【徹底分析】無人偵察機撃墜で深刻化するイランとアメリカの対立。米軍増派「2カ月で4回」の緊迫度

無人偵察機 撃墜

イランのイスラム革命防衛隊に撃墜されたアメリカの無人偵察機MQ-4Cトライトン(イラン側はRQ-4 グローバルホークだったと主張)。写真は2014年11月にアメリカで撮影された同型機。

U.S. Navy/Handout via REUTERS

6月20日、イランは「領空侵犯した米軍の無人偵察機、RQ-4 グローバルホークを(イラン最高指導者に直結する軍隊の)イスラム革命防衛隊が撃墜した」と発表した。

アメリカ側は報道各社の取材に対し、「撃墜されたのは国際空域」と強調。無人偵察機についても、米高官がロイター通信に「RQ-4 ではなくMQ-4C だった」と答えている。MQ-4Cトライトンは、RQ-4 の米海軍向け洋上監視用無人機である。

「領空侵犯か国際空域か」について、イランとアメリカの主張は上記のように真っ向から食い違っている。領空侵犯であればアメリカ側に非があり、国際空域であればイラン側の非ということになる。

撃墜されたのが(アメリカ側の説明するように)洋上監視用のMQ-4Cトライトンであれば、イラン領海上空まで接近する必要性はほぼないので、わざわざ領空侵犯することは考えにくい。

米中央軍が公開した、イランによる無人監視機(BAMS-D)撃墜時の動画。

出典:SNI News Video

[追記:米中央軍の最新発表(米国時間6月20日午前、上動画を参照)によると、撃墜されたのは、国際空域で飛行中の「海軍広域海上監視機(BAMS-D)」とのこと。海上監視用のRQ-4A グローバルホークを指し、その運用方法から領空侵犯はやはり考えにくい]

一方、撃墜についてはイラン側が主導的に情報発信し、アメリカ側を激しく非難している構図。革命防衛隊のサラミ司令官は「アメリカへの明確な警告だ。我々はいかなる侵入に対しても断固として対処する」と強硬な姿勢を示している。

ここまで得られた情報からだけでは、どちらの主張が正しいかはわからない。いずれにしても、撃墜事件がイランとアメリカの関係を緊迫させたことだけは間違いない。

米軍増派に至った「3つの理由」

シャナハン 空軍基地 国防長官

2019年6月3日、韓国の烏山(オサン)空軍基地で隊員たちと話すアメリカのシャナハン国防長官代行(中央)。

Lisa Ferdinando/DoD photo/Handout via REUTERS

撃墜事件が起こる前から、アメリカとイランの軍事的な対決姿勢は深刻化の一途をたどっていた。

アメリカのシャナハン国防長官代行は6月17日、中東地域に約1000人の兵士を増派することを発表。「イランの脅威の高まり」を受けて、「空、海、陸での脅威からの防衛のため」というのがその理由だ。増派される部隊の内訳は、主に次の2つの分野。

1. イラン側の動きを監視・偵察する部隊で、無人機の運用部隊が含まれる

2. 現地の米軍を防衛する部隊で、航空機やミサイルから部隊を守る地対空迎撃ミサイル(PAC-3)部隊が含まれる

この内訳を見ると、イランの脅威に備えた部隊編成であるということは確かだ。けれども、1000人という数は、中東の地域強国イランに対抗するものとしては、さほど大規模な増派とは言えない。

タンカー ホルムズ海峡

6月13日、ホルムズ海峡近く、オマーン湾のイラン沖で攻撃を受けたタンカーと消火活動にあたるイラン海軍の船舶。

Tasnim News Agency/Handout via REUTERS

なぜこのタイミングで増派なのか。それは、3つの要素に同時に対応するためと言える。

1つめは、ホルムズ海峡付近の海上輸送路の安全確保。当然、6月13日のタンカー攻撃を受けてのことだが、アメリカはイランの仕業と断定し、今後も同様の攻撃がくり返される可能性が高いとみなしている。それに備えるために、無人機などの偵察・監視体制の強化が必要と判断したわけだ。

2つめは、イランとの緊張の激化で生じる米軍および米政府施設などへの脅威の増加だ。アメリカはイランおよびその配下組織の脅威を繰り返し指摘している。後述するように、5月には正体不明の犯人により、在バグダッド米国大使館付近にロケット弾が撃ち込まれた。

1000人増派が発表された6月17日には、イラク駐留米軍の主要拠点の一つであるバグダッド北部郊外のキャンプ・タジの近傍にも、ロケット弾が撃ち込まれている。IS(イスラム国)残党の仕業の可能性もゼロではないが、いまやイラク中部・南部を広く牛耳っている親イラン派民兵が、イスラム革命防衛隊から指示を受けて行った可能性が高い。

