世界初「胸にスマホを当てるだけ」呼吸疾患判定アプリが登場。北欧のシリコンバレー、フィンランドから

呼吸器 アプリ オウル大学

オウル大学の研究チームが開発した呼吸機能測定アプリの使用イメージ。

出典:University of Oulu

スマホアプリの世界で、そして同時に医療の世界で、革命的な発明が生まれるかもしれない。

フィンランド北部にあるオウル大学の研究グループは、スマホを使って簡単に呼吸機能を測定するアプリケーションの開発に成功したことを明らかにした。

大病院で1時間かかる検査が、わずか数分で

これまで、ぜん息のような呼吸器の病気を診断するためには、大病院で採用されている「ボディ・プレスチモグラフ(ボディ・ボックス)」という大がかりな機器を使った検査が必要だった。機器の操作は訓練を受けた技術者が行わねばならず、検査にはまるまる1時間かかるうえ、患者はその間チューブをくわえて呼吸しなければならなかった。

ところが、今回オウル大学が開発したアプリは、スマホに搭載された各種センサーや機能を組み合わせることで、「スマホを胸に当てるだけで」(分析処理も含めて)わずか数分で呼吸機能を測定できる。

研究グループを率いるオウル大学のタピオ・セッパネン教授によると、アプリの仕組みは次のようなものだ。

人間の身体は、呼吸が苦しくなると、気道が収縮して空気の抵抗が大きくなるので、より大きな呼吸の動作を行って空気を吸い込もうとする(呼吸努力)。具体的には、ろっ骨の間にある横隔膜と内ろく間筋などを収縮させて息を吸い、弛緩させて息を吐き出すわけだが、当然その動きは胸(胸郭)の動きにも反映される。

呼吸器

人間の呼吸の仕組み。横隔膜(diaphragm)を下げ、胸郭(rib cage)を広げて、息を吸い込み、その逆の動作で息を吐き出す。

VectorMine/Shutterstock.com

アプリは、スマホの内蔵センサーを通じて得られる「胸の動き」の信号データの変化から、気道の狭窄や閉塞の存在を計算して割り出す。人工知能を活用して数々の(無呼吸や低呼吸など)呼吸イベントを学習認識し、どんなパターンに当てはまるかを高い確率で見抜くことができる。

セッパネン教授らはこの手法を「呼吸努力テスト」と名づけ、オウル大学から資金を調達して実証(Proof of Concept、POC)実験に着手。最近、臨床試験に移行した。すでにフィンランド国内の病院からは有望なデータが得られ始めているという。

世界各国での特許出願も済ませ、現在はバリデーション(適格性評価)に向けた資金調達を進めており、数年以内の市場投入を目指している。

「正しい測定法を教える機能」にこだわり

オウル大学 起業支援

オウル大学内の多目的スペース「Tellus Innovation Arena」。靴を脱いで上がるリラックススペース、起業支援に用途を限定したミーティングルーム、カフェなど、イノベーション創発環境が整っている。

Ville Pohjonen/Oulu University

アプリ開発にあたって、オウル大学はヘルステック分野の専門家からも支援を得た。医療診断を目的とするだけに、ユーザーには正しい使用法で正確なデータを計測してもらう必要があるからだ。

このアプリの場合、音声指示に従って、胸の正しい位置にスマホを当てる。続いて、口を閉じて鼻で息を吸ったり吐いたりする。呼吸は大きく、しかしいつもどおりの自然なかたちで。これで上気道(=鼻から鼻腔を経て咽頭、喉頭まで)の呼吸データを得る。

次に、鼻をつまんで口だけで息をして計測を行い、下気道(=気管、気管支、肺)のデータを得る。あとはアプリがデータを分析し、上下の気道ごと、さらには総合的な診断結果が表示される。この間、わずか数分だ。

プロジェクトリサーチャーとしてアプリの市場投入に関わるニイナ・パルム氏は、「自宅で確実に測定を行ってもらうためには、正確な計測法をユーザーに指示する必要がある。私が担当したリサーチのひとつは、『人々にどうやって教えるか』がテーマだった」と強調する。

そうした努力によって自宅でも正確な計測が可能になったことで、効果的な治療と在宅患者の監視が実現した。

ぜん息薬の効果測定はその好例だ。1日に何度でも、どんな時間でも、自宅でも仕事場でも、空気が汚れていてチリやホコリの舞う屋外でも、その場で呼吸器の状態を確認できるから、薬を服用したり医者にかかったり、すぐに対応できるようになる。ぜん息持ちの子をもつ親にとっては(とくに仕事で子どもから目を離す時間の長い親にとって)、心強いかぎりだろう。

「ノキアショック」を乗り越えたフィンランド

ノキア マイクロソフト

2014年4月、フィンランド・エスポーにあるノキア本社の外壁に(携帯電話事業売却先の)マイクロソフトのロゴを据えつける作業の様子。「ノキアショック」は大量の失業者を生み出した。

REUTERS/Mikko Stig/Lehtikuva

セッパネン教授らのアプリ開発はまさにタイムリーな取り組みで、アップルが2018年秋に発表したウェアラブルデバイスの最新機種「Apple Watch Series 4」に心電図計(日本では利用不可)を搭載するなど、ヘルステック市場は大きな成長を遂げるとみられている。

実は、研究チームが所属するオウル大学、その所在地であるオウルは、かつて携帯電話端末メーカーとして世界首位をひた走ったノキアの重要拠点のひとつ。いわゆる「ノキアショック」で地域経済はどん底を経験したが、若手の企業支援を進め、いまや「北欧のシリコンバレー」と呼ばれるまでになっている。

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2018年12月、フィンランド・ヘルシンキで開かれた世界最大級の起業家イベント「SLUSH(スラッシュ)」の様子。登壇者は、通信インフラを軸に復活を遂げたノキアのリスト・シラスマ会長。

Lehtikuva/Heikki Saukkomaa via REUTERS

2019年1月に国際協力銀行とともに投資アドバイザリー会社を設立し、北欧をターゲットとした新たなベンチャーキャピタル(VC)を設立した経営共創基盤の塩野誠取締役はBusiness Insider Japan 編集部の取材に対し、こう答えている。

「これまでプライベートエクイティ(PE)やVCは消費市場として規模の大きな場所に目を向けがちでしたが、最近は小国でも教育水準が高く、知的資本の集積している場所が注目されるようになってきている。新たな知見や技術をどこから取り出すのか、どの都市でそれは生まれるのか。いま世界が見ているのはそこです」

(文・川村力)

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