「見送り」報道出ても市場関係者になお残る衆参ダブル選の可能性

安倍首相。

2014年12月14日、衆院選の開票が進む中、自身の名前の上に「当選」の印である赤いバラを付ける安倍晋三首相(右から2人目)。この時は消費増税延期を表明して衆院を解散し、その判断の是非を争点に据えて選挙に圧勝した。

REUTERS/Issei Kato

安倍晋三首相は衆院を解散し、33年ぶりとなる「衆参ダブル選挙」に持ち込むのか——。夏の参院選が目前に迫るなか、政局がヤマ場を迎えている。

「2019年10月の消費増税は予定通り実施」という見方が大勢となり、「安倍首相が増税延期を表明、その是非を問い衆院を解散」というシナリオはほぼなくなったと見られている。しかし、「増税実施でもダブル選挙はあり得る」との見方は消えていない

ダブル選挙に踏み切るならその狙いは?衆院解散の大義名分に何を掲げるのか?

衆院で「3分の2」失うリスクも

衆院解散。

2014年11月21日、衆院解散を受けてバンザイする議員たち。

REUTERS/Toru Hanai

「衆院解散・ダブル選挙の可能性は3~4割と見ています。増税は予定通りに実施する一方、今後の経済状況によっては補正予算などで万全の景気対策を講じることを掲げてダブル選挙を戦う。これが安倍首相にとっての最適解です」(SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミスト)

「増税を予定通り実施する方針を維持したままの衆参ダブル選挙も否定はできません」(BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミスト)

政局を巡り「ダブル選挙は見送り濃厚」といったさまざまな観測が飛び交うなか、市場関係者の間では「増税実施でもダブル選挙の可能性はまだ捨てきれない」との見方が目立つ。

衆院の任期満了は2年以上も先で、自民党は連立政権を組む公明党と合わせて3分の2の議席を握る。理屈の上では、不人気な増税を控えた時期に衆院解散・総選挙に踏み切り、今持っている圧倒的多数の議席を減らしてしまえば、安倍首相の責任問題に発展するリスクもある。

ただし大前提として言えるのは、選挙情勢は今のところ与党が圧倒的に有利ということだ。

情勢は圧倒的に与党有利。悲願の憲法改正へ道開けるか

来日したトランプ米大統領夫妻と夕食をとる安倍首相夫妻。

2019年5月26日、来日したトランプ米大統領夫妻と夕食をとる安倍首相夫妻。「日米同盟」の強固さをアピールする安倍首相に対し、安全保障政策を始めとする根本的な部分で立場が異なる野党の間では、衆院選での選挙協力がきちんと成立するかは不透明だ。

Kiyoshi Ota Pool/Getty Images

旧民主党勢力の分裂後、野党は弱体化したうえにバラバラの状態が続く。NHKによる6月の調査によると、政党支持率は自民が36.7%だったのに対し、野党第1党の立憲民主党は5.1%にすぎない。共産は2.5%、日本維新の会は2.6%、国民民主党に至っては1.2%にとどまった。

野党側も手をこまねいているだけではない。参院選の改選定数1の選挙区(1人区)では候補者の一本化を進め、ある程度の共闘体制は整えつつある。

しかし「政権選択」がテーマとなる衆院選については、安全保障政策など根本的な部分で立場が異なる共産党を含む選挙協力が成立するかは不透明なうえ、立憲民主党や国民民主党の小選挙区の候補者擁立は遅れが目立つなど準備不足は明らかだ。

野党結集を提唱する国民民主党の小沢一郎氏が5月14日、「このままの状況なら野党は立ち直れないくらいの壊滅的な敗北になる」と発言し、危機感をあらわにした当時と状況はそれほど変わっていない。

「参院選は政権選択選挙ではないので、『野党は政権担当能力に欠ける』と考えても、政権への抗議票として野党に投票する有権者はいます。しかし、衆院選を同時に実施すれば、こうした投票行動を抑制する効果が期待できます。

ダブル選挙に打って出て大勝できれば、自民党内で安倍首相の党総裁任期(2021年9月まで)の延長や、『総裁4期目』を求める声が強まる可能性がある。そうなれば、首相の悲願である憲法改正という政治的レガシー(遺産)を残せる公算は高まります」(BNPパリバ・河野氏)