革命防衛隊 IRGC

米中央軍が公開した、日本の石油タンカーから不発の吸着水雷を取り除く(最中と見られる)イスラム革命防衛隊(IRGC)の様子。

U.S. Navy/Handout via REUTERS

3つめは、イランの核開発に対する圧力。アメリカは増派発表後も、イランに対話を呼びかけている。ただし、それは互いに妥協し合うための対話ではなく、一方的にイランに要求を突きつけているにすぎない。そうした流れのなかでの増派は圧力になる。派兵の規模こそ抑制されているものの、敵対的な意思表示である。

アメリカは2018年5月の核合意離脱後、イランに対する経済制裁を強化しており、イランはそれに強く反発している。2019年6月17日には、核合意で認められた低濃縮ウランの国内貯蔵制限を10日後に超過すると発表。アメリカはさらにそれに反発を示しており、対立は深まる一方だ。

米軍増派は2019年5月以降だけで「4回目」

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5月17日、中東で作戦を展開する米軍の航空母艦エイブラハム・リンカーン(手前)と強襲揚陸艦「キアサージ」。

Mass Communication Specialist 1st Class Brian M. Wilbur/U.S. Navy/Handout via REUTERS

米軍増派は、何も今回が初めての動きではない。最近だけでも4回目になる。

1回目の増派は5月5日に発表され、かなり大規模なものだった。アメリカ東海岸の空母部隊と、さらに戦略爆撃機を派遣した。中東地域における米軍の戦力、とくに攻撃力が一気に強化された。

増派の理由について、アメリカは「米軍に対する脅威が高まった」ことを挙げている。具体的な情報は開示していないが、6月7日にマッケンジー米中央軍司令官が、イランがイラク駐留米軍や船舶への攻撃を計画しているとの情報を得ていたことを明らかにした上で、「空母部隊などを派遣しなければ、イランの攻撃は実行に移されていた可能性が高い」と発言している。

マッケンジー司令官の指摘と重なるように、イスラム革命防衛隊の水上艦艇や潜水艦、地対空ミサイルなどが5月初旬に戦闘準備態勢に入っていたとの情報もあるが、こちらは未確認情報である。

2回目の増派は5月10日。PAC-3部隊と輸送揚陸艦の派遣を発表している。理由は「イランの攻撃準備に対する備え」だった。なお、イランはその2日前の5月8日に、アメリカの経済制裁に対抗して、核合意の一部履行停止を表明している。

増派は最大1万人に達する可能性

戦闘機 航空母艦 リンカーン

3回目の増派では戦闘機部隊と偵察機の増強が行われた。写真は5月20日に航空母艦エイブラハム・リンカーンの飛行甲板で撮影されたもの。

Garrett LaBarge/U.S. Navy/Handout via REUTERS

続く5月24日、3回目となる1500人の増派が発表された。もっとも、そのうち600人はすでに派遣されていたPAC-3部隊の期間延長であり、新たに派遣したわけではなかった。

このときの呼び水になったのは、アラブ首長国連邦(UAE)沖でのタンカー4隻に対する爆弾攻撃(5月12日)と、前述した在バグダッド米国大使館近くへのロケット弾攻撃(5月19日)、さらにはその翌日にイランが低濃縮ウランの製造能力を4倍に拡大すると表明したことだ。

アメリカはUAE沖のタンカー攻撃をイランの仕業としており、米大使館攻撃については公式には犯人を断定していないものの、親イラン派民兵の仕業の可能性を疑っている。実際、その可能性はある。ちなみに、5月15日に米政府は在バグダッド大使館と北部の在アルビル領事館に対し、緊急性の低い業務担当の職員にイラク出国を指示している。

なお、この3回目の増派理由は「脅威の増加に対する防衛のため」で、主に戦闘機部隊と偵察機部隊が増強された。6月17日に発表された1000人増派は、3回目増派の追加措置と言っていい。

もっとも、いくつかの米メディアは国防総省情報筋の情報として、3回目の増派の時点で「合計で5000~1万人の増派が検討されている」などと報じており、今後もイランとの駆け引きの様子を見ながら順次増派を発表していくかもしれない。

イランの大義は「大悪魔」アメリカへの抵抗

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テヘラン市内の広場に置かれたミサイルとハメネイ最高指導者の肖像。このシーア派国家体制のあり方を示しているようにも見える。

Nazanin Tabatabaee Yazdi/TIMA via REUTERS

ここまで見てきたように、今回の1000人を含めた4度にわたる米軍の中東派遣は、直接的にはイランとの緊張の高まりに対応した危機管理の施策だが、それも含めてアメリカ対イランの大きな駆け引きの一局面と見るべきだ。

この駆け引きは互いに相手を非難するかたちでエスカレートし、危険な状況になりつつある。では、なぜいまこのような事態になっているのか?

