1億円プレーヤーとなった千葉ジェッツふなばしの富樫勇樹(写真右)と島田慎二社長。
千葉ジェッツふなばし提供
6月3日、バスケットボール・Bリーグでビッグニュースが発信された。千葉ジェッツふなばしに所属する、日本代表の富樫勇樹(25)の年俸が1億円を突破したと報じられたからだ。Bリーグによると、1億円の年棒はリーグの日本人選手として初めて。富樫は基本給が1億円で、出場給などがさらにプラスアルファされる。
1億円プレーヤーの誕生に注目が集まった一方で長年、国内スポーツに関心を持ってきた人なら、不思議に思った人も少なからずいたはずだ。現状のBリーグのチームで、選手に1億円を払ってチームの経営は大丈夫なのか?という疑問だ。
こう感じる人のなかには、「約20年前のサッカー・Jリーグの悲劇を覚えているから」という向きも多いのではないか。
1993年にスタートしたJリーグは社会現象となり、開幕から2、3年まではとりわけ人気が高かった。選手の年俸もリーグ開幕当初から高く、特に、カズ(三浦知良)、ラモス瑠偉など人気選手を何人も抱えるヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ)は、1億円プレーヤーが多かったとされる。
しかし、サッカーバブルがはじけ、人気は下落していった。選手等の人件費がチーム経営を圧迫し始め、日本経済の厳しさも増し、次々とチームの経営は悪化。多くのチームが経営規模の縮小を迫られた。1999年には横浜フリューゲルスが親会社の経営悪化に伴って、横浜マリノスと合併した。
「無理したわけではない」事業規模拡張で1億円プレーヤー誕生が可能に
1億円プレーヤーとなった千葉ジェッツふなばしの富樫勇樹らの記者会見(6月3日)。
千葉ジェッツふなばし提供
なぜBリーグの千葉ジェッツが1億円プレーヤーを生み出せたのか?
千葉ジェッツの島田慎二社長は、Business Insider Japanの取材に応じ、次のように解説した。
「(富樫選手に)1億円を払える理由は、当然、うちの事業規模が拡張してきたことです」
千葉ジェッツは公式サイト上でIR情報を公開している。
千葉ジェッツふなばしの第8期(2017-18年シーズン)の決算状況。
千葉ジェッツのホームページより引用
第8期(Bリーグ2017-18年シーズン)は、売上高が前期比56%増の14.2億円、税引前当期利益は134%増の8995万円だ。いずれの数字も大きく伸ばしていて、7期連続の黒字を達成している。また、売上高はB1(1部リーグ)全18チームの中でトップとなった。
「Bリーグの1年目(2016-17年シーズン)は売上高が約9.2億円、2年目が約14.2億円。今期(2018-19年シーズン)は18〜19億円を狙っていく状況です」(島田社長)
千葉ジェッツふなばしの島田慎二社長。
大塚淳史撮影
千葉ジェッツは「リーグトップの集客力」
千葉ジェッツのホームページより引用
公表資料によると、売上構成比率は、「パートナー」と呼ばれるスポンサー企業からの収入が46.5%、チケット販売が24%、グッズ販売は10.6%となっている。
Bリーグは地域密着を推奨している。千葉ジェッツのパートナー企業数は314社。前期の307社からは7社増だが、大口スポンサーが加わったことと、リーグ戦の決勝にあたる「チャンピオンシップ」の地元開催による追加協賛があったことで、パートナー関連の売上高は前期比64%増の6.6億円まで伸ばした。
もう一つ、千葉ジェッツの経営において、強みなのが、観客動員数だ。リーグ屈指の観客動員を誇り、3シーズン連続でリーグトップとなっている。
2017-18年シーズンの1試合平均観客動員数は5196人で、2位のレバンガ北海道の1.3倍以上。観客数が増えれば、飲食やチームのグッズの売り上げも伸びる。「売り上げがスポンサーにしてもチケットにしてもそんなに原価が高いものではなく収益性が高い」(島田社長)ことで利益増にも結びつくという。それらが、選手人件費などの「次なる投資」へと繋がっていく。
「大きな経費は(1)チームコスト、(2)(試合などの)興業コスト、(3)販管費つまりここ(事務所)のスタッフの人件費です。チームの人件費が約6億円で、そこに(試合の)遠征費や、体育館の練習場(の使用料)とかを加えても7億円ほど。(富樫の年棒が)すごい高いと思われるかもしれないですが、(チームの人件費は)実際の売り上げ(14.2億円)の半分にも満たない」(島田社長)
このようなチーム経営状況もあり、「そもそも(1億円プレーヤー誕生が)尋常じゃないようなこととは思っていなく、うちが1億円くらい選手に払える規模になっています」(島田社長)と説明する。
1億円プレーヤーとなった千葉ジェッツふなばしの富樫勇樹。
©CHIBA JETS FUNABASHI/PHOTO:Junji Hara
一方で今回の話題の中心である千葉ジェッツの富樫とはどんな選手なのか。
現在、日本のバスケットボールに関する話題は、米プロバスケNBAで日本人2人目の出場を果たした渡邊雄太や、6月21日(現地時間20日)にNBAのドラフトで上位指名が確実視される米ゴンザガ大学の八村塁の両者がメディアに取り上げられることが多い。
しかし、千葉ジェッツの富樫も負けていない。バスケ選手としては167cmと非常に小柄ながらも抜群のスピードと攻撃センスでチームを引っ張る。千葉ジェッツは2018-19年シーズン、Bリーグの優勝こそ逃したが、前のシーズンに続き決勝に進出し、さらに天皇杯の3連覇を果たした。富樫はこれらに大きく貢献した。
富樫個人としても、2018-19年シーズンは1試合平均14得点、5.5アシストと好記録も残し、レギュラーシーズンの最優秀選手にも選ばれるなど、誰もが認める存在だ。そして日本代表でもレギュラーとして活躍している。Bリーグの人気の向上とともに、メディアに露出する機会も増えた。
島田社長は富樫の選手としての能力だけでなく、ビジネスへの貢献度を高く買っている。
「うちの売り上げに対しての富樫の貢献度というのは、チームを勝たせる貢献度と、お客様を(試合会場に)呼べたり、スポンサーを増やすビジネスへの貢献度と2軸があります。富樫はそのビジネスの部分の貢献度が突出していると思っています。
富樫効果でいくら、というのは明確には示せませんが、彼がいることで会社の事業成長に大きく貢献していることは間違いない。日本のトップ選手であり、日本で最も稼げるバスケ選手であります。
そして日本でもっとも売り上げている千葉ジェッツの中で、1億円プレーヤーが生まれたのはそんなに不自然なことではありません」
1億円プレーヤー誕生の与える影響は?
