米中央軍が公表した、日本の国華産業が運航するタンカーの爆発損傷箇所。
U.S. Navy/Handout via REUTERS
オマーン湾イラン沖でのタンカー攻撃事件(6月13日)で、アメリカとイランの主張が真っ向から対立している。
アメリカは最初から「イラン犯行説」を主張。対するイランは事実無根を主張し、アメリカの敵対的な態度を激しく非難している。
各国の報道も「誰の犯行か」については見方が分かれている。主観的な「意見」も多いので、本稿執筆時点で判明している情報をベースに、まずはファクトを検証し、考えられる可能性を分析してみたい。
Fact.1 犯人はいまだ「不明」
まず、犯行主体を明らかにする決定的証拠はまだ出てきていない。したがって、犯人は現時点では「不明」である。
Fact.2 犯行現場は「イラン沖合」
6月13日、ホルムズ海峡近く、オマーン湾のイラン沖で攻撃を受けたタンカーと消火活動にあたるイラン海軍の船舶。
Tasnim News Agency/Handout via REUTERS
地理的に最も近い国は、イラン。次にオマーン、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビアと続く。これらの国の軍・機関であれば、攻撃の実行は容易だ。ほかにもアメリカやイスラエルなど、強力な軍や諜報機関を持つ国なら可能だろう。
非国家組織でも、イラン南東部を地盤とする反イラン政府テロ組織「ジェイシュ・アドル(正義の軍隊)」なら、その通常の活動エリアに近い。ただし、ジェイシュ・アドルは小組織であり、海上テロの前歴も確認されていない。
また、イランの「イスラム革命防衛隊」(最高指導者に直結する軍隊)が支援する、イエメンのシーア派民兵「フーシ派」は、2018年に紅海でサウジアラビアのタンカーをミサイル攻撃した前歴がある。
今回のタンカー攻撃についても、サウジ主導の連合軍が「フーシ派による犯行の可能性」を指摘しているが、フーシ派の活動エリアはイエメン西部で、今回の犯行現場からはかなり遠い。可能性としては低いと言わざるを得ない。
Fact.3 「吸着水雷」がタンカーに仕掛けられていた
今回、国華産業(東京・千代田区)が運用するタンカーの右舷に、リムペット・マイン(吸着水雷)が仕掛けられていたことが確認されている。非国家テロ組織が所有している可能性はきわめて低い武器で、少なくともテロ組織がどこかの国の支援なしで単独で入手して仕掛けるのは難しい。
なお、米軍の発表した映像では、リムペット・マインであるかどうかは確認できないとの指摘が一部からなされているが、後述するようにイランがすでに回収しており、違うモノであればイラン側が公表しない理由がない。その可能性はきわめて低いと言える。
なお、上記タンカーの乗組員は「2回目の爆発時に飛来物を目撃した」と証言している。爆発が何に起因するものだったのかはいまだ確定されていないが、リムペット・マインが仕掛けられていたことそのものはまず事実であり、犯行主体の推理には影響しない。
Fact.4? 革命防衛隊が「不発の吸着水雷を回収」
米中央軍が公開した、イランのイスラム革命防衛隊が不発のリムペット・マイン(吸着水雷)をタンカーから回収している(とみられる)様子。
U.S. Military/Handout via REUTERS
イスラム革命防衛軍が不発のリムペット・マインを回収するシーンのアップ画像。
U.S. Military/Handout via REUTERS
イランの革命防衛隊が、不発のリムペット・マインをタンカーから回収する場面を撮影した映像を、米中央軍が公開した。イラン側は「救助のために接舷した」としているが、アメリカ側は「証拠隠滅の証拠」としている。
双方の主張ともに一理あるものの、「アメリカが映像を公表するまで、イランは(少なくとも船体から何かを回収した事実を)黙っていた」「きわめて危険なはずの回収作業の様子に、緊迫感がみられない」という事実は、アメリカ側の主張のほうに、より説得力があることを示している。
Fact.5? 革命防衛隊が「米軍無人機をミサイル攻撃」
6月16日、米中央軍は新たな声明を発表した。それによると、6月13日の早朝(現地時間)、イランの革命防衛隊による国華産業のタンカーへの攻撃を監視(当時もう1隻のノルウェー船のほうは炎上中だった)していた米軍無人機に対し、イランが対空ミサイルを発射。当たらなかったという。
米中央軍はその証拠を示していないものの、米軍側が把握していて当然の情報であり、のちに検証され得る話なので虚偽の情報を発信するリスクはきわめて大きく、それゆえに情報の信憑性はそれなりに高い。
事実とすれば、イラン側が米軍の監視活動を妨害しようとしていた可能性が高く、これもイラン犯行説を補強する。ただし、それをもって決定的証拠とまでは言えない。
「動機」があるのは誰か?