根本にあるのは「イランの核武装をいかに止めるのか」という問題だ。

イランはもともとシーア派の大義を掲げるイスラム主義国家。カリスマだったホメイニの後継という権威をもって君臨するハメネイ最高指導者を中心に、イスラム保守派が支配する国だ。

宿敵であるイスラエルとの対決、さらにその背後にいてイランが「大悪魔」と呼ぶアメリカへの抵抗は、シーア派の勢力拡大と並び、イスラム保守派権力にとって最重要の大義。そのためにこそ、イランは核・ミサイルの開発を続けてきた。核武装はイランにとって「悲願」とも言えるのである。

イランが核兵器を完成させた場合、イスラエルによる先制攻撃や、イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアの核武装を呼ぶなど、もともと不安定な中東地域が大戦争に向かう可能性がきわめて高い。

そのため、完成まで秒読み段階に入ったイランの核武装をなんとか食い止める方法が、国際社会で模索された。その結果、2015年にイランと国連安保理常任理事国5カ国+ドイツの間で締結に至ったのが、いわゆる核合意だ。

合意の主な部分は、イランのウラン濃縮を制限することだった。イランが開発を進めていた濃縮ウラン型核爆弾は起爆装置の構造がシンプルなため、兵器級高濃縮ウランの製造がそのまま核武装に直結する。要するに、ウラン濃縮を止められている間は核武装を阻止できるというわけだ。

「寸止め」から「芽をつぶす」に転じたアメリカ

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2019年5月、ラマダン(断食月)のさなかに反イスラエルを叫んで集まったテヘラン市民。イスラエルとアメリカはイランにとって対決すべき敵である。

Meghdad Madali/Tasnim News Agency via REUTERS

一方、イランにとっても、核武装まで強行すればイスラエルからの攻撃は不可避で、あまりにリスクが大きい。そこで「寸止め」でウラン濃縮制限を受け入れるかわりに、制裁解除で経済的利益を得る道を選んだ。両者がリスク回避のためギリギリの妥協を図り、核合意は成立したのだった。

その後、イランは国際原子力機関(IAEA)の核査察を受け入れ、合意内容を履行した。合意を破棄して核武装を強行する徴候は見られない。締結各国が合意を順守するかぎり、イランの核武装は阻止できる。

とはいえ、イランはもともと核武装を志向しており、チャンスがあれば実現したいはずだ。現在は当面の戦争回避と経済的利益を優先しているにすぎない。状況の変化次第で核武装に方針を変える可能性もある。

アメリカはそうした将来の危険を完全除去しようとしている。現在の核合意では、ウラン濃縮の「放棄」ではなく「制限」にすぎない。もしイランが方針転換を決めれば、比較的短期間で核武装までたどり着ける。その可能性を潰すため、トランプ政権は現在の核合意より格段に踏み込んだ条件を突きつけ、イランの核武装の潜在能力を放棄させようと考えているのだ。

言ってみれば、アメリカがいま進めているのは、これまでの「核武装を寸止めで凍結させる」から「将来の核武装の芽をつぶす」への方針転換だ。この点について、イランの(イスラム保守権力の)体制転換まで主張する論調も一部にあるが、少なくともトランプ政権はそこまでは主張していない。

いずれにせよ、現在の核合意を超える要求を突きつけることは、合意を順守して核武装を寸止めで思いとどまっているイランを、再び核武装推進に転換させる恐れがある。また、アメリカとイランの緊張激化で軍事的挑発の応酬が続けば、戦争に至る可能性は否定できない。

ハメネイ師の「宗教判断」は状況次第で変わる

ハメネイ イラン

イランの最高指導者アリー・ハメネイ師。2007年撮影。

REUTERS/Morteza Nikoubazl

イランの核武装を回避するという目的は同じながら、目の前のリスクを当面回避すべきという考えと、多少リスクをとっても脅威の芽を根本から摘むべきという考えが、真っ向から対立しているのが現在の関係各国の状況だ。

将来的にどうするかはイランが選ぶことで、他者にはわからない。それも状況により変わると見るべきで、最高指導者のハメネイ師にもおそらく先のことはわからないだろう。

ハメネイ師が安倍首相との会談(6月13日)で「我々は核兵器に反対であり、核兵器製造を禁ずる宗教判断もある」と語ったことが、核武装否定宣言のように一部で伝えられているが、それはいま時点でのハメネイ師の政策判断にすぎない。残念ながら状況が変われば、ハメネイ師の判断次第でまた新たな「宗教判断」が出されるだろう。

アメリカとイランの問題が語られるとき、「イランはこのまま核合意を順守するはず」あるいは「将来にわたって順守するはずがない」という相反する見通しを前提とした論が多く見られるが、専門的分析としてはどちらも間違いだ。いずれの可能性もあることを前提に、現実的なリスク回避策を議論すべきだろう。

筆者自身は、イランが核合意を順守している間は、合意維持が戦争を回避するために現実的だろうとの判断だ。イランが核合意を順守してきたのは紛うことなき事実であり、状況が大きく変わらなければ、当面は維持される可能性のほうが高い。

ただし、イランにとって核合意はあくまでリスク回避が主な動機なので、条件次第でいつでも破棄される可能性があることを忘れてはならない。イランは国内のすべてを公開するわけではなく、密かに国際社会を騙そうと試みることもあり得るため、いずれにしても厳しい監視が必須だ。


黒井 文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

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