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5Gで私たちの暮らしはどう変わるか ── AGCは社会インフラを技術で支える
ここ最近、ニュースなどで取り上げられることが増えてきた第5世代移動通信システム「5G」。日本では、2019年9月のラグビーワールドカップ開催に合わせてプレサービスが開始され、2020年春には商用サービスが始まる予定だ。5Gが本格的に普及すると、私たちの暮らしにはどんな変化が起こるのだろうか。そして、5Gの普及のカギとして期待されている技術とは?5G技術の国際標準化に貢献した東京工業大学の阪口啓教授と、AGC事業開拓部 事業創造グループ マネージャーの榎本康太郎氏に話を聞いた。
5Gは、4G LTEを快適に使い続けるための技術
近年のスマートフォンやIoT機器などの普及により、モバイル通信のトラフィックは爆発的に増加している。2020年には2010年の約1000倍に達するという予測もあり、近い未来には現在の4G LTEでは限界に達することが懸念されるため、5Gが求められているわけだ。
5Gの特徴としては「高速・大容量」「低遅延・高信頼」「同時多数接続」の3つが挙げられる。現在使われている4G LTEとの比較では、通信速度は100倍速くなり、遅延が1/10に抑えられ、10倍の数の機器に接続可能となる。
「5Gは、4G LTEを快適に使い続けるために考え出された技術です。仕組みとしては、4G LTEでも使用している低周波数帯の電波と、ミリ波と呼ばれる高周波数帯の電波を組み合わせて利用します。ミリ波は直進性が強いため途切れやすく使いづらいのですが、高速・大容量を実現できることから、5Gの根幹技術となっています」(阪口教授)
スマートフォンを超えるデバイスが出現し、自動運転が実現
ミリ波の研究を長年続けている東京工業大学の阪口啓教授。2015年には、ITU(国際電気通信連合)が開催した世界無線通信会議(WRC-15)において、5Gでミリ波を使うことを提唱した。5Gの基本的な仕組みを考え出したキーマンのひとりであり、世界の移動通信システムをリードする存在だ。
2020年に商用サービスが始まる5Gだが、徐々にカバーエリアを広げて、2022〜2023年には日本全国に普及する見込みだ。そのとき、私たちの生活にどのような変化が起こるのだろうか。阪口教授はその変化のひとつとして「スマホがなくなる(Beyondスマホが出現する)」ことを挙げる。
「5Gでは、スマホでは表現しきれないほどの情報量の通信が実現します。現在、スマホメーカー数社がフォルダブル(折りたたみ)スマホを発表していますが、これも5G時代を視野に入れた動きです。しかし、フォルダブルスマホも進化の過程に過ぎず、その先はAR(拡張現実)やMR(複合現実)に対応したメガネ型端末が、Beyondスマホとして徐々に普及していくでしょう」
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実際に世界の大手IT企業によるメガネ型端末の開発競争は激化している。ARやMRは、VR(仮想現実)とは異なり、現実の風景に重ね合わせるかたちでデジタル情報を表示する技術だ。スポーツ観戦中にリアルタイムで選手情報を表示させたり、自宅で料理中にプロの調理アドバイスを参照するといったことも可能になる。また、エンタメ用途だけではなく、作業現場でマニュアルを表示するなど、産業用途での活用の可能性も大きい。
5Gの同時多数接続という特徴は、IoTのさらなる進化も加速させる。阪口教授は「人々の健康状態を読み取る生体情報センサーやカメラなどが街中のいたるところに設置され、そこからネットワークを通じて送られた情報を元に、街中にいる個人の健康をAIが診断しアドバイスする。『健康を街が守る』というような仕組みが生まれるでしょう」と予測する。その結果、予防医療が発展すれば、医師不足や医療格差といった社会課題も解決に向かうかもしれない。
クルマの自動運転も、5Gと併せて話題になることが多いテーマだ。阪口教授によると、自動運転は路線バスや送迎バス、物流トラックなど、走行ルートがある程度固定されているサービスから導入を開始。その後、2025年頃からは、自家用車でも自動運転が導入されていく見込みだという。
