米雇用統計悪化、「6月サプライズ利下げ」もなくはない。1ドル=105円も視野に

アメリカの求職者たち。

企業の求人イベントで列を作るアメリカの求職者たち。5月の米雇用統計で、注目度が高い「非農業部門の雇用者数」の増え方は、市場予想を大幅に下回って悪化した。

REUTERS/Brian Snyder

金融市場は米政権によるメキシコからの全輸入品に対する関税発動見送りを好感し、とりあえずは安堵の空気が拡がっている。

だが、その方針がトランプ大統領より示された2019年6月7日にはアメリカの5月の雇用統計が発表されており、その結果がかなり悲惨なものとなったことを捨て置くわけにはいかない。

「対メキシコ関税見送り」より「悲惨な雇用統計」 こそ重要

【図表1】

【図表1】

後述するように、いつ再発するか分からない対メキシコ関税問題の収束よりも、市場予想を大きく下回る結果になった雇用統計の現状と展望の方がよほど心配である。

だからこそ景気の先行きを(為替・株式市場よりも)慎重に見る債券市場では、米金利の低下が進んでいるのだろう。すでに米10年金利と3カ月金利の「逆イールド」(長期金利が短期金利を下回る逆転現象)化は3週間に及んでおり【図表1】、少なくとも債券市場では、「金融引き締め→金融緩和」という局面変化の到来がいよいよ現実味を帯びてきたように思える。

いつ再発するか分からない「メキシコ騒動」

アメリカの港に停められている輸入車。

アメリカの港に停められている輸入車。自動車関税などが焦点となる日米貿易協議も今後本格化するが、アメリカの対メキシコ関税を巡る今回の騒動を経て、先行きの不透明感は増した。

REUTERS/Eduardo Munoz

米経済に打撃を与えかねない「メキシコへの関税見送り」は確かに良い材料だが、少なくとも2つの不安がある。

第1に、今回の騒動を通じて「通商と無関係のトピックであっても関税で脅迫して戦果を得る」というアプローチが「あり」だということになってしまった。

そもそも不法移民の流入数と関税の水準の間には何の因果関係もない。にもかかわらず、メキシコはあっさり譲歩してしまった。

今後、別の国(日本かもしれない)が同じようなアプローチを食らう恐れが出てきたという意味で、不透明感は増したのではないか。とりわけ企業はそのように考える向きが多いと推測する。

日計りの動きを繰り返す金融市場と異なり、民間企業の投資行動はより慎重を期して行われる。今回のメキシコ騒動は企業のリスク許容度を毀損した疑いが強く、メキシコに限らずアメリカと通商関係でもめそうな地域への投資計画は逡巡せざるを得ないだろう。

一口に「不透明感」と言っても、企業のそれは市場よりも粘着性が強く、払拭は容易ではないと考えられる。

第2に、アメリカへの不法移民流入を防ぐためにメキシコが打ち出した今回の施策が実効性を持たなかった場合、トランプ大統領は間違いなくまた同じことをやるだろう。

実際、メキシコからアメリカに入る不法移民よりも、それ以外のルートから入ってくる移民の方が多いという指摘が目立つ。今回の一件については、そもそも移民問題で強く出られない米議会がトランプ大統領を制止することができなかったという側面もある。やはり再発性の高いトピックと考えた方がいいのではないか。

雇用・賃金情勢の失速が利下げ予想にダメ押し

ニューヨークの街角。

2019年6月でアメリカ経済の拡大局面は過去最長(120か月)に並ぶ。しかし5月の米雇用統計は、景気の変動に対して遅れがちに変化する雇用・賃金情勢もついに失速し始めたことを示している可能性が高い。

Anton_Ivanov / Shutterstock.com

一方、雇用統計の悪化は本質的な問題として気にしたい。

5月の非農業部門雇用者数(NFP)は前月比7.5万人増と、市場予想の下限(同8.0万人増)をも下回った。3月分は18.9万人増から15.3万人増へ 、4月分は26.3万人増から22.4万人増へ、計7.5万人減の下方修正となっている。つまり、5月の増分は3・4月の修正分を加味すればゼロという計算になる。