1億円プレーヤーとなった千葉ジェッツふなばしの富樫勇樹。
©CHIBA JETS FUNABASHI/PHOTO:Junji Hara
東京大学からプロ野球の千葉ロッテマリーンズに投手として入団し、現役引退後はロッテや福岡ソフトバンクホークスで経営に関わり、現在は江戸川大学で教鞭をとる小林至教授は、Bリーグでの1億円プレーヤー誕生についてこう見る。
「プロスポーツ興行にとって、スター選手は価値の源泉です。スターとは、能力が突出しているのはもちろんですが、高給取りで、つまりオーラを身にまとった存在です。
庶民が一生かかっても稼げないような大金を稼いでいればいるほどスター性は上がる。年俸800万円の選手と、年俸8億円の選手を見るのとでは、ありがたみが全く違うじゃないですか。日本における1億円プレーヤーという響きは、スターのオーラを身にまとう、人々がこうなりたいという夢を見せる存在への入口に立つ「マジックナンバー」と言っていいでしょう」
小林教授はさらに続ける。
「Bリーグは、こうしたプロスポーツ興行の本質をよく理解したうえで、富樫選手が、Bリーグの価値を拡大向上するための“大使”としてふさわしいと考えたのだと思います」
一方で、今回の1億円プレーヤーの誕生が、周囲に与える影響を指摘する。
「給与をもらう側(選手)のスタンダードがどんどん上がる可能性はあります。『あの選手があれだけもらえるなら、俺も……』という心理になりがちです。これはプロ野球球団で経営に携わったものとしての実感でもあり、Jリーグも、黎明期に選手年俸の水準が一気に上がって苦労しました。
ただ、Bリーグの場合は、より身の丈にあった経営とか、球団あっての選手であることを選手たちは理解している気はします。マイナースポーツとしての悲哀を長年にわたり味わい、Bリーグ誕生に至るまでの紆余曲折もあったので」(小林教授)
1億円プレーヤーとなった千葉ジェッツふなばしの富樫勇樹。
©CHIBA JETS FUNABASHI/PHOTO:Junji Hara
そうした声もあるなか、島田社長はこう説明する。
「1億円プレイヤーがこのタイミングで出ることで、メディアバリューもそうですし、バスケットもようやくそういうフェーズに入ったのか、ということでBリーグのスポンサーセールスにも繋がると思います。
我々もクラブとして、1億円がかかるプレイヤーを支えていかないといけない。スポンサーと向き合うのにも良いツールになっていき、さらに稼ぎやすくなる。コストが上がるかもしれないが、チームやBリーグももっと稼ぎやすくなります」(島田社長)
富樫本人にも、島田社長は「1憶円」の根拠を次のような表現ではっきりと伝えたという。
「富樫が好きでブースタークラブ(※)に入る人が増えたり、富樫のグッズが売れるとか、富樫がいるから応援したいスポンサーが増えるとか、富樫の価値をもって会社の売り上げに貢献してくれれば、それを原資としてあなたに『投下』していくものだ。ビジネス貢献度というのが改めて、今回のあなたへの決定だよ」
※バスケでは応援する人のことをブースターと呼ぶ。
「富樫がプレイヤーとしても突出しているのもわかるが、他の選手の3倍も4倍も5倍も優れているかというと、はっきりはわからない。でも、ビジネス面で例えれば、彼が2億円を稼げるところを他の選手が2000万円しか稼げないというと、これくらいの差はある。
勝たせる貢献度も高く、稼げる貢献度も突出して高い。他の選手と金額が違うのはプロとして当たり前のことです」(島田社長)
ただ、1億円プレーヤー誕生の会見の前には、千葉ジェッツの主力選手や地元・船橋出身である石井講祐の退団が発表されて、ファンの間では「1億円のために切られたんじゃないのか」と憶測を呼んだことも事実だ。会見でも質問が飛び、島田社長が「因果関係はない」と否定することになった。
まだまだ日本では、選手に対してプロスポーツのビジネス的な視点を持つことに慣れてないかもしれない。島田社長のように表立って、はっきりと明言することで、選手もファンもチームへの見方が変化していくはずだ。
「サッカーとも野球とも違って、Bリーグというのは地域密着で親会社を抱えずに独立独歩でいきているクラブが多い。自分たちで稼がないとつぶれてしまう。親会社が助けてくれないチームがほとんど。
地域密着のクラブだからこそ、食っていくには稼ぐしかない。勝つことで稼ぐこともあれば、稼ぐことで勝つこともできる。より投資ができるということですね」(島田社長)
(文・大塚淳史)