心理学の⺠主化——なぜ、AI時代に「ときめき」が流行るのか

心理学 人工知能

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前回、「飲み会の幹事こそAI時代の未来のスキル」という記事の中で、未来のスキルの一つが「心理学」であるということを紹介した

Aという居酒屋に行くか、Bという中華に行くべきか、夏だからビアガーデンというようなルールや定石に頼る方法もあるが、複数のオプションの中から、“本当に自分たちのやりたいこと”を見つけ出すことは意外に難しい。

本当に自分がやりたいことは何なのか?この問いと答えさえ決まれば、AIにゴールとデータを入力して最適な答えを得るというテクノロジーの恩恵を受けることができるわけだが、その前にはどうしてもこの問いに答えなければいけないので、人間側に必要な未来のスキルとして「心理学」が必要になるという訳だ。

行動を「ときめき」で決める時代

マインドフルネス

未来のスキルとして「心理学」が必要になってきたことと呼応し、アメリカではマインドフルネスやポジティブ心理学がブームとなった。

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これに呼応するような形で、アメリカではマインドフルネスやポジティブ心理学がブームとなり、『サピエンス全史』で有名なユヴァル・ノア・ハラリは、ヴィパッサナー瞑想から着想を受け、世界的な資産運用会社のブラックロック社のラリー・フィンクは「Purpose」をテーマに大手企業のCEOに年次レターを送付するようになった。

あらためて、代表的な人類学者や経営者たちが、自分の目的や意識はどこに向いているのかという心理面を内省する点にフォ ーカスを当てるよう、警鐘を鳴らし始めたのである。

日本では、一橋大教授の楠木建の『すべては「好き嫌い」から始まる』がビジネス書として発売され、霞が関の政策立案の現場では、2017年にノーベル経済学賞を受賞した「ナッジ」と呼ばれる行動経済学で人間の心理や行動に変化を促す方法に注目が集まっている。

そしてついには、近藤麻理恵さんによる整頓手法の「こんまりブーム」がNetflixでも話題になり、Aという居酒屋に行くか、Bという中華に行くべきかという問題は、「ときめき」で決める時代がやってきた

AI時代のゴール設置には「ときめき」が必須

私はこれらの一連の人間の心理的要素に再注目したブームを「心理学の⺠主化」と呼びたい。

アルゴリズムとデータが整備され、誰でもAIを簡単に使える「AIの⺠主化」をGoogleなどのアメリカ企業が牽引したことで、AIの恩恵を受けるにはゴールの入力が必要となり、「本当に自分がやりたいことは何なのか」という問いに答える必要が生まれた。

この AIの⺠主化に呼応するような形で「心理学の⺠主化」が始まっているのではないだろか。

心理学の民主化とはつまり、これまで一部の心理学者やカウンセラーだけが心理学を利活用していたのに対し、誰もがプチ心理学を活用して自分の心の有り様を自由に表現できること。言い換えれば、自分自身を既存のルールの抑圧から解放し、ときめきと共に生きることではないかと考えるのである。

ときめき心理学を導入していた紫式部

こんまり

「こんまりブーム」によって、AかBかという選択は「ときめき」で決めるという時代がやってきた。

REUTERS/Lucas Jackson

実は、こんまりブームに先駆けて、いち早く、ときめきの心理学を導入していた日本人として、紫式部が挙げられる。

なぜ、紫式部がときめきの心理学なのかということを理解するには、清少納言との対比がわかりやすい。清少納言の『枕草子』は「春はあけぼの」で始まることで有名だが、これは、AI研究者的な視点で見ると、

IF 春 THEN あけぼの

IF 夏 THEN 夜

IF 秋 THEN 夕暮れ

IF 冬 THEN つとめて

というルールでできたアルゴリズムと読み換えられる。

このように清少納言の心理はルールを中心とした世界に縛られているように見える一方で、紫式部の心理は、ときめきの心理だ。代表作の源氏物語の冒頭を「こんまり」風に超訳してみると以下のようになる。

昔々、天皇がときめくほど愛した一人の女性がいました。他の女性は、なぜ、天皇は私たちにときめきを感じてくれないのかと妬みました。

中国では皇帝が楊貴妃にときめいて革命が起きたことを知っていたので、貴族の人たちは、このときめきがおさまるようにゴシップ を流しました。

すると、この女性は実家にひきこもるようになってしまったのですが、逆に、 天皇のときめきは強くなり、ついには、心がときめくように光るほど美しい皇子が生まれることになったのです。

しかしながら、ときめきは終わりを迎えます。ゴシップによって心を痛めた女性は亡くなってしまいました。天皇は⻑い間深い悲しみの中にありましたが、その後、しばらくして、ある人が、かつて天皇がときめいた女性にとても良く似た女性を紹介 してくれました。

そして、幸運にも二人は結ばれることになりました。しかし、不幸なことに、皇子もまたこの女性にときめいてしまったのです。

自分をルールの抑圧から解放して

平安時代

紫式部はいち早く「ときめき」の心理学を導入していた。

Shutterstock

ルールの世界で見たら、本当は好きになってはいけない世界が、好きならば好きで良い、ときめきの心理学の世界として表現されている。

この「ルール vs.ときめき」という構図は、 AI以前の世界では、人間はルールで縛られていたことに対して、AI以後の世界では、ときめきを求め続けるようになるのでは?という未来を暗示しているようにも思える。

清少納言の「をかし」によるルールの心理的世界は、⻄欧、中国、インド、イスラムの哲学でも類似の心理的プロセスが語れることが多いが、紫式部の「あはれ」によるときめき的世界は、より日本独自の文化に近いとも言われている。

AI以後の世界で必要となる未来のスキルは、 日本では1000年前から伝わり、今、また、こんまりブームとして世界にも広がっている。

自分自身をルールの抑圧から解放し、ときめきと共に生きる時代が、AI以後の世界で広がり始めている。

さて、あなたのときめきは何でしょうか。(敬称略)

石山洸:株式会社エクサウィザーズ代表取締役社長。東京工業大学大学院知能システム科学専攻過程修了。2006年4月、リクルートホールディングス入社。同社のデジタル化を推進後、新規事業提案制度での提案を契機に新会社設立。2014年同社メディアテクノロジーラボ所長に。2015年リクルートのAI研究所であるRecruit Institute of Technologyを設立し、初代所長に。2017年、デジタルセンセーション取締役COOに就任。2017年10月の合併を機に、現職就任。静岡大学客員教授、東京大学未来ビジョン研究センター客員准教授。

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