ヒール・パンプス強制は「業務上必要なければパワハラ」にも。#KuToo 厚労相発言の真意

職場でハイヒールやパンプスを強制されることへの異議を唱える「#KuToo 」運動。

根本匠厚生労働相がこうした強制や指示も「業務上必要かつ相当な範囲」と述べたと報じられ大きな批判を集めたが、専門家はその真意は別にあるという。むしろ問題は、根本厚労相が繰り返し答弁した「社会通念」という条件だ。

約1万9000人がヒール・パンプスの強制に「NO」

ハイヒール

1日中ハイヒールやパンプスで過ごしたことのある人ならわかりますよね?あのつらさ……。

GettyImages/RunPhoto

6月3日、俳優・ライターの石川優実さんらが「職場でのヒール・パンプスの強制をなくしたい!」と題した約1万9000人分の署名を厚生労働省に提出した。

署名では女性にのみハイヒール・パンプスを命じることは性差別・ジェンダーハラスメントだとし、禁止する法規定を作ることなどを求めている。SNSでは靴と苦痛、そして#MeTooの意味を込めた「#KuToo 」のハッシュタグと共に多くの女性たちから共感の声が上がっており、厚労省の対応が注目されていた。

労災多発の原因にも

石川優実

自身の経験をもとに#KuToo の署名を立ち上げた石川優実さん。

撮影:竹下郁子

こうした動きを受けて5日、衆院厚生労働委員会で立憲民主党の尾辻かな子議員が根本厚労相に質問した。

尾辻議員は、「ハイヒールやパンプスは足に負担がかかり、外反母趾、靴ずれなどを起こし、腰への負担もある」こと、「労災の調査論文では18歳から26歳の女性の労災が多発しており、その原因はハイヒールの着用が原因と推察できると記載されている」ことなどを指摘した上で、「就職活動や接客の職場などを中心にパンプス、ハイヒールの着用が必須とされているような職場も多く見受けられ」るとし、「こうした義務づけがなされる必要があると思うか」と複数回、尋ねた。

国会議事堂

GettyImages/Glowimages

これに対して根本厚労相は、以下のように答弁している。

「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲か、この辺なんだろうと思います」

「社会通念に照らして業務上必要かどうかということ。要は社会慣習に関わるものではないかなと思います」

「社会通念に照らして業務上必要かつ相当な範囲をこえているかどうか、これがポイントだと思います。そこでパワハラにあたるかどうかということだろうと思います。例えば足をけがした労働者に必要もなく着用を強制するような場合は、パワハラに該当し得ると考えております」

パワハラの基準で判断

就活

撮影:今村拓馬

複数のメディアがこの答弁を、ハイヒールの強制も業務上必要なら容認するものだと報じたことで、Twitterでは根本厚労相への批判が噴出した。

しかし、労働法制、特に職場のハラスメントに詳しい労働政策研究・研修機構の内藤忍副主任研究員は言う。

「今回の大臣の答弁は、ハイヒールやパンプスの着用指示が許されるかどうかはパワハラの判断基準に沿って判断する、つまりこうした強制はパワハラに当たりうるという内容です。

『この辺なんだろうと思う』は、『この基準で判断されると思う』という意味ですが、強制を容認すると書いた媒体は『この範囲に入るんだろう』ととらえたかもしれません」(内藤さん)

いくつかのメディアは、記事の見出しを変更するなどの対応を取った。

#KuToo

#KuTooの署名キャンペーン。署名は現在も継続中だ。

出典:Change.org,ホームページ

今国会で企業にパワハラ防止策を義務づけるよう法改正されたが、職場のパワハラの定義は、

  1. 優越的な関係に基づく
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
  3. 労働者の就業環境を害すること(身体的若しくは精神的な苦痛を与え ること)

となっており、根本厚労相の答弁は2を意識した答弁だと推測される。

今回の署名やSNSでの発信では就活生からの苦しい声も多く上がっている。就活生は企業と雇用関係になくこれまでは労働法制の対象外だったが、今国会で成立したハラスメント関連法の附帯決議で就活生に対してもセクハラなどでは必要な対策を講ずるよう盛り込まれたため、

