習近平氏の電撃訪朝はアメリカ「けん制」ではなく「協調」が狙い —— 最優先の貿易協議にらみ

習近平訪朝

6月20日、電撃的に北朝鮮を訪れた中国の習近平氏。金正恩氏は「中朝関係は揺るぎない」と歓待した。

KCNA KCNA/ Reuters

「朝鮮半島非核化の促進を強調し、アメリカ批判を徹底して避けた」

中国の習近平・国家主席の北朝鮮電撃訪問の特徴をまとめればこう表現できる。

突然発表された習近平氏の訪朝(6月20、21日)。その目的について主要メディアは6月28、29日に大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議を前にした「対米けん制」だと報じた。

だが、逆にアメリカとの協調を進め、首脳会談の主要アジェンダ(議題)に、北朝鮮核問題を入れるのが狙いであり、その作戦は成功したと言える。

協議再開は米中朝3者の利益

米朝会談

2019年2月に行われた2回目の米朝首脳会談は、お互いの主張がかみ合わず物別れに終わった。

Handout/ getty

中国の孔鉉佑駐日大使も6月21日就任後の初会見で、米中首脳会談のテーマについて聞かれ、「朝鮮半島問題は米中、日中首脳会談で大きな議題になる」と答えている。米朝関係は2月、ベトナム・ハノイでの第2回米朝首脳会談が物別れに終わった後、こう着状態が続く。協議再開はアメリカ、北朝鮮、中国の3者の共通利益だ。

米中首脳会談で習氏は、トランプ大統領に向けた金正恩・朝鮮労働党委員長のメッセ―ジを伝達するだろう。それが対話再開の糸口になれば、大統領再選を表明したばかりのトランプ氏にとって、再選へのプラス要因になる。引いては米中間でも、こう着状態の貿易協議を「仕切り直し」し、合意に弾みをつけたいところだ。

首脳会談の成否は、議題設定が大きなカギを握る。

アメリカ側は香港で続いた大規模デモを議題にするとも伝えられるが、習氏からすれば議論したくないテーマだ。中国が「内政干渉」と反発すれば意見対立ばかりが目立ち、場合によっては「決裂」の印象を与える。

いかに会談の成果をうたうか。朝鮮半島の非核化問題は、「ウィン・ウィン」を印象付けられる。

「後ろ盾」薄め「仲介役」強調

非核化

5月にも小型ミサイルを複数発射した北朝鮮。トランプ政権内でもミサイル発射に関しては評価が分かれている。

KCNA KCNA/ reuters

中朝関係に戻そう。今回の会談で注目されるのは次の2点。

第一は、中国が対米協調できる面を強調したのが今回の特徴だ。

2018年3月から2019年1月までの過去4回の中朝首脳会談は、米朝首脳会談の前後に開かれた。いずれも北朝鮮の「後ろ盾」としての中国の存在を押し出し、中朝が対米方針をすり合わせることに主眼があった。

中国の新華社通信によると、習氏は中朝首脳会談で、対米批判を一切せず、対話と交渉による進展の必要性を強調したという。習氏は、「国際社会は朝米会談が引き続き成果を収めていくことを望んでいる」という婉曲的な表現で、核問題解決を「後押しする」、つまり「仲介役」としての立場を強調したのである。

北朝鮮の「後ろ盾」としての印象を薄め、アメリカとの対抗関係を和らげようとしたのだ。

完全非核化をめざすトランプ政権と、段階的な非核化を主張する北朝鮮の隔たりは、大きい。中国側はこの点では北の主張を支持している。今回の会談でもおそらく金氏に「段階的な非核化」と「制裁緩和」を支持する発言をしたとみられるが、報道のテキストにはその部分は全く見当たらない。

第二は長期的展望。中国は当事者として朝鮮半島問題に関与する意思を鮮明にした。

習氏は訪朝に先立って、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」への寄稿で「恒久的な安定実現のために遠大な計画を作成する用意がある」と書いた。

中国は朝鮮戦争に参戦した当事者である。「遠大な計画」とは休戦協定の平和協定への転換をはじめ、米朝関係の正常化や、非核化後の朝鮮半島の秩序構築を含む、作業全般に中国側が関与することを意味している。