いまさら増税延期なら混乱は必至

家電量販店。

消費増税時の経済対策である「キャッシュレス決済時のポイント還元」では、PayPayなどのスマホ決済サービスやクレジットカード、スイカといった電子マネーを使った買い物が対象に。関係する業界ではすでに準備が進んでいる。

撮影:小林優多郎

衆院を解散して「国民に信を問う」にはそれなりの理由がいる。まず、繰り返し政局の焦点になってきた消費増税を取り巻く状況を見てみよう。

野党党首として政権を奪還した2012年の衆院選以来、安倍首相は国政選挙で5連勝中だ。なかでも2014年の衆院選と、2016年の参院選は消費増税の延期を掲げて野党を圧倒した成功体験がある。

ただ、いずれも増税延期の表明は実施の1年近く前。今回はすでに4カ月を切っている。

事業者はレジを更新したり、引き渡しが10月以降となる商品については「消費税率10%」を前提とした契約を結ぶなどしており、いまさら延期となれば混乱は避けられない。

増税で得られる財源を幼児教育無償化といった政権の目玉政策に充てることも決まっている。予算は成立し法整備も済んでおり、撤回は政治的にも難しい。

安倍首相は増税延期を表明した2016年6月の記者会見で「赤字国債を財源に社会保障の充実を行うような無責任なことは絶対に行いません」と明言してもいる。増税せずに幼児教育無償化などの実施だけを先行させて借金を増やせば、「無責任だ」との批判を浴びるのは間違いない。

「リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り、2019年10月に消費税率を10%に引き上げる予定に変わりない」。安倍首相を始めとする政権幹部らは繰り返しそう説明してきた。

米中貿易戦争の激化などで世界経済の先行きに暗雲が垂れ込めているのは事実だが、国内の個人消費や雇用情勢はなお堅調で、「リーマン級」と言い張るには無理がある。麻生太郎財務相も2019年6月8日、福岡市であった20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、消費増税を予定通り実施する方針を説明した。

とはいえこの点については、今と同じ「リーマン級」という判断基準を示していた安倍首相が2016年、現状はリーマン・ショックのような危機とは言えないと認めつつ、「新しい判断だ」として増税をあっさり延期した前例もある。

「増税実施か延期かの判断は景気とは関係なく、結局は安倍首相の選挙勘次第でしょう。もちろん延期の可能性は低いと見てはいますが」(SMBC日興・丸山氏)

衆参ダブル選挙となる場合、もろもろの状況証拠から見て「増税実施+ダブル選挙」の可能性の方が高いのは間違いない。

衆院解散で信を問うべき喫緊の政策課題は「ない」

米中首脳会談。

米中貿易戦争の激化などで世界経済の先行きに暗雲が垂れ込めているのは事実だ。だが、国内の個人消費や雇用情勢はなお堅調で、「リーマン・ショック級の危機」と言い張るには無理がある。

REUTERS/Kevin Lamarque

衆院解散の大義名分が「増税の是非」でないとすれば?

「自民党内では、憲法改正を争点に総選挙を行うことには異論が多く、消費増税も予定通り実施するということであれば、衆院を解散してまで信を問うべき喫緊の政策課題は見当たりません。

これまでの首相の判断を振り返ると、衆院解散のタイミングは政権運営上の都合が最大の決定要因であり、大義は後付けという側面が強かったようにも見えます。

今回は野党が内閣不信任案を提出すればそれが大義になるかもしれないし、『世界経済の先行きが不透明となる中で、アベノミクスを継続することに改めて信認を得たい』といったあいまいなものとなる可能性もあるでしょう」(BNPパリバ・河野氏)

旧民主党政権が瓦解した後、復調のきっかけをつかめない野党は完全に足元を見られている。安倍首相にとっては、さまざまなリスクはあるにしても、このタイミングでのダブル選挙はなお魅力的な選択肢に映っているはずだ。

過去の例を見ても、衆院解散の有無は最後の最後まで予断を許さない。万一「大義なき衆参ダブル選挙」が現実のものとなった場合、その後にはどんな政治風景が広がっているのだろうか。

(文・庄司将晃)

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