フラッシュバックした孤独感や隠された私の存在。ひきこもり当事者と親が語るリアルな不安と生活【川崎殺傷事件と元農水次官事件】

児童ら20人が次々と襲われた川崎殺傷事件、そして熊沢英昭・元農林水産事務次官(76)が長男(44)を殺害した事件と、「ひきこもっていた」とされる中高年の子どもと高齢の親が関わる事件が相次いだ。

一連の事件報道などで、読者の中には「ひきこもり」という存在そのものに、漠然とした恐れや警戒心を抱いた人がいるかもしれない。だが当事者や家族もまた、「『ひきこもり=犯罪者予備軍』と一くくりに否定されたら、当事者はさらに外へ出づらくなってしまう」と不安を募らせている。

ひきこもりとして母として「事件、2重につらい」

室内で1人座り込む男性。

川崎殺傷事件では、ひきこもりと事件を結びつける心無い声に当事者や家族は苦しんでいる(写真はイメージです)。

shutterstock / chingyunsong

「加害者が住んでいたのは、私のかつての地元。生々しい記憶が一気によみがえった」

ひきこもり経験を持つ女性(48)は川崎事件後、ひどいフラッシュバックに襲われたという。

女性は約20年前、出産前後から夫が怒鳴ったり、暴れて壁を叩いたりするようになったのをきっかけに、寝室にひきこもるようになった。加害者の自宅や事件現場は、当時の生活圏の中にある。

当時はただ悶々と「どうすれば夫婦仲を修復できるだろう」「就職しても、人間関係がうまくいかなかったらどうしよう」と悩み続ける日々。幼い娘が夫に怒鳴られて泣き出しても、夫が怖くて部屋から出られず、助けてやることすらできなかった。

そのうち、自分を責める自分の声が聞こえるようになった。加害者の置かれた状況に、当時の自分が重なった。

一方で女性は、殺害された児童の遺族も「他人事とは思えない」と話す。

女性は数年前に夫と離婚し、娘からも引き離された。

「当時の娘と同年代の児童が犠牲になり、子どもを突然奪われた悲しさ、孤独感までフラッシュバックした。ひきこもりとして、母親として、2重につらい」

女性は現在、うつ病の治療を続けながら、都内で1人暮らしをしている。優しく話を聞いてくれる隣人との出会いをきっかけに、少しずつ外出できるようになり、ポツポツとアルバイトも始めた。

ニュースやSNSで、「ひきこもり」全員を攻撃するかのようなコメントを目にして「事件に関係のない当事者までもが、誹謗・中傷のターゲットにされてしまうのでは」という恐れも抱いている。

思いが交わらないままお互い年を

川崎殺傷事件現場で、手を合わせる被害者の友人たち。

川崎の事件を受けて、「自分の子も、事件を起こしてしまうのではないか」と引きこもり当事者家族は不安に駆られている。

Getty Images / Carl Court

一方、元農水事務次官の事件では、元次官が川崎の事件を念頭に、息子が他人に危害を加えるのを恐れて犯行に及んだと、大手メディアは報じている。

実際に、当事者・家族で作る「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」には、「自分の子も、事件を起こしてしまうのではないか」と不安に駆られた家族からの相談が、多数寄せられているという。

「私にも、『自分の子も…』という気持ちがない、とは言えない」

都内に住む男性(77)は打ち明けた。息子(45)のひきこもり歴は、20年を超える。

「親にしてみれば『もう、私たちの気持ちは分かっているよね』という感じ。自分を理解してほしい、という息子の気持ちも知っている。しかし思いが交わらないまま、お互いに年を取り、親子の会話も減ってきた」

息子は時折「ひきこもりにだって、多様な人生がある」と口にする。だが彼が「多様な人生」に向かって、何かをしようとしている様子は見られず、いら立ちを覚えることもあるという。

さらに「息子が苦しんでいるのは、分かるのだが……」と前置きしつつ、次のように話した。

「自分も頭が固くなり、『働かざるもの食うべからず』という、若い頃の価値観から抜け出せない。つい『とりあえず働いてみたら?』と言いたくなってしまう」

ひきこもりの実情に詳しいジャーナリストの池上正樹氏は、親の焦りに付け込む「ひきこもりビジネス」の動きも活発化していると指摘する。

「親からの多額の報酬と引き換えに、子どもを強引に外へ連れ出し、施設に軟禁状態に置くと言った暴力的な支援団体もある。被害に遭わないよう、注意してほしい」(池上氏)

「恥ずかしい」と隠される当事者

雑踏

周囲を気にして、ひきこもる当事者をを隠そうとする家族も多い。

撮影:今村拓馬

元農水次官の事件では、地域住民のほとんどが、被害者の存在を知らなかったとも報道された。ひきこもりの家族は、周囲の目を気にして、当事者を隠そうとすることが多い。

福島県に住むひきこもり当事者の女性(48)は自殺未遂を起こして死にきれず、ひどいけがをした時、同居の母親や姉に救急車を呼んでもらえなかった経験がある。痛みをこらえてタクシーに乗り、病院で順番を待って診察を受けた挙げ句に、緊急入院となった。

母親や姉は、女性と一緒には外出したがらず、女性が病気になっても、自分たちのかかりつけ病院には連れて行こうとしないという。

「結婚した妹は、喜んでその病院に連れて行くのに……。口には出さないけれど、私を『恥ずかしい』と思い、世間体を気にしているのだと思う」

池井多さん

ひきこもり当事者で、親との対話の会などを開いている「ぼそっと池井多」さん(57)。

「家族が当事者を恥と感じるのは、社会がそう見なしているからだ」と、ひきこもり当事者で、親との対話の会などを開いている「ぼそっと池井多」さん(57)は指摘する。

「これ以上不名誉な偏見を被せられたら、当事者はさらに追い詰められてしまう」

KHJなどの当事者・家族の団体は事件後、相次いで声明を発表。

当事者らでつくる「ひきこもりUX会議」は「(ひきこもりに対して)『犯罪者予備軍』のような負のイメージが繰り返し生産されてきた」とし、犯行への憎しみが、ひきこもり当事者を一くくりに否定することに向かいかねないとの懸念を示した。

ジャーナリストの池上氏は言う。

「事件に関しては、加害者・被害者がひきこもりかどうか、ではなく、本人にどのような危機的状況があったのかを解明することの方が重要だ」

制度のはざまに落ち込む支援 

木にぶら下げられた折り鶴

「相談体制」だけでも事件を防げない。

shutterstock / Elena Dijour

3月に内閣府が発表した調査では、40~64歳のひきこもり当事者が推計約61万人と、それより若い世代の推計約54万人を上回った。50代前後のひきこもり当事者と80代前後の親が、生活上のさまざまな困難を抱える「8050問題」にも、注目が集まっている。

厚生労働省は、就労が安定しない人を対象とした専門窓口をハローワークに設けるほか、「断らない」相談支援体制を整えるといった支援策を打ち出している。

ただ川崎殺傷事件では、加害者の親族が行政の支援機関に14回にわたって相談しており、単なる「相談体制」だけでは、事件を防げないことも浮き彫りとなった。

KHJは6月1日に発表した声明文の中で「ひきこもり支援は、制度と制度の狭間に置かれがち」だと指摘。行政の部署を超えた連携や、本人・家族の心情に寄り添える人材の育成が重要だと強調している。

KHJの伊藤正俊共同代表は、「子どもがひきこもると、親は高度成長や競争社会の中で培ってきた価値観が、通用しないことに気づかされる。当事者・家族が自分らしく、それぞれの幸福感を追求することを、認められる社会になってほしい」と話している。

(文・有馬知子)

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