じだったようで、この気持ちを忘れないようにと、作品で使用したネズミのマスクなどを来年できるミュージアムで展示するようです」(増田さん)
まるで「高級インテリア職人」
東京・原宿の「KAWAII MONSTER CAFE」。外国人観光客が行列していた。
撮影:今村拓馬
文化交流使に選ばれる前まで、増田さんは実はアートとの向き合い方について悩んでいたそうだ。
アート作品がいくらで売れるかに頭を悩ませ、アートディレクションの仕事や、原宿の外国人観光客の名所にまでなった「KAWAII MONSTER CAFE」のプロデュースに忙殺されるうちに、自身を「高級インテリア職人」のように感じることが多くなっていたという。
「僕はアートは本来、社会とリンクしているべきだと考えています。
作品を通してメッセージを投げかけて、時代を変える力だって持っている。それなのに 『らしい』『美しい』ものを作る方に、僕も含めてみんなが走っていってるんじゃないかという葛藤がありました。だからもう一度、アートの力や自分がそこに関わる意味を確かめたかったんです」(増田さん)
場をつくることがアーティストの務め
撮影:今村拓馬
このオランダでの経験が、今回のNPO立ち上げにも大きく影響している。
「いま世界中で最先端のクリエイティブは、『場』をつくること。それができる人が本物のアーティストだと思ったんです。
NPOで制作した作品はただ展示するだけでなく、制作者がその意図を説明して皆さんと議論する場所を用意するつもりです」(増田さん)
グローバルIT企業がアーティストをメンターとして招き入れることは珍しくなく、中国でもアートマーケットが盛況だ。背景にはビジネスと社会性のバランスを保つこと、そして人生を投げ打ってメッセージを伝えようとしているアーティストを社会で支えるべきだという共通理解があるからだと、増田さんはいう。
「6%DOKIDOKI」の人気商品、「革命ブローチ」。
撮影:今村拓馬
一方で、日本にはまだアートにお金を出すという文化が根付いていない。今回NPOという形態を選んだのは、その方が寄付をしやすいと考えたからだ。
「25歳から原宿で活動してきて、やっと形になったのが20年後です。僕が精神的、体力的に今のクオリティーを保ったまま作品をつくることができるのはあと10年だと思っています。それまでに日本のアートに何を残せるか。若い世代に何を伝えられるか。未来をつくるために、今始めないといけないと思いました」(増田さん)
(文・竹下郁子)