世界初の5G PCを発表するクアルコムのモバイル事業シニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーのAlex Katouzian氏(左)とレノボでPCとスマートデバイスを担当するシニアバイスプレジデントであるJohnson Jia氏(右)。
- クアルコムとレノボは、世界初の5G対応PCを発表した
- 性能は現行のインテル製の省電力プロセッサーと同程度と説明
- 2019年内には製品版がリリースされる見込みだが、価格や端末の種類に懸念がある
高速、低遅延、多接続が特徴の次世代通信規格「5G」。すでにアメリカや韓国での運用がはじまっており、日本も2019年9月のラグビーワルドカップに合わせて法人向けの試験運用を開始、2020年には個人向けサービスも予定されている。
各国のキャリアやメーカーなどが5Gの開発にしのぎを削る中、台湾で開催されているアジア最大のICTの見本市「COMPUTEX TAIPEI 2019」では、クアルコムとレノボが世界初の「5G PC」を発表した。
5Gにつながるものの代名詞と言えば、やはりスマートフォンやセンサーなどのIoT機器の印象が大きい。しかし、クアルコムとレノボは「5GはPC産業をも変える」と話す。
ほとんどのPCユーザーは満足できる性能
レノボが発表した5G PC。
両社が開発する世界初の5G PCの実力とはどのようなものか。クアルコムのプロダクトマネージャー兼シニアディレクターのMiguel Nunes氏に話を聞いた。
クアルコムのプロダクトマネージャー兼seniorディレクターのMiguel Nunes氏。
まず、PC単体としての実力を見てみよう。本体は13~15インチほどのディスプレイを搭載、形状はレノボが得意とする360度回転機構を採用し、タブレットとして使ったり、キーボード部をスタンド代わりにできるいわゆる“YOGAスタイル”になっている。
詳細なインターフェース類は今後変わる可能性があるが、デモ機にはUSB Type-C端子やイヤホンジャックなど一般的なものは備えている。
5G関連の半導体がコンパクトなので当たり前だが、外観だけでは、5G搭載ノートPCだと認識することはできない。
ヒンジが360度回転するYOGAスタイルを採用している。
5G PCが試験的に屋内で発信されていた5Gの電波をつかんでいる様子(台湾ではまだ5Gの電波は飛んでいない)。
中身については、クアルコム製のPC向けチップセット「Snapdragon 8cx」と同社の5Gモデムチップを組み合わせた「Snapdragon 8cx 5G compute platform」を採用している。
Snapdragon 8cxは、従来の同社のスマートフォン向けチップに比べて、現在の市場にあるPCと遜色ないほどの処理性能、より少ない消費電力、多様な接続性に特化して開発したという。
Snapdragon 8cxを搭載したPCから、2つの4K解像度ディスプレイに出力し、ブラウザー、動画再生、PowerPoint、Excel、Photoshopを動かしている様子。もたついた動きは見せなかった。
クアルコムは以下のようなベンチマーク結果を公表している。数値を見る限りでは、現在の市場で出回っているインテルの第8世代コアのUプロセッサー(低消費電力版)と比べて遜色のないスコアが出ている。
Nunes氏は「PCユーザーのほとんどが行っているようなブラウジングやカンタンな写真編集、カジュアルゲームなどは十分にできる」と話している。
■アプリケーション処理性能比較(PCMark 10 Applications BenchmarkのTotalスコア)
・Snapdragon 8cx、8GBメモリー搭載機:4039~4139
・Core i5-8250U、8GBメモリー搭載機:3894-3970■グラフィック処理性能比較(3DMark Night RaidのOverallスコア)
・Snapdragon 8cx、フルHD解像度ディスプレイ、8GBメモリー搭載機:5710~5815
・Core i5-8250U、2K解像度ディスプレイ、8GBメモリー搭載機:5047~5055
5Gで実現する新しいPCの使い方
インテルも次世代PCの在り方を策定している最中。COMPUTEXではレノボとその第1弾となるPC「YOGA S940」を発表した。
とはいえ、インテルもCOMPUTEX 2019で次世代ノートPCへの取り組みである「Project Athena」※のバージョン1の詳細を発表。1秒以内でのスリープからの復帰、同社の想定する通常利用時の9時間以上のバッテリー駆動などを性能目標として定めている。
※Project Athenaとは:
インテルのプロジェクトのコード名。ノートPCに対する需要や課題に関する研究を行い、それらを解決する規格を策定する。レノボだけではなく、エイサーやデル、HPなどが今後それらの規格を採用した製品をリリースする予定。
クアルコムの5G PCのメリットは何かといえば、圧倒的なシェアをもつスマートフォン向けチップセットで培った省電力性とモバイルネットワークへの接続性だ。
クアルコムは、5G PCではPCの使われ方もアップデートされるというイメージを打ち出している。
クアルコムの公式ビデオでは、高画質な動画の高速アップロード、動画の共同編集やビデオ会議中の自動翻訳などがリアルタイムで進行する様子が描かれている。いずれも現在の4Gネットワークの速度や遅延性能では実装が難しい用途ばかりだ。
また、Nunes氏はゲーミング用途についても言及。現在、高度な3Dグラフィックを用いたPCゲームはインテル製でも消費電力の高いハイエンドなCPUが必要で、インテルはその需要を取り入れた商品展開も行っている。
しかし、Nunes氏は「(消費電力が)45WのCPUは開発しない」とゲーミングノートPCにはフォーカスしない方針だ。しかし、これには注釈がある。Nunes氏は「グーグルの『Stadia』などのストリーミング型(クラウド型)のゲームサービスにより、すべてのPCでゲームは可能」と、5G PCではゲームのプレイの仕方そのものが変わるとする。ゲーム分野でも、5Gの高速性・低遅延性が大きなアドバンテージになるというわけだ。
多彩なデバイスが生まれるか?
スマホで培った技術を強みとして、PC市場の開拓を目指すクアルコム。
この先の5Gの通信が当たり前になる時代にクアルコムは5G PCでも覇権を握るのか? これは難しい問題だ。
大きな懸念とされるのは種類と価格だ。例えば、現在Snapragonを搭載しているWindows 10 PCは数が少なく、日本市場に限って言えばレノボの「YOGA C630」以外には存在しない。
これでは、市場全体での部品の調達コストは下がらず、本体の価格は下がらない。また、競争環境が生まれないため、多様な種類のデバイスはインテル機に比べて登場しにくいだろう。
4Gのときより、5Gの方が賛同するメーカーやキャリアは多い。
もちろん、クアルコムもその認識はあるようで、5Gのスタート時は4Gのスタート時と比べて、「5倍以上の通信事業者やPCメーカーの賛同を得ている」という趣旨のアピールをしている。
クアルコムは5G PCの製品版の登場を2019年内としているが、Nunes氏は「2019年の第3四半期から第4四半期ごろ」と予想、「日本は大事なマーケットであり、日本の通信事業者も興味を持ってくれている」と国内での発売開始にも期待を寄せている。
(文、撮影・小林優多郎、取材協力:TAITRA)