五島の、空と山と海が広がる風景の魅力は、何ものにも変えがたい。この島にも深刻な人口減が起きている。
撮影:小林優多郎
東京から1240キロ、「潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産登録された長崎県五島列島で、UターンやIターンによる移住者が近年、増加している。2018年は5年前の10倍に相当する200人を突破した。背景には、国境離島ならではの危機感に裏打ちされた、深刻な人口減少対策がある。
Business Insider Japan編集部は5月7日〜6月7日の1カ月間、五島列島に滞在しながらリモートワークをする実証実験を実施。公募で集まった読者約50人と編集部員が期間中、入れ替わり立ち替わり五島に滞在した。参加者の中には将来、二拠点居住や地方で働くことを考えている人もいて、その“予行演習”や、完全移住した人たちの生活を垣間見る機会にもなった。
島に魅せられた移住者による新たなビジネスや地域コミュニティ作り、ICT活用によるリモートワークのような多拠点生活が、地元を巻き込んだ、本格的な島の活性化につながるのか。離島は一つの岐路に立っている。
旅行者や島の人たちが交流できる場所
セレンディップホテル ゴトー1階のコワーキングスペース。カフェにもなっていて、交流の場として開かれている。
「五島に初めて来たのは4年ほど前。五島を舞台にした漫画『ばらかもん』の聖地巡礼の旅に来たのが最初です」
五島列島最大の島、福江島の福江空港(五島つばき空港)から車で10分程度、五島市の中心部となる福江地区にあるのが、セレンディップホテルだ。フロントでもあるバーカウンターに立ち、自らコーヒーを淹れてくれるのが、支配人の岡本佳峰さん(29)。
岡本さんは移住者の1人だ。五島にやってきたきっかけを、そう振り返った。
セレンディップホテルは、古いビジネスホテルをリノベーションし2019年2月にオープン。一階部分は、洗練されたコワーキングスペース兼カフェになっていて、淹れたてのコーヒーが飲める。キッズスペースも併設され、旅行者や島の人たちに解放されている。
編集部のリモートワーク実験中は全面的に協力してもらい、1階をコワーキングスペースとして解放してもらった。日中はここでノートパソコンを広げ、仕事をしたり、テレビ会議したりする参加者の姿が見られた。
ポケットに手を入れて下を向いて通勤していた
セレンディップホテル支配人の、岡本佳峰さん。岡本さんも、愛知県から移住してきた。
「五島初のゲストハウスと呼ばれる宿に泊まって。地元の人であるオーナーはじめ、そこに集まる人たちと飲み会やったり話したりするうちに仲良くなり、居心地が良くなったんです。それで、2回、3回と五島に足を運ぶようになりました」
冒頭の支配人の岡本さんは、2年前まで大手自動車部品メーカーの愛知県にある工場に勤務。大企業社員として安定した生活を送っていたが、休みのたび五島に通ううちに「このままでいいのかなあと」。会社と家の往復の生活を味気なく感じるようになった。
「五島にいると、生きている実感がありました。五島の人たちは常に相手を気にかけている。ちょっと手伝ってお礼にビールだったり、持ちつ持たれつの交流がある。一方(移住前の)自分は、毎日ポケットに手を突っ込んで、下を向いて通勤していた」
移住しないかと誘われていたが、なかなか思い切れない。
そんな中ゲストハウスで知り合った山家正さん(35)から、「ホテル買うから一緒にやらない?」と言われたことに背中を押され、2018年5月に会社を退職。五島での今は、「人生が楽しい」と感じていると言う。
「五島の特徴として、みんな損得勘定で生きていない。五島の人には無償の愛のようなものがあって、それを受けた自分も、誰かにそれを返したい。そういう思いがありますね」
若い人たちの就職のパイが広がればいい
セレンディップホテルは、古いビジネスホテルをリノベーションした。移住支援制度の活用事例でもある。
セレンディプホテル・ゴトーの正面入り口。
撮影:阿部裕介
岡本さんの背中を押した山家さんは、東京在住の弟の尚さんと共にセレンディップホテルを経営する、MONTE CASAの副社長だ。
