介護はしない。空いている時間に、自分の得意なことだけで参加する。こうしたスキマワーカーと介護施設をマッチングすることで、介護業界の関係人口を増やしていく——。
そんな世界を実現するのが2019年2月末に試験運用を開始した介護版スキルシェアのSketter(スケッター)。株式会社プラスロボの代表取締役CEO、鈴木亮平さん(27)が運営するスキルシェアサービスだ。
2019年6月現在、クチコミベースで50以上の介護施設と、300人以上のホスト(働き手)が登録し、400以上の仕事が公開。累計マッチング数はすでに100を超えている。
Sketterサイトより引用
実際に求められている「介護資格外」のスキルは、「レクリエーション」「調理」「配善・片付け」「利用者の話し相手」「各ジャンルの講師」「資料作成」など多岐に渡るという。
介護ロボットは1台も売れず
介護の現場で働く、スケッターの女性(右)。介護の現場にスキルを提供したい人は少なくない。
提供:スケッター
類似のスキルシェアサービスでは、介護する側も介護を依頼する側もITを上手く使えない高齢者であることが多く、介護スキルのマッチングは市場を広げにくいという構造的な課題があった。
しかし、スケッターでは、年齢層が比較的若い「介護施設の職員」と「介護施設にスキル提供したい個人」が利用対象になることで、ITが分かる人同士をマッチングさせることができ、今まで広げにくかったシェアエコ介護分野の市場規模を広げられる可能性を秘めている。
プラスロボは、元々は介護ロボットの販売代理店からスタート。しかし、当時のロボットだと介護現場で実際に使えるものではなかったため、1台も売れずに断念。
その後、不動産のVRの内覧システムなども始めたが、そもそも何を目的に起業したかったのか原点回帰して考え直すことで、スケッター事業に行き着いたという。
2018年8月にクラウドファンディングを活用し、10日間で150万円の資金を調達。サービス立ち上げに十分な金額ではなかったものの、プログラミングなどさまざまな人が手伝ってくれたことでサービスを開始できたという。
介護現場で起きるレクリエーション離職
スケッター運営メンバー(左から営業担当の土光雅代氏、代表の鈴木亮平氏、共同創業者の池田大樹氏、取締役補佐の清水美由紀氏)
撮影:加藤こういち
代表の鈴木さんにサービス立ち上げの意図を聞いてみた。
「介護の仕事には、身体介助といった介護士の専門性が問われる仕事だけではなく、資格がなくてもできる『一般業務』も数多く存在しています。こうした専門分野以外の業務に、介護職員が追われてしまっている現状があります」
それは具体的に、どんな業務なのか。
「スケッターのホストには介護の資格がなくてもできるスキルである『レクリエーション』『傾聴』『食事準備・片付け』『資料作成・イラスト・デザイン』などの仕事を提供して頂いています。多様な仕事の中でも、『レクリエーション』がスケッターの仕事のメインのニーズ。介護職員が日々のレクのコンテンツまで考えるのは負担が大きく、レクが苦手な職員も多いのです。
鈴木さんによると、それが原因で離職する『レクリエーション離職』も起きているという。
「こうした業務を一芸秀でた個人にスポットで依頼をすればいい。レクのスキル調達で介護職員の負担を減らすことができますし、レクの質も高まります」
介護業界の関係人口を増やす
「また、閉鎖的な空間になりやすい介護施設と外部の人との新しい接点を作っていくことで、介護業界の『関係人口』を作り、業界への参加者を増やすことが我々のミッション」という。
「実際、スケッターを通じて介護業界に興味を持ち、異業種から転職するスケッターも増えて来ました。結果として、職員の採用コストを劇的に下げる世界を目指しています」 (鈴木さん)
施設にいるお年寄りや介護職員と、異業種でさまざまなスキルを持った個人が接点を持つことで、良い影響を与えることができる。
提供:スケッター
「業務」サポートだけではなく、施設にいるお年寄りや介護職員と、異業種でさまざまなスキルを持った個人が接点を持つことで、全てのステークホルダーに良い影響を与えることができるという。
例えば、施設の利用者は普段会わない若者との接点ができることに喜びを感じている。
実際、スケッターの登録者はバラエティーに富んでおり、マジシャン、デザイナー、美容師、漫才師、インストラクター、元介護職員、現介護職員、学生、就職希望者など。
いずれも、介護福祉の世界に関心はありながらも「就職する」か「就職しない」の二択しかなかった今までは参加のハードルが高く、これまで全く関われていなかった層が福祉にオープンに関われる世界を実現している。
スケッターに集まる利用者たちの目的は?