「協調と対抗」が混在

米中関係

中国にとって対米関係の改善は最優先課題とされる。

Thomas peter/ reuters

米中両国にとって朝鮮半島問題とは何か。

少し遠景から眺めると、両国にとって「協調と対抗」の相反するベクトルが混在する問題だと分かる。米中関係を、中朝関係の「反転投影」とみなすと、実態を見誤る。

「協調と対抗」とは何を意味するのか。

まず「協調」。朝鮮半島の非核化は米中双方の共通利益である。北の核保有は両国にとってともに「脅威」だからだ。

2017年夏には、米中軍事当事者間で「有事には米中が北朝鮮の核を共同管理下に置く」シミュレーションが話し合われたほどである。中国は同年9月、北朝鮮に対する国連安全保障理事会の制裁決議に賛成した。だから米朝首脳会談が実現し、非核化と米朝関係が正常化に向かうプロセスは、米中にとって相互利益である。

一方「対抗」も無視できない。米中パワーシフト(大国間の勢力移動)の進行に伴い、朝鮮半島と台湾は、地政学的にも安全保障上も米中の利益が衝突する政治的「草刈り場」である。

歴史的にもそうだ。日清・日露戦争は、日本と清国・ロシアによる朝鮮半島における利益争奪戦でもあった。その主役はいま、アメリカ米国と中国に代わった。一方、平壌の核・ミサイル開発は、北朝鮮の地政学上の地位を高め、問題を複雑化している。

最優先課題は対米関係

米中貿易戦争

米中貿易戦争によって多くの企業が受ける影響は計り知れない。アップルは生産地を中国から移すことも検討中と報じられている。

Feng Li/ getty

「協調と対抗」の関係は、米朝間と中朝間にも同じように作用しているが、そのバランスを維持するための「さじ加減」は難しい。今回中国は訪朝によって、対抗ではなく協調を押し出したものの、お互い相手の微妙なサインの変化を見定めながら行動しないと、判断を見誤る。

金正恩・朝鮮労働党委員長の4度目の中国訪問が進行中だった2019年1 月、中朝関係が専門の姜龍範・天津外国語大教授は、「中国は北朝鮮との関係強化を進めるが、貿易摩擦を抱えるアメリカとの関係も悪化させたくない」と、筆者に語った。米中が貿易戦争の「3カ月休戦」で合意した直後のことだ。

中国外交にとって最優先課題は対米関係にあり、中朝関係はそれに従属する「副次的課題」である。姜氏によれば、2018年10月の北朝鮮建国70周年に、習主席が平壌を訪問しなかったのも、「関係緊密化の印象を避けるためだった」という。

トランプ政権内の亀裂に着目

ボルトン大統領補佐官

トランプ政権内でも対北朝鮮、対イラン強硬派として知られるボルトン米大統領補佐官。最近ではトランプ氏との間に考え方の違いが表面化している。

Joshua Roberts/ reuters

G20での米中首脳会談では、もう一つの厄介なテーマが待ち構える。こう着状態の米中貿易協議である。5月、合意寸前に北京が「翻意」した具体的な理由は、アメリカ側がインターネットの全面・完全公開や合意内容を検証するためのモニター導入と法改正など4点を文書に盛り込んだためとされる。

中国の主権や発展モデルにかかわる対立だけに妥協は簡単ではないが、トランプ氏は「会談はうまくいく可能性が十分ある」と発言。香港紙は、大阪で6月25日にも米中閣僚協議が再開されると伝えた。

中国は2018年に策定した対米戦略である「対抗せず、冷戦はせず、漸進的に開放し、国家の核心利益は譲歩しない」の「21字方針」を捨てずそのまま維持している。

一方、トランプ政権内では、対中、対イラン、対北朝鮮政策をめぐって、トランプ氏と強硬策を唱えるペンス副大統領、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)ら「タカ派」との間の亀裂が表面化しており、北京はそれに着目している。

対北朝鮮、貿易問題でも、中国は両者の分断を狙った「くせ玉」をだすかもしれない。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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