5月13日、何者かに攻撃を受け損傷したサウジアラビアの石油タンカー。大きな弾痕が見える。UAEのファジャイラ港にて。
REUTERS/Satish Kumar
今回のタンカー攻撃は初めての事件ではなく、5月から続いていたタンカー攻撃の一環である。背景にはアメリカとイランの緊張激化がある。時系列を以下に示しておこう。
2018年5月
トランプ政権がイラン核合意から離脱。制裁強化にイランが反発。
2019年4月8日
アメリカがイスラム革命防衛隊を「外国テロ組織」指定。イランは反発。
2019年5月
米軍に対するテロ脅威情報をアメリカがつかむ(情報の信憑性は不明)
2019年5月5日
アメリカが空母部隊と爆撃機の増派を発表。イランは反発し、要人たちがアメリカの圧力への反撃、あるいはホルムズ海峡封鎖を示唆する言動を連発。
2019年5月12日
サウジ船2隻およびUAE船とノルウェー船、計4隻の石油タンカーがUAE沖で爆発物(リムペット・マインの可能性が高い)による被害を受ける。UAE主導の調査では、「高度な攻撃で、国家による犯行とみられる」との中間報告が発表されたが、イラン関与の証拠は示されていない。アメリカのボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は、「イランの関与はほぼ確実だ」と断言したが、決定的証拠は示されていない。
こうした流れから、犯行の動機としては「米軍増派への反発」「アメリカ・イラン間の緊張の扇動」が考えられる。前者はイランにとっての動機であり、後者は他の国家や組織にとっての動機と言える。
後者の動機を持つのは、イランを悪者にして叩きたい面々だ。具体的には、サウジアラビア、UAE、オマーン、イスラエル、アメリカなどが当てはまる。
一方、メディアでは「イランには攻撃の動機がないから、イランの犯行であるはずがない」との論調が散見されるが、イラン(とくに反米保守強硬派)にも、米軍増派への反発という動機は間違いなくある。
もちろん、イランが堂々とタンカー攻撃をすれば、国際社会におけるイランの政治的なダメージは大きい。したがって、イランが故意にそうした不利な行動に出る可能性は低いという分析は、何も間違っていない。
しかし、あくまで秘密工作として実施し、関与を完全否定することが前提なら、その分析は当てはまらない。そのことは、他の反イラン国家や組織(が攻撃を企てるとき)にも同じことが言える。
イスラム革命防衛隊には「豊富な前歴」
アラビア海に展開する米軍の空母エイブラハム・リンカーンと、離陸する多用途艦載ヘリコプター「MH-60S シーホーク」。イランにとって、米軍増派は間違いなく脅威だ。
Dan Snow/U.S. Navy/Handout via REUTERS
実は、イランのイスラム革命防衛隊は、これまでにもペルシャ湾でタンカーを攻撃した実績が豊富にある。
もちろん、そのこと自体は今回の事件の決定的証拠ではなく、あくまで傍証のひとつにすぎない。しかし、犯罪捜査と同じように、過去の前歴は犯人推理のための検討材料にはなる。
かつてサダム・フセイン政権下のイラクも、1980年代のイラン・イラク戦争時にタンカーを攻撃したことがある。1991年の湾岸戦争では機雷も設置したことがある。ただ、それ以外の国がペルシャ湾でタンカーを攻撃した例は聞いたことがない。
国以外によるタンカー攻撃であれば、ほかにもイスラム過激派による例はある。2010年7月、ホルムズ海峡付近で日本の商船三井が運航するタンカーが攻撃を受け、のちに「アブドラ・アザム旅団」という組織名で自爆テロの犯行声明が出された(拙稿を参考)。その正体はいまだに不明だが、組織名からアルカイダ系のイスラム過激派だろう。
ただ、イスラム過激派の犯行であれば、通常は犯行声明が出されるので、5月から続く今回のタンカー攻撃がそうした組織の犯行である可能性は低い。
「犯行が露呈したときのリスク」をどう見るか
アメリカのオバマ前大統領との対話に臨むなど、保守穏健派で知られるイランのロウハニ大統領。トランプ政権の核合意離脱と制裁再開以降は、「抵抗の選択肢しかない」と交渉に難色を見せる。
