日本人男性の家事育児のスタイルが今、20〜30代を中心に変わりつつあるかもしれない。
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令和に入って、男性の育児がますますフォーカスされている。育休直後の転勤内示と退職をめぐり炎上したカネカ問題、男性の育児休業取得の義務化を目指す議員連盟の発足など、話題に事欠かない。
これまでワンオペ(一人で全てをこなす)家事育児と言えば、女性が陥る状況というイメージが強かった。しかし、仕事優先になりがちな日本男性が、ワンオペを体験することだってもちろんある。
その時、男性は何を感じ、その後、何が起きたのか。妻の出産や子連れリモートワークをきっかけに、ワンオペ家事育児を体験した男性たちに、変化を聞いてみた。
寝かしつけの後に仕事で乗り切る
カラダノート社長の佐藤竜也さん。1カ月間、2人の娘をワンオペでみることに。
妊娠・育児中の女性に向けたアプリを展開する、カラダノート社長の佐藤竜也さん(34)は、4歳長女、2歳次女、0歳長男を、妻と共働きで育てている。佐藤さんがワンオペで家事育児を体験したのは、長男が生まれる前後で妻が里帰りをした1カ月間。
関東地方の実家で産みたいという妻の希望を叶えるため、2019年1月中旬から2月半ばにかけて、都内の保育園に通う娘2人を、1人でみることにした。
「娘たちは活発に動きたい時期なので。妻の実家に連れていくより、保育園で思い切り遊びたいだろうと考えたためです」
丸々1カ月の間、午前8時半から午後6時まで娘たちを保育園に預けつつ、お迎えから食事の世話、お風呂、寝かしつけ、洗濯、掃除、保育園の準備などひと通りの家事育児をこなした。
経営者でもある佐藤さんは、昼間は会社の業務を行い、早く帰宅する代わりに、寝かしつけの後に資料作成など家でできる仕事をして、乗り切ったという。ワンオペを体験した佐藤さんに、どんな変化があったのか。
1. 子どもが泣きわめいても、あせらなくなった
イヤイヤ期と言われる2〜3歳の子どもは、一度泣きだすと手がつけられないことも……(写真はイメージです)。
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以前は父親である自分がいても、妻の姿が見えなくなると、娘たちは「ママいない!」とギャン泣きしがちだった。そうなると泣き止ませなければとあせっていたのが、本格的なワンオペになると「泣きやまないときは仕方がない」。不思議と腹がすわった。
泣きわめく時はとにかく抱きしめれば、わりと落ち着くとわかったが、それでもダメなら、ひっくり返っているところを「今日もこれだよ……」と撮影して、実家にいる妻にシェアする余裕すら生まれた。
2. 他の男性にもワンオペを勧めたくなった
ワンオペを一度、体験してみる価値はある?
撮影:今村拓馬
佐藤さんはワンオペ体験後、自社の社員にも「ワンオペは体験すべき」と勧めているという。一番は「相手(妻)の大変さを理解できるようになるから」だ。
一人で家事をこなしつつ子どもを見るというのが、聞いてはいてもどんなことに困るのか「やってみないと分からない」と実感する。
なお、いざワンオぺ家事育児をやるのであれば、根を詰めないことは大事かもしれない。佐藤さんはワンオペ期間、完璧にやるつもりはなかった。例えば料理。
「もともと自分は味音痴で。母の味って何?というタイプなので、こだわりがありません。メーン料理は買ってきてサイドメニューだけ作ったり、時にコンビニやサイゼリヤも使ったり」
娘たちも、新鮮な体験を喜んでいたと感じる。
3. もう一度ワンオペをしたくなった
ワンオペの成果は、なんと「もう一度ワンオペしたい」と思えることだという、佐藤さん(写真はイメージです)。
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「もちろん、期間限定だったと言うこともありますが、実はもう一度、ワンオペをしてみたいです」と、佐藤さんは言う。というのも、何かと「ママ、ママ」だった娘たちが、ワンオペなら「パパ、パパ」と自分だけに来るようになる。
「もともと可愛いですが、可愛いさを独り占めできる」のが、嬉しかったという。
ワンオペ期間終了後も、娘たちとの距離は近くなったと感じる。
東日本大震災の体験が、家族観の原点
福島県富岡町の桜。
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献立作成アプリ「タベリー」を展開する10X社長の矢本真丈(31)さんは、妻が次男を出産するタイミングで、約1カ月の育児休業をとった。
「東日本大震災の体験から、家族を大切にしたい思いが強かった」という矢本さんにとって、育休取得は当然の流れだった。ちなみに、矢本さんの当時の勤務先だったメルカリは、小泉文明社長も2カ月の育休をとっている。
育休期間、「家事は全部自分がやる」と“ワンオペ”を引き受けた。日々の食事の支度、掃除、洗濯、保育園への送迎、寝かしつけ。夜中は1〜2時間ごとに起きる生まれたばかりの次男のために、妻と一緒に起きて、母乳とミルクの混合育児を支えた。
そんな矢本さんにとって一番、大変だった家事が「毎日の献立を考えること」だったという。
「掃除や洗濯といったルーティンの作業よりも、考える家事のストレスが大きかった。献立を決めてさらに食材を決める。その意思決定を毎日やるのは本当に大変」
4. 会社を辞めて起業した
育休での体験が原点となり、献立アプリで起業した10Xのメンバー。一番左が、矢本さん。
