空席の椅子もプーさんもNG。権力集中の習近平体制で強まる中国のネット規制

これほどまでに中国が厳しい言論統制を意識する月は近年、なかったのではないか。

香港民主化運動

主催者によると200万人にも膨れ上がった香港のデモ。中国政府は、香港の民主化運動が中国本土で広がることを恐れている。

Reuters

1989年6月4日に中国人民解放軍が民主化運動を武力弾圧した天安門事件から30年が経ったが、中国の新聞やテレビがこの事件を報じることは一切なかった。

天安門事件についての情報は今も徹底的に排除され、完全なタブー状態が続いている。

また中国当局は今、「逃亡犯条例」改正に反対する香港での大規模デモについての報道も禁じている。

NHKやCNN、BBCなど中国で見られる海外メディアの放送も、この話題になると連日逐一中断し、中国政府に都合の悪い内容は一切伝えていない。

香港の民主化運動の動きが中国本土で広がることを恐れ、神経をとがらせていることがうかがえる。

中国当局は、天安門事件後の1990年代から民主化運動など「有害」とみなすサイトを自動的に閲覧できないようにした。そして、世界で最も巧妙で高度なインターネット検閲システムを構築してきた。

それは権力集中で強権政治に拍車がかかる習近平体制で強固になり、中国共産党が中国社会を強くコントロールするツールとして利用されている。

中国の人口は約14億人、そのうちネット利用者は8億人を超える。中国の報道規制やネット規制は具体的にはいったいどうなっているのか。中国にいる中国人の友人や知人、記者仲間らに聞いてみた。

新たに複数の海外メディアをブロック

天安門事件

海外では6月4日になると、天安門事件を振り返るデモなどが行われるが、中国では一切報じられない(2013年6月、カナダのトロントで)

Shutterstock.com

中国国内では、GoogleやFacebook、Twitter、インスタグラム(Instagram)、YouTube、LINEなど海外の検索サイトやSNSは基本的に全てブロックされ、使用できなくなっている。

天安門事件から30年に当たる2019年、中国当局は同事件に関する報道規制をさらにぐっと強めた。

5月に入ってからは、これまでブロックしていた中国語のウィキペディアに加え、他の全言語のウィキペディアへのアクセスも遮断した。

中国版SNSの微信(WeChat)のアカウントが5月末から突然使用できなくなるケースも目立ってきている。

天安門事件から30年となった6月4日以後も、これまで閲覧禁止だった米ニューヨークタイムズ紙やロイター通信に加え、米ワシントン・ポスト紙や英ガーディアン紙など複数の海外メディアのサイトが新たにブロックされた。

ただし、香港系のVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)を経由すれば、中国国内でもそれらにアクセスは可能だ。VPNは月1000円ほどから利用できるという。

日本に住む筆者の中国人の友人は、

「月1000円は上海だと高くない。上海の一般的な仕事の給料は月10万円から15万円ですから」

と話す。一般の人でも情報を得ようと思えば得られる環境にはある。

Google、Facebookがなくても事足りる

SNS

中国独自のSNS、WeChatがあれば、コミュニケーションに困ることはない。

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とはいえ6月4日の天安門事件30周年を前に、この有料VPNの使用にも徐々に中国当局による使用不可の規制の網がかかってきている。

筆者の中国在住の友人らは、一般の中国人にとって、VPNも、それを使った海外サイトのGoogleやTwitterなども、まったく必要ないと指摘する。

なぜなら、中国には独自の検索エンジンやSNSがあるからだ。

Googleの代わりに百度(バイドゥ)、Twitterの代わりに微博(ウェイボー)がある。

筆者も利用する微信( WeChat)はLINEとFacebookを組み合わせたようなSNSだ。

中国国内では、中国独自のSNSで事足りるため、Google、Facebook、Twitterの存在を知らない若い世代が育っているのだ。

そして中国当局はこうした中国独自の検索サイトやSNSで、利用者が検索したり、書き込みをできないようにするNGワードを大量に設定している。

空席の椅子の画像もNG

劉暁波

中国で初めてノーベル平和賞受賞者となった劉暁波氏。授賞式には出席できなかった。

GettyImages

例えば、1989年6月4日に起きた天安門事件の隠語として使われる「64」はNGワードだ。中国では「65-1」も「63+1」と答えが64になるものも検索できない。

中国人の記者仲間によると、中国語で「今日」「本日」を意味する「今天(ジンテン)」も、「天安門事件」を意味する隠語と判断されて禁止される場合もあるという。

日本でも使える中国サイトの百度に「天安門事件」という検索語を入れてみると、1976年4月5日の第一次天安門事件に関する検索結果は出てくるが、1989年6月4日の第二次天安門事件の結果は出てこない。

