2016年に中国uberを買収した滴滴出行。中国400都市の4億人にサービスを提供する。
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中国のイノベーションに注目が集まっている。なんのてらいもなしに、新しいテクノロジー、サービスが次々と社会実装(開発された技術が実際に社会に応用されること)されていく中国に、世界の人々は驚愕している。
もはや中国は世界最先端の国だという人もいるほどだが、その裏側には泥臭い現実がある。S級(先進的な一面)と、B級(泥臭い昔ながらの姿)が交錯した点に今の中国があると、私が共同で執筆した『中国S級B級論』には書いた。
バッテリーから労働力や知識までシェア
中国で登場し話題を呼んだシェアサイクルや、ライドシェアなど新興サービスは「シェアリングエコノミー」というジャンルに属する。シェアリングエコノミーとは「物・サービス・場所などを、多くの人と共有・交換して利用する社会的な仕組み」(大辞泉)だ。ビジネスモデルの始まりはウーバーやAirbnbなど米国企業だが、中国ではそれ以上の発展を遂げている。
日本でシェアリングエコノミー といえば米国発祥uber。中国では滴滴出行に買収されている。
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例えば中国で独自に発展したサービスとして、途家(トゥージア)などの民泊やシェアモバイルバッテリー、さらにはシェア・トラック運送、外売(出前代行)、有料知識サービスなどがある。
当初のシェアリングエコノミーはものの共有を意味していたが、いまではだれかが保有しているものを借り受ける、あるいは他人の労働力や知識ノウハウを有料で利用することなど、応用範囲が広がっている。
シェアリングエコノミーという言葉自体はやや旬を過ぎたように感じる人もいるだろうが、大きなトレンドとして物を所有しない、長期契約を結ばないスタイルが志向されていることは間違いない。
例えば、2018年は「サブスクリプション」が注目を集めた。モノを購入するのではなく、リースのように使用権を購入する。月額契約でマンガや雑誌の読み放題、動画の見放題、車や家電、衣料品などの物品がレンタルし放題になるようなサービスだ。
中国ではシェアサイクルの月額定期や、中古ブランドバッグのレンタルサービス(月額料金を支払って、バッグを借りる。借りているバッグを返却したら、別のバッグが借りられる)なども急速に広がりつつある。
また、「ギグエコノミー」という言葉もある。ギグとはミュージシャンが1回限りでバンドを組んで演奏すること。ギグエコノミーとはこのように超短期の仕事、単発の仕事を請け負うような働き方だ。1回1回人を探して雇うのは面倒にも思えるが、インターネットによって仕事の発注、受注が効率化されて広がった。
このギグエコノミーは、シェアリングエコノミーの裏側とも言える。シェアリングエコノミーには先端的なテクノロジーの裏で、運転手や自転車の整理係など“人力”を必要とする場合も多い。こうした労働者を雇わなければならないようなシェアリングエコノミーのサービスで働く人たちはギグエコノミーという仕組みで働いているわけだ。
「ぶらぶらしている人が2億人」
中国の音学サブスクリプションサービス、騰訊音楽(tencent music)。
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シェアリングエコノミー、サブスクリプション、ギグエコノミー……こうした世界のビジネストレンドの最前線と中国はやたらと相性がいい。というと、やはり中国は最先端のS級だと思えるかもしれないが、その根底にはB級が潜んでいる。
「中国にはぶらぶらして何もしない人が2億人いる」
中国を専門とする、ある日本人コラムニストの発言だ。たしかに、中国には正規の仕事につかずにぶらぶらしている人がごっそりいる。中国には失業率という統計がない。代わりに都市登記失業率という項目があるが、失業の届け出をした都市住民だけをカウントした数字なので、実際とはかけ離れている。
この数字は5%前後だが、正規の仕事にありつけていない人の数は、これをはるかに上回るだろう。中国語で「無業遊民」と呼ばれる人々だ。彼らはなにも本当に仕事をしていなかったわけではない。
社会主義経済時代の中国では、政府がすべての人民に仕事を与えていた。「分配」と呼ばれるシステムで、どういう仕事につくかはお国が決めることだったのだ。ところが1990年代後半になると、資本主義経済が広がり、仕事は自力で探さなければならなくなった。
それまで国有企業で働いていた労働者も、レイオフ(一時解雇)という名目で仕事を失った人が多い。定職を見つけられなかった人々は屋台など飲食店を開いたり、日雇い労働をしたり、工場の季節工として働いたりと、さまざまな形で食いつないだ。無業の遊民といわれても、実際は職を転々とする非正規労働者だ。
彼らが暴発しない程度に豊かな国にしていくこと、成長していくことが、中国政府にとって最重要課題だといわれていた時代もある。いわゆる「保八」論だ。GDP(国内総生産)が年間8%ずつ成長しなければ、新規雇用の数が足りず、仕事にあぶれた人々が増えて、やがて反乱を起こすであろうというロジックだ。