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「完全自動運転が実現すると、クルマの持つ意味も変化します。単なる移動手段ではなく、オフィスや店舗、さらには居住空間にもなりうるのです。通勤の概念がなくなったり、余暇が増えるなど、社会の根本となる仕組みを大きく変えることになります。その意味では、自家用車の自動運転が実現したときが、5Gの本当の実力が発揮されるときかもしれません」
社会全体で取り組む5Gの本格普及への課題
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5Gの本格普及には課題も残っている。そのひとつが基地局の整備だ。ミリ波を使った基地局はカバーエリアが狭く、狭い間隔で基地局を設置しないと、都市部であっても5Gの電波が届かない不感地帯が生まれてしまう。また、5G時代には、これまでのようにスマートフォンやPCなどだけではなく、電子機器やクルマ、医療や農業用のロボットといったデバイスもネットワークに繋がる。そして、そのそれぞれがデータ送受信用のアンテナを搭載し、安定した通信を行なえるようになることが必要だ。
この社会全体で取り組むべき課題を解決するため、通信キャリアやIT企業にとどまらず、さまざまな企業が5G関連事業へ参入している。ガラスや電子、化学品、セラミックスといった分野で長年蓄積した技術を持つAGCも、既存事業の枠にとらわれず、5G技術への貢献を目指している企業だ。
「社会の中で大きな注目が集まっていて、かつ、AGCの素材や技術が活躍できる新規事業を探していたところ、高い将来性が見込まれる5G関連事業に辿り着きました。AGCグループの長期経営戦略でも、今後の成長エンジンとなる戦略事業のひとつに位置づけて取り組んでいます」(榎本氏)
クルマやIoT機器向けの5Gアンテナを開発
AGC事業開拓部 事業創造グループ マネージャーの榎本康太郎氏。
AGCが力を入れているのは5G向けアンテナだ。中でもクルマ向けに開発したのが、28GHz帯の電波に対応した「車両ガラス設置型アンテナ」。アンテナをガラス表面に設置することでクルマのデザインを損なうことなく5Gに対応できる。
また、クルマ以外の用途も見据え、5G向けの「合成石英ガラスアンテナ」も開発している。透明なため、視認できる場所に設置しても美観や景観を損ねず、視界の遮りも極力抑えられるため、車載用途のほか、建物の内外に設置される基地局のアンテナとしての用途も考えられている。合成石英はさまざまな種類のガラスの中で最も伝送損失が小さく、5Gの電波をより効率的に伝達することができる。
AGCが開発した5G向けの合成石英ガラスアンテナ。超低伝送損失特性に加え、視認できる場所に設置しても美観や景観を損ねず、視界の遮りも極力抑えられることが特徴。
提供:AGC
さらに、IoT機器向けには、「ミリ波向け超低伝送損失フレキシブルアンテナ設計技術」も開発中だ。AGCが開発したフッ素樹脂「Fluon+ (フルオンプラス) EA-2000」とアンテナ設計技術を組み合わせることで、軽量かつ薄型、さらには曲がるという特徴を実現。さまざまなサイズのIoT機器のほか、市街地の建造物や産業ロボットなどにも搭載が期待される。
ミリ波向け超低伝送損失フレキシブルアンテナの試作品。
5Gの発展のためにAGCが目指すこと
さまざまなアンテナの開発を進めるAGCの強みは「業界をリードするフッ素樹脂、合成石英などの素材に加えて、異素材を組み合わせたアンテナ関連技術も自社内に蓄積していること」と、榎本氏は語る。さらにAGCは、プリント基板用材料であるフッ素樹脂の生産を増強したり、プリント基板材料であるCCLの製造を行なう米国企業を買収するなど、積極的な取り組みを進めている。
提供:AGC
「AGCに求められているのは、5Gの基地局やアンテナなどの製品を作るメーカーが求める素材や技術をタイムリーに提供していくこと。これからの社会の重要な基盤となる5Gの世界で、自分たちの役割をしっかりと果たし、5Gと社会の発展に貢献していきたいと考えています」(榎本氏)
5Gが本格普及し、人々の生活が大きく変わる未来はもう「すぐそこ」に来ている。5G関連の話題では、スマートフォンやPCといった個人が持つデバイスに注目が集まることが多いが、基地局やアンテナなどのインフラ部分にも、高度で画期的な技術は数多く潜んでいる。社会を変革する5Gを「陰ながら支えるすごい技術」にも注目してみてはどうだろうか。