東京生まれ東京育ちの山家さんも、5年前に五島に移住。子どもを育てながら家族で暮らしている。
山家さんがホテルをリノベーション経営し、コワーキングスペースを作るなど新しい風を持ち込むのには、島の雇用創出と活性化という目的がある。
離島には長らく「仕事がないため、UIターンができない」という問題がつきまとってきた。
「自分でも働いてみたいと思えるようなホテルを作ることで、島に若い人の就職先のパイが広がればと思っています。そのためには質の良い雇用が必要。まずは給与面、そして都会にあるような魅力的な環境。そうすることで、Uターンも増えたらと。もともとみんな、五島が大好きなので」(山家さん)
五島市の人口はピーク時(1955年)の約9万2000人から現在は3万7000人程度と3分の1近くに減少。五島市の高齢化率(65歳以上の人口の割合)は36.8%(全国平均26.6%)で、社会減と自然減の両面から人口が減っている。
九州最西端の地、五島列島の夜明け。
そんな山家さん自身は、五島の理想的なあり方として、拡大よりも「現状維持」をあげる。「欲を出すことで何かが犠牲になってしまうのが現実」と考えるからだ。
それでも人口が減少する地方では、「現状の維持のために、子育て世代を増やすことが必要ですし、それには雇用を増やすことが必要」。「現状維持」のためにこそ、ビジネスを回していく必要があると感じている。
現在、Uターンや移住者など五島に魅せられた人たちが、ビジネスやお店を始める「点」の動きが町に起きているという。
セレンディップホテルは今後、2階部分を改築し、会議室やパーテーションのある本格的なワーキングスペースを設ける計画だ。そうして「点」をつなぐような、ビジネスのハブ(中継装置)となることを目指している。
「点が結ばれれば、やがて線となり、それが増えれば五島経済圏ができていく」
そう、山家さんは見据えている。
たくさんのコミュニティによる化学反応
五島で唯一の旅行業者を立ち上げた、トラベルQ副社長、副田賢介さん。
島で唯一の旅行会社を立ち上げた、トラベルQ副社長の副田賢介さん(34)も、そうした「点」の動きを始めた一人だ。大学卒業後、東京で就職するが、旅をきっかけに五島市役所に転職。やがて島で唯一の旅行業者として2018年9月に五島で起業した。
五島でビジネスをやる魅力は、足りないものがあればシェアしあうような暮らしに加え、「移住者や地元の人も含めて、コミュニティがたくさんあること。そこで化学反応のように、面白いことが起こっています」(副田さん)。
この数年で、こうした起業が増えている背景には2017年4月に施行された有人国境離島法はじめ、行政による移住支援の影響は大きい。
2060年までに人口が3分の1という現実
離島が直面する大きな課題は、人口減少だ。
撮影:Business Insdier Japan実証実験の参加者
国境にある離島は、領海や排他的経済水域(EEZ)の保全で重要な位置付けにある。離島の人口が減少し、やがて無人化することは、近隣国の海洋活動が活発化するなかで、国境をリスクにさらすことになる。
有人国境離島法は、国境離島地域の無人化を防ぐことを目的に制定された10年間の時限立法で、国は年間50億円を投じている。15地域71島が対象だ。
その政策メニューの一つに、離島に雇用をもたらす事業拡大や起業経費の、4分の3(最大1200万円)が助成されるという制度がある。セレンディップホテルやトラベルQも、この制度の適用を受けている。
五島市によると、この制度により2017年度で41事業152人、2018年度は49事業133人の雇用が生まれている。コミュニティカフェやゲストハウス、出張シェフサービスなど、移住者による新規ビジネスが、五島に新たな風を吹き込んでいるのも事実だ。
こうして五島市が移住政策に力を入れるのは、島には深刻な人口減が待ち受けているからだ。
出典:五島市
推計では、現在約3万7000人の市の人口は、2060年までに約1万2700人にまで減少する。雇用がないための島外への流出、全国平均を大きく上回る高齢化が原因だ。
3分の1にまで人口が減少すれば、離島に何か起きるだろうか。
