打ち合わせ中、観客へのプレゼント用にサインをする本田圭佑。
プロサッカー選手、チーム監督、エンジェル投資家、経営者としての顔も持つ、日本サッカー界のレジェンド、本田圭佑。
5月29日の夕方、楽屋に指定されたホテルの部屋に本田が現れた。この日、本田は、マイクロソフトの開発者向けイベント「de:code2019」のスペシャルセッションに登壇するため、はるばるオーストラリアからやってきた。
本田が所属するメルボルン・ヴィクトリーFCとの契約満了は5月末だったが、すでに最後の試合は終えている。自身でも口にしているが、実質的には、この時点で「無所属」だ。
とは言え、本田の第一印象には、「迷い」や「開放感」といったものは感じない。一言でいえば、力がみなぎっている。実際この日も、サッカーの練習を終えてから会場入りした。
スペシャルセッションに登壇するマイクロソフトのエバンジェリスト・西脇資哲(左)、内閣官房 政府CIO上席補佐官の平本健二。打ち合わせは、笑い声を交えながら、穏やかに進行した。
この日、本田には登壇の直前に、マイクロソフトの声かけで非公開の貴重な試みが用意されていた。
2月に発表され、de:code2019に合わせて「プロトタイプ」が日本に持ち込まれたマイクロソフトの最新MRデバイス「ホロレンズ2」の実機体験だ。
本田はもちろん、ホロレンズ2の実機を見るのも、体験をするのも初めてだ。
とは言っても、当日の予定は分刻みのスケジュール。余裕はない。
スペシャルセッション直前の30分ほどのスキマ時間が、ホロレンズ2の体験時間に充てられた。
人生初の「ホロレンズ2」体験に「アメイジング!!」
多忙なスケジュールを縫って、ホロレンズ2の体験へと移動する本田。
マイクロソフトの担当者に案内されて別の部屋に移動すると、待っていたのはホロレンズの生みの親として知られる天才、アレックス・キップマン(マイクロソフトのAI and Mixed Realityのテクニカルフェロー)。
ホロレンズの生みの親、マイクロソフトのアレックス・キップマン。
キップマンに促されて、本田はソファーに腰を下ろした。キップマンは話し始めた。「究極的には、複合現実(ミクスドリアリティー、Mixed reality)とAIが“未来”なのだと我々は信じています」(キップマン)
いまやIoTや自動運転といった技術によって、「センサー」が世界を覆いつつある。つまり我々は「知的なデバイス」(インテリジェント・エッジ)が繋がった「知的なクラウド」(インテリジェント・クラウド)の中で生きている。
ホロレンズ2は世界初で、現在最高の自己完結型のホログラフィック・コンピューターであり、それによってどんな世界観が実現されるのか —— といったことを、キップマンは独特の口調で語りかけ、本田が時々相槌を打つ。
初代ホロレンズ(左)とホロレンズ2のモックアップ。構成されるパーツが合理的になっているが、機能も視野の広さも大幅にパワーアップしている。
ホロレンズ未体験の本田には、キップマンの語るテクノロジーがSF映画の話のように聞こえたかもしれない。5分弱、キップマンの好奇心をくすぐるトークの途中、「試してみたい」と言ったのは本田からだった。「オーケー、おしゃべりはこの辺にしておこう」その声を合図に、キップマンは本田にホロレンズ2を手渡した。
ホロレンズ2を装着した本田。
ホロレンズ2には、最新の機能を体験するためのシナリオが複数用意されている。
本田の体験したコンテンツを見る限り(このときの映像は装着者にしか見えない)、de:code2019の会場で一般募集もされた体験デモと内容はほぼ共通のようだ。
ホロレンズ2をかぶった本田は、初期設定の視線キャリブレーションを行なった。
数秒で調整が完了し、説明されるとおり本田が右手を前にあげると、そこに本田にしか見えない「小鳥」が手のひらに舞い降りた。もちろん、これは3Dグラフィックだ。
重さこそ感じないが、人懐こい小鳥が本当に手のひらに乗っているように、本田からは見える。
手のひらに(カメラでは見えないが)小鳥が乗っている。魔法のような体験に、思わず笑顔がこぼれる。
「すげぇ!」
「どういう仕組みになってんねや……」
本田が思わず日本語で、この日一番の驚きの声をあげると、周囲のスタッフの間に笑顔が広がった。
ホロレンズ2を初体験する人にとっては、自分の体がゴーグル1つで複合現実の世界に融合する体験は、まるで魔法だ。
この小鳥のデモは、両指10本の動きを検知するホロレンズ2の新機能をフルに生かしたものだ。手の状態そのものを見ているため、手のひらを裏返すと小鳥はサッと飛び去ってしまう。
続いて、回転するタービンのような動く3Dモデルを「手や指で掴んで」拡大・縮小などの操作をしたり、視線を検知して自動スクロールする文章を読む、といった一連のデモシナリオを体験していった。
動く3Dモデルの「タービン」をつまんで動かしているところ。
エンジェル投資家として、いろいろなテクノロジーを見聞きしているはずだが、市販ベースで世界最先端の複合現実テクノロジーの体験は、本田にとっても想像の先をいっていたように見える。
