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就活で面接などの採用選考が解禁された。Business Insider Japanのこれまでの取材では、就活セクハラ被害者の7割が誰にも相談できなかったと答えている。学生たちを守るべき大学にすら、不信感を抱く学生が多いのだ。
しかし、大学がすべきこと、大学にしかできないこともある。動き出した職員と学生に話を聞いた。
大学職員が企業に交渉
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東京の私立大学で20年間、就職課の職員として働いてきたAさん。女子学生から就職活動中のセクハラに悩んでいると相談があったのは、今から数年前だ。 相手は学生が選考を受けている企業の、人事を担当する男性だった。
女子学生が「履歴書の添削をしてあげる」と言われ会社へ行くと、「お酒は飲める?」「彼氏はいるの?」と執拗に聞かれた。 個人的に食事に誘われるようになりすべて断っていたが、やがて毎日のように、多いときは1日10数件もメールが入るようになる。内容も「付き合おう」「ホテルに行こう」などエスカレートしていったそうだ。深夜に電話が鳴ることも多かったという。
Aさんは相談を受けてすぐ、学生と人事担当者のメールのやり取りや着信履歴を元に、これまでの経緯と要望を書いた資料を作成。相手企業に出向いた。 要求したのは、以下だ。
・ 男性が今回の被害学生だけでなく、すべての就職活動を行う学生に同様の行為をしないよう配慮してほしい
・ 男性がストーカー行為に発展する懸念があるため、今回の相談を本人に知られないように対応してほしい
「後輩に同じ思いをしてほしくない」から
「他の人に同じ思いをさせたくない」、就活セクハラ被害にあった多くの学生から同じ言葉を聞いた(写真はイメージです)。
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当時、女子学生はすでに男性の電話やメールアドレスを拒否設定しており、連絡を取っていなかった。その会社に就職するつもりもなかったという。
「それでも彼女が大学に相談してくれたのは、『後輩たちに同じ思いをさせたくない』という一心でした。男性の謝罪も求めていなかった。 勇気を出して話してくれてありがとうと言いました」(Aさん)
あえてアポイントメントなしで企業を訪ねたため、当日は「検討します」という返答だったそうだが、翌々日には企業の役員が複数名で大学を訪れ、謝罪があった。
男性が事実関係を認めたため、厳重注意した後、始末書を提出させたという。 企業は大学からの相談ということをふせ、「噂がある」と男性に尋ねたそうだ。
大学の要望を元に、企業は以下のような対策をとった。
・ 男性を採用担当からはずす
・ 女子学生の履歴書はシュレッダー処理、電話番号なども男性の携帯から消去させ連絡先が分からないようにする
・ 男性がすべての採用情報にアクセスできないようにする
・ グループ全体で同様のことがないよう、徹底する
学生を矢面に立たせてはいけない理由
学生から相談を受けたときどうするか、大学も真剣に考える必要がある(写真はイメージです)。
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女子学生はその後は被害にあうこともなく、企業の対応には満足しているという。
だが、Aさんは大学としてもっとできることがあったのではないかと悔やんでいる。
「相手がストーカー化する可能性もあったので、彼女が訴えたことがバレないように細心の注意を払いました。本当はセクハラがあったということを企業名も合わせて大学内で公表した方がいいのでしょうが、プライバシーの問題もあってなかなか難しい。
学生から相談をされたときにどうすべきか、教授や職員間でもっと協議する時間を設けたくても、“経緯をまとめてファイルに閉じて終わり”というのが現状です」(Aさん)
今回の対応も大学全体の方針ではなく、Aさん個人が判断し、上司に許可を得て行ったことだ。「正直、誰に相談するかで、大きく対応は異なると思います」という。
