「予期せぬ妊娠」防ぐことは虐待防止にもなる——緊急避妊薬、オンライン処方部分解禁へ

「緊急避妊薬」ときいても、ピンとこない人もいるのではないだろうか。

妊娠している女性

「予期しない妊娠」によって、その後の生活や育児に大きな影響を受ける場合もある(写真はイメージです)。

shutterstock / leungchopan

日本の緊急避妊薬に対する認知度は45.5%(男性39.7%, 女性50.6%  2016年日本家族計画協会調べ)だ。2019年6月、厚生労働省で緊急避妊薬のオンライン処方が議論され、部分的に解禁されることになった。だが、ルールを決める過程で慎重派が多く、結果としてさまざまな条件がつくことに。

緊急避妊薬のオンライン処方解禁が、女性だけではなく男性にとってもどんな意味があるのか、考えてみたい。

緊急避妊薬とは:性交後、決められた時間以内に内服することで、妊娠を高い確率で防ぐことができる。国内ではレボノルゲストレル(商品名ノルレボ、72時間以内の服用で妊娠阻止率84%)が主に処方される。モーニングアフターピルとも呼ばれる。

1日400件の人工妊娠中絶

日本では年間約16万人、1日約400件の人工妊娠中絶(以下、中絶)が行われている。15〜49歳女子人口1000人あたり6.4件という数字は、先進国の中で多いわけではない(スイス5件・イギリス13件など)。

しかし、心疾患での死亡数が年間約20万例、がんでの死亡数が約37万例という数字を考えると、無視できない数字であり、脳血管障害での死亡者数よりも多い。

年間人工妊娠中絶件数および、三大疾病による死亡者数

年間人工妊娠中絶件数および、三大疾病による死亡者数

厚生労働省のデータをもとに作成

中絶は命が失われているという事実はあるものの、「死亡」ではないので、比較するのは適切でないかもしれない。

しかし、心疾患など生活習慣病によって引き起こされる疾患には、生活習慣を改めるよう促すキャンペーンが展開され、新しい薬が次々と認可されてきた。がんも検診の受診を促す取り組みや、分子標的治療薬・免疫療法など新しい治療法の開発などで生存率が改善している。

一方中絶は、当事者の女性に多大な身体的・精神的負担がかかる処置である半面、タブー視されている部分もあり、これまで議論になることは少なかった。

虐待原因として多い「予期しない妊娠」

乳幼児や児童の虐待がこれほど報じられ、社会問題化する中で、誰もが何か防ぐ術はないのかと思っているのではないだろうか。

6月4日にも、32歳の母親が新生児の遺体を遺棄したとして逮捕された。

乳児虐待の最大の原因として、「予期しない妊娠」があげられている(厚生労働省「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について)。

2016年度では加害者の6割以上が実母であり、その実母が抱える問題として「予期しない妊娠」は49%と最多だった。2012ー2016年度の5年間で見ると、0日児の死亡で(0歳児の中でも月齢0カ月、その中でも0日に死亡例が多く、対策が必要だと考えられている)、「予期しない妊娠」によるものは73%、うち10代の妊娠は25%だった。

 0日児死亡事例における実母の妊娠期間の問題

0日児死亡事例における実母の妊娠期間の問題

平成24-28年度 厚生労働省のデータをもとに作成

日本では中絶薬(主に妊娠初期に内服して中絶を誘発する薬)も未承認なのに加え、初期の中絶は掻爬手術が多い(掻爬手術は、WHOによると「安全でない」とされており、安全な中絶法としては薬物と吸引が挙げられている)。価格も9万円以上と、経済的な事情のある女性には負担が大きい。

こうした現実の中では、予期せぬ妊娠を防ぐ最終手段は緊急避妊薬であり、手に入りやすい環境を整えることが虐待などの悲劇を防ぐ手段にもなり得る。

「確実な避妊法」浸透していない日本で「最後の砦」

カップル

どういうタイミングで子どもを持つのかを自分で決定できることは、女性が人生を主体的に生きるためにも必要だ(写真はイメージです)。

shutterstock / milatas

日本では、主な避妊の手段としてコンドームが使用されている。確実性の高い方法として低用量ピルが推奨されているが、避妊法として服用されているのは全体の4%程度だ。

日本における避妊の内訳

日本における避妊の内訳

2016年 日本家族計画協会のデータをもとに作成

低用量ピルには血栓症などの副作用もあるが、欧米先進国などでは避妊の主流となっている。欧米では主にコンドームは性感染症の予防目的に使用されるが、日本ではまだ多くの人がコンドームを避妊の手段と考えている。コンドームでは破れたり外れたりするため避妊法として万全ではない。

仮にコンドームでの避妊に失敗した場合も、緊急避妊薬を性交から72時間以内に内服すれば、妊娠を高確率で防げる。望まない妊娠を防ぐことは虐待を防ぐだけでなく、人生を計画的に生きていく上で誰にとっても欠かせないもの。決して性的アクティビティの高い人たちだけの問題ではない。