時間にすればわずか約10分間。スタッフの説明に真剣に耳を傾けながら、「夢中」で最先端を学ぶ本田の姿が印象的だった。
体験終了後に発した感想は、「Amazing!!」。
体験を終えて数分、キップマンと話したあと、興奮さめやらぬうちに本田はスペシャルセッションの登壇へと向かった。
スペシャルセッションの参加者プレゼントとして本田が描いたサインボール。1球1万円以上する、FIFAクラブワールドカップUAE 2018公式試合球だ。
「Now Do」でエンジニアを募集する理由
スペシャルセッション登壇時の風景。
50分のシークレットゲスト登壇のあと、幸運な300人の観客が去った会場で本田を迎えたのは、日本マイクロソフト社長の平野拓也だ。
本田圭佑と名刺交換をする平野拓也(日本マイクロソフト社長)。
本田と平野は、初日の最後を飾る参加者カクテルパーティーの冒頭で挨拶をする。その打ち合わせを短時間、二人で詰めるのが目的だ。
広報とBusiness Insider Japanの撮影をこなしつつ、本田が開口一番、平野にたずねたのは、驚くことにマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツのこと。
本田「ビル・ゲイツって今も本社によく来るんですか」
平野「(ビル・ゲイツは)今もボードメンバーなんですけども、実は毎週のようにやってきますよ。ソフトウェアにものすごいパッションを持っている人ですからね。開発部の若いエンジニアと、AIのテクノロジーがいまどうなってるか、ホワイトボードを使って徹底的に議論してますよ」
そんな会話をしながら、話題は本田が「起業家」として取り組んでいる、指導者と生徒を結ぶ“学びのプラットフォーム”「Now Do」の話へ。本田はいま、Now Doの本格的な立ち上げのため、さまざまな新しい動きを始めようとしている。
本田は5月18日に、ある意味深なツイートをしていた。
── 「世界を変えたい仲間を募集する」っていうのはNow Doに関連してですか?
そう聞くと、本田はその通りだ、と答えた。
求められるスキルについては、「0 to 1のアプリ開発(まったくのゼロからの体験設計)をしたことがある人。iOSの開発がバリバリやれる人、システムサイドがつくれる人、デザイナーも探してます」と即答する。
── 本田さんの周囲のブレインたちなら、そういった人たちをたくさんご存知じゃないですか。
本田「(周囲からの)紹介などでつながることは多いですよ。でも、リクルーティングってそんなにカンタンじゃない。ビジョンに共感してくれる人を採用したいな、という思いはありますよね」
平野「エンジニアを探してるんですか。難しいですよね」
本田「はい、そうなんです」
平野「賢くて、パッションがあって。仕事ってパーパス(目的意識)がないとダメじゃないですか」
本田「そうなんですよ。パーパスが、近い人を探したい」
平野「価値観が合って、バリュー(能力)があって、パーパスもあえば、そう簡単には折れないですからね」
本田「でも、(そういう人材を探すのが)難しいんですよ。どんなにすごい経営者に会っても、同じことを聞きます」
平野「投資先はテクノロジーが中心?」
本田「今のところテクノロジーが中心ですが、基本的に“better of the world”(世界をよりよくするもの)なら、(カテゴリーは)選びません。ビル・ゲイツも投資している“Beyond Meat”(植物性の人工肉)みたいなものも全然アリだと思います。ああいうものも一種のテクノロジーだと思いますし」
本田は、近々募集するエンジニアらを、基本的に「日本」で探そうとしている。
ただし、Now Doのサービスそのものはアメリカにも持って行くつもりだ。だから、シリコンバレーでもエンジニアとのネットワークをつくろうとしているという。
いまはまだシリコンバレーでも投資家としてのつながりが中心だと、本田は言う。その意味では、現地のエンジニアネットワークの「インナーサークル」に入ることも、本田にとって次の重要なミッションの1つだ。
19時、de:code2019の1日目を終え、朝から最新テクノロジーを浴びるように学んでディスカッションしたエンジニアたちがカクテルパーティー会場に集まった。
乾杯の音頭をとったクラウド担当の米マイクロソフト副社長ジュリア・ホワイトに続き、平野とともに登壇した本田を、会場は大きな拍手と歓声で迎えた。
最後に、本田が会場のエンジニアに語った「メッセージ」でこの記事を終えたいと思う。
「近い将来、僕もエンジニアのみなさんと一緒に大きなことを成し遂げたいと思って、エンジニアを募集する予定です。
本当に本気で、世界を変えたい、マラソンのようにじっくり、力強く、諦めずに粘り強い精神を持って、成長していきたいと思ってもらえる、同じ気持ちをもった“仲間”を集めたい。
本当にそうなりたい方はぜひ、応募してもらえたらと思ってます。
みなさんと、何か一緒にプロジェクトができる日を楽しみにしています」
(敬称略)
(文・伊藤有、写真・SAMSON YEE)