否定的な言葉で語られる「ゆとり世代」。彼らは、共通の悩み・違和感を抱えているようだ。
撮影:今井駿介
「根性がない」「自由奔放」などと、ネガティブな印象でひとくくりに語られることの多い「ゆとり世代」。
平成が終わり、この言葉が取りざたされることも少なくなったが、裏を返せば、この世代に生まれた若者が、あらゆる分野で活躍する年齢になったとも言える。
これまで、同世代でもあるゆとり世代の起業家を取材する中で、共通の悩み・違和感を抱えている人たちが一定数いることに気が付いた。
インタビューで自分の思いが伝わらない
「インタビューをされた時に、(自分より上の世代に対して)自分の思いが伝わらないことがある」
僕が取材した際、何度か聞いた言葉だ。
彼らがどんな思いで起業したのか、その会社がどんな人を救うのかなど、より定性的な価値基準・思想が相手によってはうまく伝わらないのだという。
その理由として、これまで当事者以外から押し付けられてきた「ゆとり世代論」が大きく影響していると感じた。
一つの世代として大雑把に定義付けられてきた「ゆとり」と、実際のゆとり世代が持っている価値観にズレが生じているのではないかと。
1987年〜2003年生まれのゆとり世代。どちらかというと否定的なイメージで語られることが多い。
撮影:今井駿介
ゆとり世代とは、一般的には「学生時代にゆとり教育を受けた世代」を指す。1987年〜2003年生まれの人々が、小中学校のどこかでゆとり教育に触れている計算になる。
そして、ゆとり世代といえば勉強ができない、決断力がない、マイペースなど、批判的なキーワードで語られることが多かった。
筆者(28)もゆとり世代の1人だ。
上の世代から「ゆとり」と一括りにされる世代の当事者として、自分たちの世代を考えるために、「古着女子」など若年女性をターゲットにしたブランドやメディアを運営するyutoriの片石貴展さん(25)やホテルプロデューサーの龍崎翔子さん(23)、クリエイターのためのコワーキングスペースを運営するMIKKE井上拓美さん(24)など、ゆとり世代を中心に数十人の起業家やクリエイターに取材。
クラウドファンディングを使って4月末に書籍『新・ゆとり論』(通称・ゆとり本)を刊行し、同世代を集めたイベントも実施した。
背景にはインターネットと東日本大震災
「東日本大震災」は価値観の醸成に大きな影響を与えた。
GettyImages/ Athit Perawongmetha
取材を通じてゆとり世代に共通するキーワードが見えてきた。
例えば、月額制・会員制・時間制などの制約によって成り立つ「コミュニティ」がオープン化され、“無料で、誰でも、いつでも”利用ができる(つまり、まるで放課後の教室のように気軽に集まることができる)「タマリバ」のような空間が増えていること。
そのほか、メルカリなどのCtoCサービスに代表される「主客混合」という概念や、仕事もSNSも趣味でつながり1カ所に固執しなくていいという「別アカウント」という考え方などだ。
より詳細な事例や説明は今後の連載で説明するが、こうした今起きている現象の背景にある、ゆとり世代の価値観醸成に大きな影響を与えたものが、「インターネット」と「東日本大震災」だということも見えてきた。
一つの居場所に固執しなくてもいい
個人が多様な自分を演じる時代になった。
撮影:今村拓馬
インターネットの進化はまさにゆとり世代の成長と同時代だった。
インターネット・SNSの台頭で誰もが個人単位で直接つながり、コミュニケーションをとれるようになった。
TwitterやInstagramなどのコミュニケーションツールでは、アカウントをいくつでも作れるため、実名や匿名、趣味に応じての別アカウントまで、いろんな自分を演じることが可能になり、趣味嗜好をベースに匿名のままで人々がつながれるようになった。
一つの居場所に固執しなくてもいい、という考えにつながるわけだ。