Tasnim News Agency/via REUTERS
こうやって見てくると、「能力」「動機」「前歴」のどれをとっても、第1容疑者はイランと言えそうだ。とはいえ、決定的証拠はまだ示されていないので、断定はできない。
他方、「前歴」はともかく、「能力」と「動機」では、反イランの国家や組織がイランに罪をなすりつける目的で「なりすまし」犯行を行った可能性も否定はできない。その際も、可能性の高さを推測する要素のひとつとして、「リスク」の大きさは検討されるべきだ。
今回の犯行がイランの謀略であるときと、反イラン国家の謀略であるときとでは、双方の抱える「リスク」に大きな差があることを見落とした論が多くみられる。イラン犯行説を否定する論調にとくに顕著にみられる傾向だ。
謀略工作といっても、敵方に密かにダメージを与える工作と、敵に罪をなすりつける目的で敵になりすまし、自陣営もしくは第三者にダメージを与える工作(「偽旗作戦」と呼ばれる)では、謀略が露呈した場合の政治的ダメージがまったく違う。
敵方にダメージを与える工作はあくまで自国のための工作であり、露呈しても自陣営では非難されない。
ところが、偽装して味方にダメージを与える工作は、露呈した場合に自陣営内でも断罪される。もちろん、国際社会でもより厳しく断罪されることになる。強い動機があるときでも、実行に至るまでには高いハードルがある。
自陣営や第三国にダメージを与える謀略工作は困難
今日もなお中国人の心に暗い影を落とす盧溝橋事件(1937年)の現場。偽旗作戦が露見した場合に関係者が受けるダメージには計り知れぬものがある。
Guang Niu/Getty Images
実際、国家による裏工作はいまでも頻繁に行われているが、偽旗作戦の例はきわめて少ない。
過去の例としては、戦前の柳条湖事件(1931年)や盧溝橋事件(1937年)、ベトナム戦争時のトンキン湾事件(1964年)などがあるが、近年はほとんど聞かない。モスクワ連続アパート爆破テロ(1999年)は、チェチェン勢力に罪をなすりつけるためのロシア連邦保安庁(FSB)の謀略ではないかとの疑惑があるが、それも確認には至っていない。
偽旗作戦は映画のシナリオとしては定番だが、現実の例としてはほとんど思い浮かばない(アルカイダやISはアメリカがつくったとか、シリア化学兵器は反体制派の自作自演だとかのフェイクな陰謀論は論外)。そのくらい、リアル社会ではハードルが高いのだ。
最近では、内部告発サイト「ウィキリークス」あたりにタレ込まれたら即アウトなので、さらにハードルは高くなっている。
今回の事件に当てはめると、同じ謀略工作でも、相手方にダメージを与える工作であるイラン犯行説のほうが、自陣営や第三国にダメージを与える反イラン陣営による犯行説よりも、格段にハードルが低い。こうしたリスクの大小も前歴と同じで決定的証拠にはならず、傍証のひとつにすぎないが、やはり重要な検討要素ではある。
ちなみに今回、イランの犯行を否定する側に「アメリカはイラクの大量破壊兵器保有を誤認した過去の実績があるので信用できない」から「アメリカが裏で仕組んだ謀略の可能性が高い」との論調が散見される。しかし、アメリカの主張を信用するかしないかの問題と、上で述べたような、偽旗作戦が露呈したときのリスクの問題は、まったく種類の違う話である。
もっとも、決定的な証拠が出ていない以上、反イラン陣営による偽旗作戦の可能性を否定すべきではない。すべての可能性を想定しておくことは重要だ。しかし、現時点で偽旗作戦の可能性を検討すべき具体的な情報はない。むしろ、リムペット・マインの回収を革命防衛隊が密かに行っていたことなど、イラン側に不利な傍証が出てきているのが現実だ。
以上のことから、現在判明している情報をもとに可能性の順位を導くなら、「さまざまな可能性の中では、イランの犯行である可能性がもっとも高い」。しかし、「まだ決定的証拠はないので断定はできない」ということになる。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。