Aさんはこれまでも、内定時期に雇用契約にないアルバイトをさせたり、履歴書に支持政党を書かせるなど、就活中に違法性が疑われる企業に対して、学生との間に入って交渉してきた。「なぜ大学が口を出すんだ」「だったら採用しないぞ」などの脅し文句を言われることも少なくなく、学生を矢面に立たせないことの大切さを痛感している。
被害事例を対策も含めて紹介
学生がどうしたいのか、しっかり耳を傾けることが大切だ(写真はイメージです)。
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一方で、大学教授が学生に「あの企業は受けるな」などと「アカハラ」をすることもあり、就活に関しては大学内外ともに改善すべき点が多数あると感じているという。
「ハラスメントの問題を学生個人に対応させるのは酷です。大学がやるべき。学生には『困ったら来てね』といつも言っています。普段から関係性を築いて、相談しやすい環境をつくることが大切だと思います。
どんな大学でもできることとしては、被害事例を紹介することです。就活セクハラに関して大学関係者は知っていても、学生本人は意外と知りません。それと住友商事などが被害をきっかけにどんな対策を取っているかも合わせて教えてあげるといいと思います。たとえ他の企業でも、学生がそのルールと異なる要求をされたときに『あれ、おかしいな』と判断する基準にできますから」(Aさん)
住友商事は元社員がOB訪問を受けた女子大学生に対し、準強制性交などの疑いで逮捕されたことをきっかけに、再発防止策をとった。飲酒、入社3年未満の社員のOB訪問、OB訪問マッチングアプリの利用は禁止。OB訪問の対応は平日13時〜18時で、社内施設が原則。事前に上司や人事部に届け出が必要だ。
学生を加害者にしない教育と企業への働きかけを
キャンパスの性暴力を考えるシンポジウムで話す谷虹陽さん。
提供:取材協力者
大学生自身も動き出している。
慶應義塾大学文学部4年の谷虹陽(こうよう)さんは、5月に「キャンパスにおける性犯罪の防止に取り組む慶應義塾大学有志の声明」を発表した。前出の逮捕された住友商事元社員は慶應のOBだ。
谷さんは数人の同大教授らと共に呼びかけ人となり、性犯罪防止のため新入生や在学生に向けたガイダンスを行うこと、学生が安心して就活できるようOB訪問中の性的暴行に対する声明を出すことなどを大学に要求し、署名を集めシンポジウムを開催してきた。
谷さんは言う。
「大学のWebサイトで『就職に強い大学』をうたい、OB・OG訪問のために卒業生の情報を提供すると明記している以上、何かしらの対策を取るべきです。加害者を出さないような教育はもちろん、企業にも二度とこういうことがないよう大学から要求してほしい。学生も大学が自分を守ってくれると分かれば安心するし、相談だってしやすくなるはずです」(谷さん)
学生の相談にどう対応したか? 文科省が調査も
6月21日に谷さんらが企画したシンポジウムのパンフレット。当日は学内外から約80名が参加した。
撮影:竹下郁子
在校生、卒業生、教員が参加できる署名には670人を超える賛同者が集まっているが(6月25日時点)、「母数を考えるとまだまだ」と谷さんは言う。
呼びかけ人に名を連ねた学生は、谷さんただ1人だ。
「出る杭は打たれる世の中ですが、活動へのバッシングは意外と少ないです。僕が男性というのもあるでしょう。同時にあまり話題になっていないからかな、とも。関心のない層にどうアプローチするかが今の課題です。
大学は飲酒事故の予防には尽力していますが、それに比べて性暴力を防ぐための取り組みは非常に少ないです。性暴力を許さないという、明確な意思表示が必要です」(谷さん)
署名は6月いっぱいまで受け付けている。
就活セクハラへの大学の取り組みに関しては、文部科学省も以前から調査してきた。2018年度の調査で就活セクハラを学生から相談されたことがあると回答したのは、1091の大学中、55校。全体の5%だ。40校は無回答だった。
担当者によると今後は、「相談された場合にどのような対応を取ったのか」なども調査項目に追加することも検討しているという。
大学も一層、その姿勢を問われるようになるだろう。
(文・竹下郁子)
就活セクハラのアンケート調査にはこれまで660人を超える方にご協力いただきました(2019年6月26日時点)。引き続き就活セクハラの実態をお聞かせください。ご協力をお願いします。