5月下旬の金曜日、午後9時45分、新宿駅で降りた花鳥(かちょう)春樹(仮名、30)は速足で歌舞伎町に向かった。
「オーナーが遅刻に厳しくて」
年収500万円、都内にあるIT企業の課長として10人の部下を束ねる花鳥は、歌舞伎町のホストクラブに午後10時から“時短”勤務する生活を半年続けている。
IT企業で課長を務める花鳥は、とあるきっかけで、ホストの副業を始めた。
dekitateyo/shuterstock.com
課長昇進で仕事がつまらなくなった
ホストの副業を始めたきっかけを、「課長に昇進して、仕事を面白いと思えなくなったから」と即答した。
今の会社は5年目になる。
入ったときは20人そこそこのベンチャーだったが、今では社員数100人に近い中堅企業に成長した。会社での評価は高かったと思う。1年半で主任、そして4年目に入った昨年4月に課長になった。
「ただ、会社の規模や自分の年齢もあって、僕自身が担当顧客を持っており、マネジメントに専念できるわけではないのです。全体の業務量で言えば、チームや部下に割けるエネルギーは3割くらい」
課長昇進から間もなく、担当する顧客も変わった。エンジニア職の花鳥は、日中は顧客のオフィスで業務をこなす。
「新しい担当先が古い会社で、会議が多くて長い。午後5時から7時まで会議することもざらで、しかも中身も薄いんです。客先での通常業務も圧迫されるうえに、その後自分の会社に戻って自分のチームを見ないといけない。仕事が終わるのは夜9時10時です」
残業手当なくなり収入減
4kclips/shutterstock.com
悪循環は続く。課長昇進後半年で10人いる部下の2人が辞めた。
「もちろん、管理職の責任」と花鳥は言いつつ、「誰が管理職でも、どうにもならなかったと思う」と呟いた。
月の労働時間が200時間を超え、業務の負担も激増した。
花鳥の心を折ったのは、「にもかかわらず」収入が減ったことだった。
残業代がつかなくなった代わりに、管理職としての手当がついたものの、トータルでは主任時代から減少した。そして、業績評価も下がった。
「うちは年末に業績評価のフィードバックを受けるのですが、主任時代より下がっていました。以前はマネジメント能力で高評価がついてたのですが、課長になると『できて当たり前』の減点方式に変わるんですよね。業績評価はボーナスにも反映されるので……」
1年前に離婚して今は埼玉県の実家暮らし。前妻との間に子どももいない。生活に余裕がないわけではないが、収入減はプライドが傷ついた。
世の中に「副業解禁」「副業容認」の文字が踊るようになり、花鳥の脳裏にも「副業」の二文字がちらつくようになった。
「けど、そもそも残業が多いので内職しかできないかなあとテープ起こしとか調べてたんです。でも、内職も割に合わなさそうで」
2018年の師走、忘年会が終わって新宿駅の構内でスマホを見ていると、声を掛けられた。イヤホンを外して顔を上げると、知らない男性が単刀直入に聞いてきた。
「こんばんは。ホストの仕事に興味ないですか」
ホスト勧誘されやすい3要素
「実は新宿でホストの勧誘受けるのって、これが3回目だったんですよ」
花鳥は、声を掛けられやすい理由を、「背が高い(190センチ)、見た目がそこそこ、人通りの多い場所でよく立ち止まっているからかな」と自己分析した。
過去2回は「興味がない」と断ったが、このときは「興味あるけど、サラリーマンしているから無理です」と答えた。
勧誘の男性は、「シフトに融通利くところもあるので、紹介しますよ。ちょっとお時間ありませんか」と続けた。
そして紹介されたのが、今の勤務先だった。
昼も夜も同じスーツで出勤
昼と同じスーツ姿で、夜も出勤している。
店は19時から営業しているが、花鳥は週2~4回、22時から1時まで出勤する。源氏名は、今の役職をもじって「花鳥」にした。他のホストはストリート系のカジュアルなファッションだが、花鳥だけは、「それはそれでホストっぽいから」と、昼間のスーツ姿で通している。