緊急避妊薬は日本では医師の処方が必要だが、夜間や休日取り扱っている病院は非常に少ない。72時間以内の服用が必要にもかかわらず、処方できる病院が近くにないこともありうる。

また、日本では価格の高さも入手しにくい要因だ(ノルレボ錠1錠で1万円以上。最近後発品が販売されてようやく1万円を割った)。欧米などではもっと安価で(無料の場合もある)、医師にによる処方箋を介さずに薬剤師から手に入る国が76カ国、市販薬として購入できる国は19カ国ある(International consortium for emergency contraception調べ)。

2017年には薬局での市販が検討され、パブリックコメントも募集された。パブリックコメントでは圧倒的多数の賛成(348件中320件)があったにもかかわらず、「悪用や濫用の懸念がある」として、結局見送られ入手しやすさは改善されなかった。

学会は「性犯罪被害に限る」と主張

山口育子氏

第5回オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会。奥から2人目が山口育子氏。

筆者提供

これまで6回にわたり、厚生労働省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」が開催され、緊急避妊薬のオンライン処方解禁も併せて議論された。緊急避妊薬が自費診療で高額なため、手軽なインターネット診療などで海外からの輸入薬を手に入れる人が増えていることが背景にある。

ネットでは、ノルレボの後発品の他、日本では未承認の「エラ」というより効果の高い薬(性交から120時間以内に内服、妊娠阻止率95%)が販売されることが多いが、偽薬の可能性も排除できず、安全性には疑問符がつく。

検討会では、日本産婦人科学会や日本産婦人科医会なども加わって議論されてきたが、これらの団体は一貫して、「若い女性は知識が無いから、濫用・悪用するのではないか」という観点から慎重な姿勢を崩さなかった。「性犯罪被害の場合のみに限る」という提案すらなされ、一時はそれで決定されるとみられていた(オンラインで、性被害かどうか確認するのは非常に難しいにもかかわらず)。

また日本産婦人科学会は、「緊急避妊薬は高度な知識を持つ産婦人科医ではないと扱えない薬」と主張したが、WHOは副作用も少なく安全性の高い薬と定義しており、薬局で売られている国も多い。同時に学会は、妊娠(子宮外妊娠を含む)の有無を確認するため、3週間後の受診を義務づけることを強く主張したが、薬局で買える妊娠検査薬で妊娠の確認ができるので、必ずしも必要ないという意見もある。

部分解禁は一歩前進だが…

悩む女性

緊急避妊薬のオンライン診療の部分解禁は一歩前進。だが、まだ「性の乱れにつながる」「避妊は女性だけの問題」とする男性側の意見も強い。

Shutterstock

検討会の構成員は12人。そのうち11人が男性であり、女性はNPO法人「ささえあい医療人権センターCOML」理事長の山口育子氏のみ。山口氏は条件をつけず解禁すべきと主張したが、全般的には「時期尚早」「性の乱れにつながる」などの慎重論が目立ち、避妊は女性だけの問題とするような論調もあった。

しかし最終的には、「性犯罪被害者に限る」という条項は撤回され、オンライン診療は「地理的要因がある場合、また心理的に対面診療が困難であると医師が判断した場合のみ」と結論づけられた。「あくまで対面診療を基本」との方針は崩れず、オンライン診療は全面解禁とならなかったが、厚労省はまず緊急避妊の対面診療・処方が可能な医療機関・薬局のリストを作成し、公開する予定だ。

淀川キリスト教病院(大阪府)の柴田綾子医師は、「部分的にでもオンライン処方が解禁されたのは大きな一歩」と話し、「将来的にはオンラインに加えて、薬局などさまざまなルートでアクセスできるようになることで、多様な背景、リテラシーを持った女性たちが使用できるようになるのが望ましい。複数の経路で、手に入りやすくすることが必要ではないか」と付け加えた。

柴田さんは、イギリスの医学雑誌であるBritish Medical Journalに、「日本で緊急避妊薬のアクセス改善がなかなか見込めない原因として、偏見と産婦人科医のパターナリズムがある」という意見を投稿している。私がこの記事を書こうと思ったのは、彼女のこの投稿がきっかけだ。

厚労省は、6月中にもこの件でパブリックコメントを募る方針だ。今後実際どこまで入手しやすくなるのか、行方を注視したい。

(文・松村むつみ)

松村むつみ: 1977年、愛知県生まれ。2003年名古屋大学医学部医学科卒。2009年より横浜市立大学で乳房画像診断、PETを中心に画像診断を習得。大学病院で助教を勤め、放射線診断専門医、医学博士を取得。2017年にフリーランスの画像診断医に。現在は神奈川県内の大学病院など複数の病院で、乳腺や分子イメージングを中心に画像診断を行う。自宅でも国内の遠隔地や海外の画像の遠隔診断を行う。

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