後者のいわゆる「64天安門事件」についての情報はすべて消し去られている。

また、天安門事件当時からの中国民主化運動のリーダーの1人で、2010年にノーベル平和賞を受賞し、中国初のノーベル賞受賞者となった劉暁波氏の情報規制も厳しい。

上海在住の中国人の友人に聞くと、中国版Twitterの「微博」に「劉暁波」と入力しても検索できないという。

さらに、劉氏が2010年12月にノルウェーで行われた平和賞授賞式に参加できず、劉氏のために空席のイスが用意されてネットで話題になったことから、中国当局は検閲で「空椅子」という言葉のネット検索をできなくしたり、誰も座っていない椅子の絵の画像をブロックしたりしてきた。

冬季五輪にプーさんのぬいぐるみ禁止?

プーさん

羽生選手の演技後に投げ込まれるプーさん。次の北京冬季五輪ではこの風景は見られなくなるかもしれない。

GettyImages

さらに、中国版LINEとも言える微信(WeChat)には、かつては一部のユーザーが習近平氏の妻、彭麗媛夫人が歌い、中国人民解放軍を称える「血染的風采」という歌の動画などを投稿していた。

しかし、これも1989年の天安門事件を想起させるものとして、のちに除去された。

天安門事件の報道をめぐっては2000年に単身で中国に渡って事業を展開し、数年前に日本に帰国した筆者の従兄は、

「中国国内では全く報道されていない。中国版SNSを通じて知っていても、公衆の場では口にできない。特に地方で暮らしている年配者には、つい最近まで知らなかった人も多い」

と話す。

このほか、「ディズニー」を意味する中国語の検索や閲覧もできないという。ディズニーキャラクターの「くまのプーさん」の容姿が習近平国家主席に似ているとの理由で、ユーザーが隠語として茶化して使用しているため、厳しく規制されてきた。

2022年には北京で冬季オリンピックが開催される。フィギュアスケートの羽生結弦選手の演技終了後には、ファンがリンク上に「くまのプーさん」のぬいぐるみを投げ入れられることが恒例となっている。

だが、今の中国の状況ではひょっとしたら、中国当局が会場にプーさんのぬいぐるみの持ち込みを禁じるのではないかとの見方さえ出ている。

ネット検閲企業で働く若者たち

中国ネット

中国当局は、検索サイトやSNSの運営会社に対しても自主検閲を要求している。

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中国でネット検閲を担っているのは、インターネット規制当局や工業情報省、公安当局、市場規制当局など。そのほかにも当局は前述の百度や微博、微信などといった検索サイトやSNSの運営会社に対して自主検閲を要求している。

こうした中国企業の自主検閲については、ニューヨークタイムズ紙が2019年1月2日に「Learning China’s Forbidden History, So They Can Censor It(中国の禁断の歴史を学び、検閲可能に)」と題した記事を掲載し、その詳細を明らかにしている。

記事によると、中国のメディアやオンライン企業の下請け業者として、ネット検閲を担う企業が存在。

例えば、北京に本社があるIT企業の博彦科技(ビヨンドソフト)では、大学を出たての20代の若者4000人以上をネット検閲員として働かせている。

中国では、多くの親や教師が、子どもたちが政治に関心を持つとトラブルの元になると教えているなか、今どきの若者は天安門事件や劉暁波氏のことをそもそも知らない。

このため博彦科技では、大学の試験のように、64といったNGワードを機械的に教えて徹底的に覚えさせるトレーニングシステムを開発したという。

長期政権を目指す習近平体制

習近平

「2期10年」という国家主席の任期が撤廃されたため、習近平政権は長期化する可能性も。

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博彦科技では、取り扱いが難しい微妙な基本語が10万以上、その派生語として300万語を取りまとめている。政治的に微妙な言葉がその3分の1を占め、残りはポルノや売春、ギャンブル、刃物に関するものだという。

当局の意に反してNGワードを削除しなければ、ウェブサイトを閉鎖されたり、認可を取り消されたりする。

中国は2018年に憲法を改正し、国家主席の任期を「2期10年」までとする規制を撤廃した。

長期支配への道を開いた習近平国家主席は、建国100周年となる2049年までに「社会主義現代化強国」と中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を実現することを目指している。

つまり、あと30年後には経済や科学技術、軍事などの面で米国をしのぐ世界最強国を実現しようとしている。

しかし、厳しい情報統制やネット規制で「言論の自由」を認めない国が世界の覇権を握ることは、国際社会としてはなかなか受け入れがたい。

隣国の日本は同じアジアの「民主主義の砦」や「自由の盾」として、中国の言論弾圧には今後も厳しい目を注いでいかなければならないだろう。

高橋 浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。

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