店になじんで分かったことだが、そこに勤めているホストの半分以上は、昼に本業を持つ“副業ホスト”だった。
「この前会議中に寝てしまって、後から上司に呼び出されました」
「ばれているはずはないと思いながら、心当たりなく役員に呼ばれるとドキッとするよね」
店のホストでつくるLINEグループには、“副業あるある”ネタが飛び交う。
スタッフは約15人。20代前半が大半で、30歳の花鳥はオーナーとホスト歴10年を超えるベテランに次いで3番目の年長者だ。
オーナーに「30歳前後の中堅スタッフはまとめ役としても貴重だから」と言われ、「どの業界でも同じなんだなあ」と感じた。
店を訪れた女性が使うお金は最低でも数万円。一番安いシャンパンでも5万円、お気に入りのホストのために、一晩で100万円を使う女性もいる。
花鳥自身も、自分を指名してくれる客を2人抱えている。彼女たちに毎日何度かLINEをして、電話もかける。閉店時まで付き合ってくれたら、一緒に飲みに行ったりホテルにも入る。
そして店のソファで眠り、翌朝は電車に乗って本業の会社に出勤する。
ホストの稼ぎ、時給換算ではコンビニ並み
高いお酒を入れると、ホストが集まり盛り上げてくれる。彼らの多くは本業を持っているという。
「稼ぎですか? 時給1000円くらいですよ。自分についた売り上げが一定額に達しないと、バックされないんですよ」
昼の仕事がある以上、客への営業も十分にできない。それでも店に出続けるのは「本業では得られない、そして本業に生かせそうな学びがたくさんある」からだという。
実力主義のホストは、「ある意味自営業」(花鳥)だ。月の締め日には売り上げランキングが発表される。店のナンバーワンを見ていると、自分に足りないものが時間だけでないことがよく分かる。
「指名し続けてもらうために、お客さんが求めていることを懸命に考えている。芸もするし、サプライズもやる。サラリーマンは仕事の手を抜いても、効率が悪くても、収入にはそれほど影響しない。だから不満があってもなあなあで働き続けることもできる。サラリーマンの環境が良く言えば優しい、悪く言えばぬるいのだとよく分かりました」
店のLINEグループでは、オーナーがたびたびアドバイスを投稿し、皆で店のイベントの企画を考えたりもする。
「僕、新卒で入ったのがネットで『IT企業ブラック四天王』と叩かれていた企業で、新卒を200人くらい採用して、1年目で100人辞めるようなところだったんですよ。しかも新卒1年目に社長が逮捕されてしまった。新人としてちゃんと教育を受けたことがないから、(ホストクラブの)オーナーの教育しようとする姿勢が、とても嬉しいんですよね」
「俺のために100万円使えよ」と言えない
夜は店で眠り、新宿から電車に乗って本業先に出社する。
4kclips/shutterstock.com
ホストを本業にするつもりは全くない。中に入ってみて、「向いていない」こともよく分かった。
「売り上げのために、女性にお金を使わせないといけない。時には、『俺の誕生日だから100万円使えよ』と言えなければだめなんです。彼氏のふりをして100万円使わせる。僕はそれに対して、女性を騙しているという罪悪感をぬぐい去れない」
本業ではつい最近、転勤の内示が出た。
「拠点立ち上げで、6月に九州に転勤することになりました。所属長として赴任して、現地でエンジニアを採用します」
半年前に歌舞伎町で声を掛けられていなかったら、会社を辞めていたかもしれない。そう振り返る花鳥は、「副業で全く違う世界を見て、自分は本業の仕事自体は好きなんだと再確認できたし、指名が多いホストの働き方に、彼らの気の配り方は自分の本業でも生かせるなあと考えたりした」
九州への転勤後も、ホストクラブでの籍は残す。
「会議で東京に戻ることはちょくちょくあるので、その時に歌舞伎町にも出勤します。自分の誕生日を祝ってくれるというお客さんもいますしね」
(文・写真、浦上早苗)