提供:10X
ワンオペの出口は、矢本さんの場合はなんと「起業」だ。
育休明けのメルカリ在籍中から、10秒で献立を作成するアプリ「タベリー」のプロトタイプを作成。これを試しにスキルシェアサービスで売ってみたところ即座に売れた上、Twitterでも反響を呼んだことから、本格的な事業化を進める。
「親は子どもと向き合うことに時間を使うべき」。そう考える矢本さんは、テクノロジーの力で「考える家事」時間の短縮化を目指し、2017年7月、共同創業者と共に「タベリー」アプリを主軸に10Xを設立する。
2019年5月、「タベリー」は(タベリーで提案した献立に必要な)食材のオンライン注文機能の提供を始めるとともに、運営の10X社は2億5000万円を調達した。
5. 時間の使い方が変わった
思い通りには進まない育児という体験が、限られた時間で、濃密に働くという切り替えに繋がったという声は少なくない。
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資金調達を果たし、伸び盛りの経営者である矢本さんだが、毎晩、夕食は家族と共にする。経営者であると同時に、家族と向き合うことを何より大切にしているからだ。こうした理念を反映し、経営する会社は6時間勤務制をとっているという。
短時間勤務の一方で「成果を出して帰る」ことを、自分にも社内にも徹底。そのためにも「とにかく生産性をあげることと、創造性が必要と考えています。タスクを詰め込まず、大きいことに集中しようと言うのが会社の基本姿勢です」。
限られた時間で濃密に働くことは、時間とタスクに追われがちな家事育児で研ぎ澄まされた感覚だ。
次男を連れて行けば、妻も一人の時間を持てる
山形方人さんは、1歳の次男を連れて1週間のリモートワークに臨んだ。保育園には預けなかった。
提供:山形方人
山形方人さん(34)は5月に一週間、1歳10カ月の次男を連れて長崎県五島列島でリモートワークを体験した。複数の家族や単身のリモートワーカーとバンガローで暮らしながら働くという、Business Insider Japan 編集部の企画の参加者だ。
業務委託で、業務フロー設計などの仕事を受けながら、一対一で朝昼晩と次男と向き合う“ワンオペ”で家事育児をする——。これを決めたのは、転職のタイミングで時間ができたのと、幼稚園に長男が通い始めたばかりで、専業主婦の妻が慣れない環境に、疲れやすい時期だったこと。
「次男を一緒に連れて行けば、幼稚園の時間くらいは妻も一人の時間をもてる」と考えたからだ。
ただし、やってみてわかったのが、1歳の子どもをそばで遊ばせながら仕事をするなど「はっきり言って無理」ということ。
そこで山形さんは五島列島滞在中、次男が起きている時は、海に連れて行くなどしっかり向き合い、仕事をするのは、次男が昼寝など寝ている時だけに切り替えた。昼間は思いっきり子どもと遊び、ご飯を作って一緒に食べ、昼寝の時と就寝後の隙間時間に濃縮して、仕事する。
こんな生活で、山形さんに起きた変化とは。
6. 普段、平日の仕事を土日にも引きずっていると気づく
普段の子どもとの向き合い方に、かえって気付かされたという。
提供:山形方人
「子どもと一対一で向き合ってみると、普段、週末に公園に連れて行っている時も、意外と仕事のストレスや疲れを引きずっていたと、気づかされました」
父子が一対一で向き合うという、これまでにない状況下では「日中、子どもが起きているときは、子どものことしか考えない」状態になることができた。美しい海や山に囲まれた五島という特別な環境では、山形さん自身が、頭を切り替えることができたのかもしれない。
「普段の生活では、週末であっても、気づかないうちにいろんな予定を入れてしまっていました」
必然的に時間に追われるし、妻や長男もいれば意識も分散する。次男のことだけを考えることは、あまりなかったと気づいた。
7. 家事育児は24時間営業だと知る
長崎県五島市内の砂浜を歩く、山形さん親子。
提供:山形方人
「どこかで、自分は仕事をがんばっているのだから、休む時間もほしいと思っていたことに気づきました。でも、家事育児は24時間で、仕事以上に疲れるのだと実感しました」
普段も土日であれば、料理に洗濯、掃除に洗い物と、一通りの家事をこなす山形さんだが、それでも専業主婦の妻が家事育児を担当するのは当然と思っている節があったと、気づいたという。
しかし、1週間とはいえ、五島列島での日々は、家事育児は全て自分が引き受けることになる。すると「仕事には就業時間外があるが、家事育児には区切りがない。妻には休む暇などなかったのだ」と、体感することになった。
東京に戻った山形さんは、妻に自分の時間を作ってもらうことを意識するようになったという。
イクメンが死語になる世界
ワンオペ家事育児というと、女性が陥りがちなケースが多い。専業主婦ならなおさらだ。
撮影:今村拓馬
共働きでも専業でも、妻がワンオペで家事育児をし、夫は仕事を「がんばる」ことで、家族を守る——。こうした役割分担に疑問を持つ声は、大きくなっている。家族の事情を考慮しない転勤など、一連の対応が批判を呼んだカネカ炎上や、企業戦士の象徴だったメガバンクの男性育休義務化は、社会の変化を敏感に表している。
育休をとったり、仕事よりも「家族の時間を大切にしている」と、職場でもはっきりと表明したりする男性が、「イクメン」として特別視される。そんな時代は平成と共に、過去のものになりつつあるのかもしれない。
(文・滝川麻衣子)
※編集部より:本文中を一部、加筆しました。2019年6月13日 07:55