インターネットはあらゆるビジネス構造を変容させつつある。
具体的には、消費者と生産者が直接つながることで、「代理店業」のような中間で稼ぐ既存産業の存続が厳しくなっている。わざわざ店に行かなくても、ほしいものはどこからでも買えるし、工場から直接商品を消費者に届けることもできる。
東日本大震災の影響で……
誰もが生産者であり消費者となれる時代。
撮影:小林優多郎
2013年にスタートしたフリマアプリ「メルカリ」の利用者は今や月間1000万人以上になり、自分で作った商品を販売できるECサービスのBASEを利用するショップ数も70万を突破した。
プロダクトや情報の一方的なサプライチェーンではなくなり、誰もが生産者であり消費者となる「主客混合」の時代が来ている。
感情や趣味嗜好をもとにゆるつながるコミュニティが増えているのもこの時代の特徴だ。
別アカウントという考え方にもつながるが、複数のコミュニティに好きなときに参加ができる、いくつもの顔を持つことができるのだ。これは副業解禁やパラレルワークという潮流にも当てはまる。
もう一つの東日本大震災。ゆとり世代のほとんどが多感な学生時代に震災を経験し、その後の人生・思考に大きな影響を受けている。
例えば、いくつかの拠点を転々とする住所不定の“アドレスホッパー”という概念が生まれたのも、この震災が大きな契機となっているだろう。
不透明な将来を前にして長期契約して固定の場所に定住したところで、震災が起これば、住む家を失ってもローンは残ってしまうという現実を目の当たりにしたからだ。
求めているのは「感情体験」
ゆとり世代が本当に求めているものは何か。
撮影:今井駿介
バブル崩壊前後の経済的な不安定な時代に生まれ、東日本大震災による人間の無力さを体感したゆとり世代は、ある種の「あきらめ」を心の奥底に抱えた「冷たい時代」を生きていると思う。
加えて、モノやサービスが急増した供給過多の時代、あらゆるモノゴトに機能性ばかりが付加されてゆく中で、ゆとり世代は精神的・感情的な充足を求めるようになっている。
「モノ消費」「コト消費」などという言葉がさかんに出てくるが、むしろ、ゆとり世代が求めているのは「感情体験」ではないだろうか。
同じ嗜好、価値観の人と簡単につながれるインターネットのおかげもあって個性が尊重される時代に近づいているように思う。
そもそも「個性を大切にしよう」というのは、ゆとり教育の命題だったはずだ。
だが、そもそも僕らにはそうした「ゆとり教育」の記憶がおぼろげだ。この教育しか知らずに育ってきて、大人になって初めて「ゆとり世代だから〜」と言われた時の違和感。
そうした違和感も含め、この世代の中から生まれた新しい価値観を体現している人をこれから紹介していこうと思う。
生き方・働き方を変革する過渡期に来ている。
撮影:今村拓馬
こうした新たな価値観はまだゆとり世代の中でも一部に過ぎないものかもしれないが、新しい生き方を実践していたり、固定観念を覆すようなビジネスを始める人は確実に増えている。
ゆとり世代が30代に差しかかる今、多様な生き方や暮らし方、働き方が広がりつつある過渡期にある。
だからこそ「ゆとり」を一つの世代論として片付けるのではなく、その背景にある出来事と、そこから生まれたこの世代ならではの思想・価値観を思案してみることで、これからの新たな時代を生きる全世代の人に対して、何らかの気付きが得られるのではないだろうか。
次回以降、こうした新しい思想や価値観を体現している人たちを特集していく。
角田貴広:ライター・編集者。1991年、大阪生まれ。東京大学医学部健康総合科学科卒業同大学院中退。ファッション業界紙「WWDジャパン」でのウェブメディア運営や記者を経て、現在フリーランスに。IT企業のコミュニティプラットフォーム運営やソーシャルホテル事業など、メディア以外の編集に関わる。取材対象はファッションビジネス、EC、テック、ホテル、ミレニアルなど。