病院、学校、航路……人口減で破壊されるインフラ
五島市立富江小学校。児童の数は、この30年で大きく減少している。
「学校がなくなる。病院がなくなる。航路がなくなる。インフラが破壊されていきます。人口減が離島に与えるインパクトは大きい。本土の比ではありません。市が人口減少対策に取り組むのは、島民の生活に深刻な影響を及ぼすからです」
そう話すのは、五島市地域振興部長の塩川徳也さんだ。総務官僚である塩川さんは、2年前に辞令を受けて市に赴任。移住支援や起業促進など、市の人口減少対策に取り組む中心人物だ。
市は2060年までに3分の1となる人口に対し、人口対策で7300人を増やすことを計画している。
「人口はこの先、絶対に減っていく。それは事実です。ただ、いきなり移住とはいかなくても、固い言葉ですが『関係人口』が増えることで、島の所得を増やし経済を活性化させ、医療や教育を守ることにつながるのではと」(塩川さん)
「お前の育ったところはいいとこやけん」
五島市役所で人口減少対策と地域振興に取り組む左から塩川さん、庄司さん、松野尾さん。
Business Insider Japanのリモートワーク実験は、個人の働き方の実験であると同時に、土地との関わりという意味でも大きな意味を持つ。地元の人との交流はじめ、参加者が五島に触れる企画を通じて、五島市や冒頭のセレンディップホテルなど地元から大きな協力を得た。
リモートワーク自体は、「東京の仕事を五島という場でこなす」だけなら、五島へのインパクトは限定的に思えるが、実際はどうだったのか。
「お前の育ったところはいいとこやけんと、背中を押されるような思いです。島外の人が、地元の人間には気づかないポテンシャルを発信してくれることで、自分自身、新しい発見がありました」
五島市の移住定住促進係長の松野尾祐二さんは、リモートワーカーはじめ島外の人たちが五島に魅せられ、SNSなどを通じて発信することの効果をそう話す。
「ここを逃したら、次はないんじゃないでしょうか」
近年の移住者による盛り上がりを、五島市の地域協働課長の庄司透さんはそうみる。
島で生まれ育った庄司さんや松野尾さんは、移住促進やリモートワーク実験への協力の目的を「島民が元気になり、幸せになること」だと捉えている。
ただ、人口減少対策としての移住や多拠点生活が盛り上がる一方で、地元の人と移住者間の心理的な垣根や、急に雇用機会が増えたことで起きている人手不足など、新たな課題が生まれているのも事実だ。
編集部の実験は、地元の人にはどう映っていたのだろうか。
同じ土地をかけがえなく思う人々にできること
撮影:Business Insdier Japan実証実験の参加者
記者もこの実験で、五島に滞在した一人だ。
五島を発つ前日の夕方、最後の取材相手は、地元の写真家、廣瀬健司さん(58)だった。Uターン者の一人で、隠れキリシタンの現在や季節の移ろいなど五島の写真を撮り続けている。
地元の図書館でインタビューのつもりだったが、廣瀬さんは到着するなり、「明日帰るのなら、いろいろ外を回った方がいい。時間がもったいないけん」と、夕陽の美しい海岸沿いスポットに車を出してくれた。
リモートワーク実験について廣瀬さんは、「興味を持っている地元の人もいるが、距離を持って見ている人が多いのも事実」と、率直に言う。過去に移住者や多拠点生活者が、結局、定住することなく去っていく姿も、地元の人は何度となく見ているからだ。
それでも、ICT化の時代を追い風に、これまでにない可能性も広がっているとは感じている。
「どこでもできることを五島でやるのではなく、五島の歴史や土地の魅力、地元との交流を通じて『五島だからこそ』であってほしい。また何度でも五島に来たい、住みたい、と思ってもらえるように」(廣瀬さん)
今回のリモートワーク実験では、事業家やフリーランスの参加者らが、行政や地元の人とブレストを重ねたり、すでに物件を探し始めていたり、五島で何かを始めようという動きが生まれている。
同じ土地をかけがえなく思い、それぞれのやり方で土地に関わる、島内外の人たち。その出会いが拓く未来も、あるはずだ。
(文・写真、滝川麻衣子)