ダイソンが27億円投資した「授業料ナシ、給料もらえる大学」。本気で「エンジニアを育成する」

ダイソン

イギリス・マルムズベリーでBusiness Insider Japan の取材に応じた、ジェームズ・ダイソン氏。

吸引力の変わらないただひとつの掃除機」のキャッチコピーで有名な“サイクロン掃除機”を開発したダイソンが、27億円を投資して「大学教育」に乗り出した……。その意図とは?現地でダイソンの創業者であるジェームズ・ダイソン氏を直撃した。

250万円の給料が出る大学

マルムズベリー

中世の面影を残す街・マルムズベリー。

ロンドンから車で2時間ほど西に位置する人口5000人ほどの街、マルムズベリー。こぢんまりした中心街には、中世の趣をそのまま残したレンガ造りの家が立ち並び、見晴らし台に登れば眼下には広々とした田園風景が広がる。

そのマルムズベリーからさらに車で10分ほど走ると見えてくるのが、「ダイソン インスティチュート オブ エンジニアリング アンド テクノロジー」だ。

ダイソンが設立・運営するこの大学は、2017年設立。

ダイソン・マルムズベリー

学生の宿舎「ポッド」の様子。

イギリスの名門・ウォーリック大学と提携し、4年で学士号が取得できる大学だ。しかしその中身はいわゆるイギリスの普通の大学とは大きく異なる。

まず、授業料はすべてダイソン負担だ。代わりに、学生は週のうち3日は隣接するダイソンの研究・開発拠点で働き、2日を大学の授業などに充てる。

授業料の負担に加え、1年間で1万8000ポンド(約248万円、1年生の場合)の給料も学生に支払われるという。ダイソン氏は5年間で1500万ポンド(約27億円)をこの「ダイソン大学」に投資すると発表している

イギリスの大学状況は悪化している

ダイソン

「ダイソンはジェンダーバランスに配慮する。学生も1/3が女性で、これは他のイギリスのエンジニア専攻学生に占める女性の割合(15%)より高い」とダイソン氏。

デザイン性の高い掃除機やヘアドライヤーなどの製品を次々と開発してきたダイソンが、なぜいきなり大学教育に進出することになったのだろうか。

この2年間で、イギリスの大学をめぐる状況はますます悪くなってきている

ダイソンの創業者であるジェームズ・ダイソン氏は、マルムズベリーで行われたBusiness Insider Japan の取材に対して、そんな想いを率直に吐露した。

1997年には無料だったイギリスの大学の学費は、年間平均9188ポンド(約126万円)にまで膨れ上がった

一方で、イギリス企業は慢性的なエンジニア不足に直面している。「ひとつのプロダクトを開発するのに、今は10〜20年前と比べて、3〜4倍多くのエンジニアが必要になっている」(ダイソン氏)。そして多くの大学はこうしたニーズに対応するための、実践的な教育を提供できていないという。

この状況に業を煮やしたダイソン氏は2016年頃、大学・科学・研究・イノベーション担当大臣だったジョー・ジョンソン氏(ジョー氏の兄は、ブレグジット支持の急先鋒であり、前ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏だ)に解決を打診。

それを機に、私企業であっても条件を満たせば大学を新設できる新法が制定され、「ダイソン インスティチュート オブ エンジニアリング アンド テクノロジー」はその法律のもとで第1号の大学として設立された。

ダイソン

学生が暮らす「ポッド」には、ドライヤーやライトなどのダイソン製品が置かれていた。

ダイソンのこの取り組みは大きな反響を呼び、初年度から学生の応募が殺到した。2年目となる2018年には20倍以上の倍率の中から43名が合格した。中にはオックスフォード大学やケンブリッジ大学を蹴って入学した学生もいるという。

「大学を作った当初、授業料が無料であることに学生たちは一番の魅力を感じるのだろうと考えていた。けれどもそれはまちがっていた。“リアルな学び”、プロダクト開発に活かせる学びがあるから、彼らはここを選んでいる」(ダイソン氏)

「ダイソンプレックス」に潜入

ダイソン

学生たちの憩いの場であるカフェテリア「ラウンドハウス」。

内部は、グーグルの本社であり、特徴的なオブジェや建物などで知られる「グーグルプレックス」のダイソン版とも言えるような、ダイソンらしさが随所に見られるキャンパスが広がっていた。

まず目を引くのは、四角いキューブ状の宿舎「ポッド」だ。ここには1年生43人が住み、共同生活を送っている。

その隣には「ハンガー」と呼ばれるジムや、バーが併設したカフェテリア「ラウンドハウス」に巨大な駐車場もある。今後サッカー場やプールなどもつくられる計画があるといい、周囲には広大な土地と地ならし用のローラー車が置かれていた。

ダイソン・マルムズベリー

ダイソンの社員が働くキャンパスの様子。

学生が住むそうしたエリアから5分ほど離れたところには、4500人の社員が働くダイソンの開発拠点が見えてくる。

キャンパス内には、垂直離着陸ができる戦闘機「ハリアー」や、ダイソン氏本人が学生時代にアイデアを思いついたという、海陸両用トラック「シー・トラック」など、「今までの常識を覆す発明」の数々が置かれている。

学生たちはこのキャンパスで、さまざまな部署を4カ月ごとにローテーションし、ダイソンのエンジニアとしての実践経験を積む。3年目以降からは希望した部署の仕事に就くことも可能だ。

同時に大学での勉強も、3年目からはソフトウェアエンジニアリング、電気・電子工学、機械工学などの専攻を選ぶことができる。

「日本人学生受け入れたい」

ダイソン

「ダイソン大学」で学ぶ日本人が出てくる日も近い?

もともとダイソンは優れたエンジニアやデザイナーへの奨学金の支援などを行うジェームズ・ダイソン財団を通じ、エンジニア不足の問題に取り組んできた。

ダイソンのシニア・デザインエンジニアであり、大学のプログラム開発にも携わるマット・ウィルソン氏は、一見突拍子もなく見える大学教育への進出も、“課題ファースト”で取り組んできた今までのダイソンのやり方を踏襲したものだ、と胸を張る。

「ダイソンは、解決すべき課題が見つかるとその解決のために投資し、きちんとした道筋でアプローチしてきた。それが掃除機であれ、ドライヤーであれ、教育システムであれ、同じことだ」(ウィルソン氏)

今回は大学教育を通じて世界のエンジニア不足問題に取り組む。卒業後はダイソン以外の企業に就職してもいい。決して自社のエンジニア育成のためだけではないという。

「2019年9月になると初めて、専攻を選ぶ学生が出てくる。まずは4年間、滞りなく修了できるように努めたい」(ウィルソン氏)と、その道はまだ始まったばかりだ。

最後に、ジェームズ・ダイソン氏に、今後の大学の拡大計画を尋ねてみた。ダイソン氏は学生数を拡大することに重きは置いていないが、何よりも国際化をもっと進めたい、と強調した。

「今は大学のために受け入れた海外留学生を(イギリス人学生と同じように)働かせることはできないが(国際化は)当然実現させたいと考えている。日本人学生の誘致?もちろん大歓迎だよ、日本人がここで働けるのだから、学べない理由はないよ!」(ダイソン氏)

(文・写真、西山里緒、取材協力・ダイソン)

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