「社員へのパンプス・ヒールの着用指示がパワハラに該当し得るならば、就活生に対して『マナーとして説く』ことも減っていくだろう」

と内藤さんは見ている。

海外では法や通達で規制が進む

クリスティン・スチュワート

2018年カンヌ国際映画祭でハイヒールを脱いでレッドカーペットを歩くクリステン・スチュワートさん。業界の慣習への抗議だと言われている。

GettyImages/Andreas Rentz ・スタッフ

「そもそも女性にのみハイヒールやパンプスを強制することは性差別」だと内藤さんは言う。

イギリスやフィリピン、カナダのブリティッシュコロンビア州では政府が通達を出したり法改正して対応しているが、日本では男女雇用機会均等法でも服装規定のような労働条件上の性差別を直接禁止する規定がなく、法整備が遅れているのが現状だ。

今回の厚労相の答弁を受け、これから労働政策審議会で詳しい内容を議論していくことになるが、現在ヒールやパンプスの着用を義務づけている企業は、それが「業務上必要かつ相当な範囲か」を考える必要がある。

「女性だけに、業務上パンプスやハイヒールを指定しなければならない理由は実はほとんどないと思います。映画、テレビ、演劇などでそうした靴を履く女性役の仕事など、女性性や脚線美を強調しなければならない仕事くらいかなと。接客業などで仕事上フォーマルな格好をしなければならない場面はもちろんあると思いますが、その場合は男女を問わず『フォーマルな靴』を指示すればよく、それは業務上の必要性が認められるでしょう」(内藤さん)

パワハラかどうかは「社会通念」で判断?

雑踏

撮影:今村拓馬

しかしこれには大きな壁がある。根本厚労相が繰り返し述べた「社会通念に照らして」という条件だ。

内藤さんによると、2017年の厚労省の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」の報告書では、この「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」という要件について、「業務上明らかに必要性がなく」、「その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える行為」であるという整理がされたこともあったという。

しかしその後、パワハラの要件を議論してきた審議会や国会では、「社会通念」や「慣習」について、そのような議論は一切されていないそうだ。

「ハラスメントに該当するかどうかを判断する際、『社会通念』や『慣習』を考慮したらどうなるでしょうか。

パワハラと言っても、特に今回のような『性別』などの『差別事由』に基づくハラスメントは、国際的には、そもそも社会が変わっていかないから立法規制を置いています。判断する際に、変わらなければならない社会の考え方を考慮するのでは、いま国が目指そうとしている差別やハラスメントがない社会は実現できないでしょう。

結果として、ハイヒールやパンプスの着用に関する言動を法的に容認する可能性も高く、不安が残ります」(内藤さん)

「パンプス強制容認」という報道が出たのは、こうした点からはあながち間違ってはいないとも言う。

署名を立ち上げた石川さんも、同じ思いだ。#KuToo の活動を始めてから「なぜ会社に直接言わないんだ」「起業すればいい」「違う仕事をすべき」など、常に批判にさらされてきた。日本社会の理解ではなく、国際基準で判断して欲しいという。

「私たちはケガをしない権利という当たり前のことを主張しているだけなのに、わがままだと捉えられることが多いんですよね。

社会通念と言うなら、本当にハイヒールやパンプスが必要な職業って何なのか?なぜそれがマナーなのか?なぜ性別によって許される服装が違うのか、うわべではなく突き詰めた議論が必要です。

ハイヒールやパンプスの強制がパワハラになり得るという今回の答弁は大きな一歩だとは思いますが、その根底にある性差別を無視しないで欲しい」(石川さん)

就業規則で、口頭で、空気で

オフィス街

撮影:今村拓馬

高階恵美子副厚労相は「(ハイヒールやパンプスは)強制されるものではないと思う」と答弁する一方で、「そもそも職場でそういった義務づけをしているるところがどの程度あるのか、私も承知していない」と、現状把握ができていないことを露呈した。

しかし、石川さんによると自身が登録していた派遣会社で就業規則として明記されていたほか、署名などでも「上司から口頭で指示された」など、さまざまなかたちの指示が行われているのを確認しているという。業種も観光業、受付、接客業、営業など幅広いそうだ。

経団連に今回の#KuToo の動きについての見解を問い合わせたが、「現時点では公式かつ統一見解を持ち合わせておらず、回答しかねる」とのことだった。

(文・竹下郁子)

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