実際、中国政府は毎年「両会」(毎年3月に開催される全国人民代表大会と全国政治協商会議の総称。日本の国会に相当)の政府活動報告で、経済成長率とともに新規雇用創出数を発表。人民にどれだけメシのタネを作ったのかをアピールしている。成長減速イコール反乱という公式は乱暴すぎるとはいえ、雇用確保は中国政府にとって最大の関心事だったわけだ。
S級ビジネスを支える「無業遊民」
そしていま、シェアリングエコノミーが多くの雇用を生み出している。
国家情報センターの報告書「2018年中国シェアリングエコノミー発展年度報告」によると、シェアリングエコノミーで働く労働者の数は2017年に7000万人を突破した。2016年と比べて新たに1000万人が増えたことになる。
無業の遊民たちはシェアリングエコノミーに積極的に参加し、金を稼ぐようになった。B級中国の極みである無業遊民たちが、S級中国を支える存在となっているわけだ。
例えばシェアサイクルでは、乗り捨てられた自転車が歩道を占拠してしまう、乗り捨てられた自転車が密集する地域と、全くない地域が出てしまうといった問題がある。
一時は中国のシェアリングエコノミー台頭の象徴とみられていたシェアサイクル。しかし、あっという間に放置自転車などが社会課題となっている。
撮影:Kota Takaguchi
これらを解決するために登場したのが無業遊民のみなさんである。自転車をひたすら並べるおじいさん、トラックで密集地域から過疎地域へと移動させるお兄さん。昔ならば無業遊民と呼ばれていたであろう人たちが、いまではモバイルインターネットが生み出した新たな経済に包摂されている。
中国で激しく普及した出前サービスもそうだ。無業遊民を組織化し、活用するバックヤードこそがイノベーションの要。無業遊民というB級中国の象徴を、スマホで活用するのが中国のニューエコノミーなのだ。
ギグエコノミーで稼げるとなると、正規で働いている人も空き時間に副業で稼いだり、仕事をやめてギグを本職にしたりという動きが出てくる。稼ぎ方の多様化で、中国人民は確実に豊かになっている。
「日本で働く彼女と給料変わらないんです」
「私ね、彼女が日本にいるんですよ。本当は一緒に日本に行きたかったんですけどね、ビザが取れなくて。いまなら簡単に取れるみたいだけど、日本に行くか悩んでいます。ほら、親の世話とかもあるし。
あと、仕事。夜はバーテンダー、昼間はライドシェアの運転手やってるんですけどね、日本で働く彼女とあんまり給料変わらないんです。物価を考えたら中国のほうが暮らしやすいし。無理に日本に行く理由がないというか」
2017年に上海でライドシェアに乗ったときの、運転手との会話だ。無業の遊民だけではなく、本業だけでは十分に稼げない人々が、楽に副業を探す手段ともなっている。シェアリングエコノミーに雇用される、超短期の仕事。
こうしたギグエコノミーは世界中に広がっているが、どちらかというとマイナスの見方をされることが多い。朝日新聞日曜特集のオンライン版「Globe+」(2018年8月20日付)が「欧州の格差を歩く——ギグ・エコノミーネットが生む新たな貧困」という記事を掲載している。
シェアライドの普及率は日本より圧倒的に高い。
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この記事ではギグエコノミーで働く労働者を取材しているが、正社員と比べると、社会保障も有給休暇もなく、低収入で不満が高まっているという内容だ。シェアリングエコノミー、ギグエコノミーに対して、中国と欧州では評価が180度違うわけだ。その理由はいたってシンプルだ。
欧州でギグエコノミーに参加する人々は、もともと工場で雇用されていたような人々が多い。安定した立場から不安定な立場へと転落した、そういう不満が強いだろう。
一方、中国は、もともと不安定な立場に置かれていた人々が、ギグエコノミーによって選択肢が増えた。もっといい暮らしをしている人々と比べれば、ギグエコノミーでは十分な収入は得られないかもしれない。だが、昔よりはマシだという感覚がある。
消費者にとってとてつもなく便利なサービスの背後には、インターネットの力によって、安い賃金で人々を働かせる残酷な経済システムが潜んでいる。その残酷さにばかり目を向けるか、ないよりはあったほうがマシではないかと歓迎するか。
格差と貧困が跋扈(ばっこ)するB級中国が背景にあるからこそ、S級のシェアリングエコノミー、ギグエコノミーが広がっている。その様は、あたかも太極図 —— 中国陰陽思想に見られる、白と黒が分かちがたく絡み合った図のようである。B級があるからS級が成り立ち、S級があるからB級が成り立つのだ。
(文・高口康太)
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高口康太:ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。2度の中国留学を経て、中国の経済、社会、文化専門のジャーナリストに。著書に『なぜ、習近平は激怒したのかー人気漫画家が亡命した理由』『現代中国経営者列伝』。共著に『中国S級B級論ー発展途上と最先端が混在する国』