鈴木さんによると、サービス開始から4カ月、以下のような立場な人のニーズを満たせることが分かったという。
・介護の資格がない人→「元々、介護業界に関心はあったが、就職まで踏み出すことができなかった。まずは雇用ではない形で関わりたい。」
・介護士の資格をもっていてもフルタイムで働けない事情がある人→「もう一度介護関係の仕事がしたい。短時間なら復職できる。」
・介護業界へ就職を考えている学生→「複数の施設での仕事を体験したい。」(学校の実習だと1カ所しか経験できない)
・介護職員→「自分に向いている転職先を探したい。スポットで実際に働くことで良い職場を探せる」
・レクが得意な介護職員→「他の介護施設でもそのスキルを活かしたい。」
スケッターの登録ホストへのアンケートでは7割以上が「体験や勉強、貢献」を目的に登録。
有料と無償(ボランティア)の両方の案件があり、無償でのマッチングも成り立ってしまうのも体験を目的とした人が多いゆえである。
「介護職員にノウハウが蓄積される」
スケッターを活用するデイサービス運営の佐久間さん。
撮影:加藤こういち
実際に、高齢者や障がい者向けのデイサービスを運用し、スケッターを活用する佐久間友弘さん(37)に話を聞いた。
佐久間さんは、スケッターを介護の補助業務ではなく、レクリエーションメインで活用している。
「介護施設の中でも小さい事業者は横のつながりなどがなく、介護職員にレクなどのスキルのノウハウが蓄積しにくい。スケッターを通じて外部との接点が増える機会になって助かっている」(佐久間さん)
デイサービスで実際にスケッターを使い、ハンドマッサージ教室のレクをした時の様子
佐久間さん提供
これまで入居者と一緒に本棚を作ったり、バースデーカードを作ってもらったりしたという。また、職員向けにITツールを使いこなすための講義をスケッターが行ったこともあった。
全ては、施設の介護職員にはないスキルで、職員側が新しいレクの方法を学ぶ機会としても役立っているという。
「介護施設へのイメージがガラリと変わりました」
スケッタ―利用者の磯さん。
撮影:加藤こういち
本業ではWebデザイナーをしている磯すずみさん(26)は、スケッターでは絵手紙作りの講師や似顔絵クリエイターとして活躍している。
「デイサービスの施設にはじめて入ったところ、思った以上に明るい空間でした。なんとなく病院のイメージがあったのですが、イメージがガラリと変わりました。お年寄りの人は、みんな優しく、可愛らしい人が多かったです。みんなと一緒に絵を描きながらほっこりできる体験になりました」
単純にスキルを提供して終わりではなく、若者がリアルな介護現場を体験することで、誤った先入観から抜け出せるキッカケになっている。
ただ、やりがいを感じられたと喜ぶ一方で、想定以上に事前確認をすることは必要のようだ。磯さんは「ホスト側がやりたい内容と、職員がやってほしいこと」の擦り合わせができないことに、課題を感じることもあったという。
2025年、介護人材は38万人不足
団塊世代が後期高齢者になる2025年には介護人材38万人が不足すると、代表の鈴木さんは語る。
「労働人口の減少が進む中、外国人労働者、パート、アルバイトなどの人材だけで不足分を解消することに限界がきています。それゆえ、『資格』『経験』がない異業種人材も介護業界に巻き込むような仕組みが本質的に必要です」
その上で、鈴木さんはこう言う。
「やりたいことは介護の人手不足の解消を本気で実現させること。介護業界はビジネスとしては難しい領域なので、スモールビジネスはあってもゼロから市場を作る介護ベンチャーは日本にほとんど存在しない。
しかし、難しくても挑戦する起業家がいないといけない。便利な物をより便利にする仕事と違って、誰かが何とかしなければ人が死んでしまう仕事だからです。スケッターが目指すのは2025年問題(介護人材の不足問題)の解決です」
介護人口の圧倒的な不足を補う救世主として、2019年に注目していきたいサービスだ。
加藤こういち:シェアリングエコノミー研究家。シェアリングエコノミーを500回以上使ってミレニアル世代のライフスタイルにどう入れていくべきかを研究中。4年前に上京してからシェアエコで孤独を解消したことをキッカケにその魅力にはまる。シェアエコ事業者、ホスト、ゲスト視点でバランスよく、業界情報を整理して発信することで社会貢献するのがミッション。
※編集部より:本文中を一部、加筆しました。2019年6月10日 07:35