平均時給の動きも勢いを欠いており、5月分は前年同月比3.1%増と市場予想(同3.2%増)を割り込んでいる。いよいよ景気の変動に対して遅れがちに変化する雇用・賃金情勢も失速し始めた、との疑いを抱かざるを得ない。

ただでさえ利下げ予想の声が大きくなっていたところにダメを押す結果だが、そもそも歴史的な低水準である「4%割れ」の失業率に持続可能性を期待すべきではないことは明らかであった。

2013年5月、米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長(当時)が量的緩和の段階的縮小(テーパリング)を示唆し、正常化プロセスの着手を宣言した時、FRBスタッフ見通し(同年6月)で想定されていた長期失業率(≒自然失業率)は5.6%だった。

【図表2】

【図表2】

2019年6月でアメリカ経済の拡大局面は過去最長(120か月)に並ぶが、それだけ景気が成熟化している以上、「働きたい人はおおむね働けるようになった」というごく当たり前の状況は発生する。

【図表2】に示されるように、NFPの増勢は2014年をピークに明らかに下降してきたのだが、トランプ政権による拡張財政の追い風を背景として2018年だけは反転していた。

筆者は、その効果がはがれ落ちると見られる2019年後半にかけて雇用・賃金は失速軌道に戻ると考えてきたが、5月の雇用統計はそうしたシナリオを後押しする兆候ではないかと考えている。

政策カード限られるFRB。6月FOMCは「無風」ではない

ウォール街を歩く人。

多くの市場参加者は6月のFOMCを「無風」と読んでいそうだが、「サプライズ利下げ」もなくはない。

REUTERS/Brendan McDermid

目先の注目は、雇用・賃金の失速が本物だとして、それをFRBがどの程度深刻に受け止めるかである。

雇用や賃金は、景気の変動に対して遅れがちに変化する、いわゆる「遅行系列」である。本来はその失速が明らかになる前に金融政策は調整される必要があり、「次の一手」へのヒントにはなり得ない。

だが、【図表3】に示されるように、アメリカの政策金利である「FF金利」と失業率の軌道は歴史的におおむね一致してきた。結局、FRBは雇用市場の失速とともに利上げを止め、利下げに転じてきたというのが実情に近いのだろう。

【図表3】

【図表3】

現状、アメリカの失業率は3.6%という半世紀ぶりの低水準で推移しているが、これは6年前より大分改善したFRBスタッフ見通し(2019年3月時点)が想定する長期失業率(4.3%)と比べても、まだ相当低い。真っ当に考えればリスクバランスは下向きであり、これに合わせてFF金利が切り下がってくる局面が予想される。

では、合理的に予想されるFRBによる利下げのタイミングはいつなのだろうか。

FF金利先物市場の織り込みは、「7月」が80%弱とほぼ既定路線になりつつある。実際に7月以降、債券市場がメインシナリオに据える利下げが立て続けに行われた場合(現在は2回利下げがコンセンサス)、ドル相場の修正は一段と進むはずであり、対円で1ドル=105円程度、対ユーロでは1.16ユーロ程度を臨む展開は想定しておきたい。

だが、市場が7月以降の利下げを見込んでいるからこそ、サプライズ狙いで6月18~19日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げという決断も、なくはないかもしれない。

なぜかと言えば、日欧よりはましとはいえ、FRBとて残された金融政策のカードに余裕があるわけではないからだ。例えば1回の利下げ幅を「0.25%ポイント」とした場合、政策金利がゼロに達するまでにFRBが出せる利下げカードは9枚である。

これを最大限に活用するならば、本来は望ましくないにせよ、より大きな効果が出る可能性があるサプライズ狙いの政策運営が志向される可能性もある。

多くの市場参加者は6月のFOMCを「無風」と読んでいそうだが、思わぬドル安・米金利低下の圧力をもたらすイベントとして構える必要がある。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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