マサチューセッツ工科大学(MIT)のラファエル・リーフ学長。
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関税制裁の強化や特定企業への輸出制限、製品利用禁止など、トランプ政権が中国への締めつけを強めるなか、欧米や日本の企業も自社ビジネスへの影響を恐れ、同政権への追随をやむなくされている。
「村八分」とも言える中国排除の流れのなかで、世界を代表する学府の1つ、マサチューセッツ工科大学(MIT)のラファエル・リーフ学長が、学生や教員、卒業生らのコミュニティーに向けて発したメッセージが「研究者魂を見た」「涙しかない」などと話題になっている。
以下に、全米市民の胸を打った核心部分を翻訳引用する。
私が感じている失望をいま分かち合いたい
世界で「村八分」状態のファーウェイ。日米韓が部品の5割を供給しているとの報道(日本経済新聞)もあり、アメリカによる輸出禁止措置の影響は深刻だ。
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MITがアメリカと同じように繁栄してきたのは、世界で最も優秀な人材を引きつける「磁石」であり続けてきたからだ。ここは、あらゆる文化や背景を持つ人びとが互いに刺激を与え合い、未来をともに創造するグローバルな研究所である。
今日、私は、中国系のMITコミュニティーの仲間たちにとって、痛ましいほど関わりのあるいくつかの状況について、私が感じている失望を分かち合わなければならないと感じている。彼ら彼女らはいずれも大切な友人や同僚であり、だからこそ、いま置かれた状況とその背後にあるより大きな国家的文脈を、私たちはみな自分ごととして考えなくてはならない。
アメリカと中国が緊張の高まりに直面するなか、米政府は、個人による学術スパイ容疑事件について幾度も深刻な懸念を表明してきた。いずれも、ハイテク分野の知的財産を獲得しようと組織的に取り組む中国政府のしわざだと広く理解されている。
私は(国防総省も出資する)MITリンカーン研究所をはじめとする研究所の所長でありながら、これらの事件をいま以上に国家安全保障上の深刻な問題ととらえることができない。学術スパイの危険性についてよく知っているし、MITもスパイ行為を防ぐために用心深い方策を確立してきたからだ。
いずれにしても、こうしたリスクを管理する際には、根拠のない疑いと恐怖が支配する毒々しい雰囲気を生み出さないよう、細心の注意を払わなければならない。全国の事例を見ると、確かに少数の中国系研究者が不誠実な行動をしていたかもしれないが、それらは例外であり、常習的にそうしたことがあったとはまったく言えない。
MITの精神と理想が蝕まれつつある
2019年6月17日、中国・深センにある通信機器大手ファーウェイの本社でパネルディスカッションに参加した、MITメディアラボの創設者ニコラス・ネグロポンテ(中央)とファーウェイの任正非・最高経営責任者(CEO)。
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教員、ポスドク、研究スタッフ、学生たちと話していると、政府機関とのやり取りのなかで、中国系であるというだけで不公平に監視され、汚名を着せられ、いらだっているのを感じている。
MITコミュニティーが掲げる相互協力の精神と寛容の理想から、これほどかけ離れたことがあるだろうか。もっと言えば、それはすでに蝕まれつつあるのではないか。
中国人や中国系アメリカ人の同僚からそのような報告を聞かされるのは胸が痛む。学者、教師、メンター、発明家、起業家として、彼ら彼女らは私たちのコミュニティーの模範的なメンバーであるだけでなく、アメリカ社会に多大なる貢献を果たしてきた。にもかかわらず、あろうことかその報いは世間からの不信と軽蔑だったと、彼ら彼女らは感じている。この現実に、私は深く悩んでいる。
MITのグローバルコミュニティーと、そこで自由に飛び交う科学的アイデアの計り知れない価値を直接知っている私たちは、こうした同僚たちの苦しみが、アメリカが世界に向けてやかましく発信を続けるシグナル、あるいはメッセージの一部と受け止められていることを理解する必要がある。
長期化するビザ発行の遅延。宗教、人種、民族、出身国などの理由で、移民や自分たちとは異なるさまざまな集団に向けられる酷烈な言葉の数々。そうした行動と政策があいまって、アメリカは門戸を閉ざしている、言い換えれば、アメリカは世界で最も意欲的で創造的な個人を惹きつける「磁石」たることはもう目指していない、というメッセージを強く打ち出す結果になっている。
このようなメッセージは、アメリカがこれまで成功をおさめてきたやり方とは異なると私は思う。MITが成功してきた方法ともまったく異なると確信している。アメリカにとっても、MITにとっても、長期的な視点で見たときに甚大なコストとなると考えるべきだ(中略)。
アメリカにとっての移民は「人間にとっての酸素」
マサチューセッツ州ケンブリッジにあるMITのキャンパス。過去80人超のノーベル賞受賞者を出した名門。
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2019年5月、世界はまばゆいほどの創造力をもつひとりの天才を失った。
建築家のI.M.ペイは、1940年のMIT卒業生だ。上海と香港で育ち、17歳のときに教育を求めて渡米。ボストンからパリ、中国からワシントンD.C.、もちろん私たちのキャンパスにも、象徴的な建築遺産を残してくれた。
ペイ本人の説明によると、彼はその生涯を意識的に「中国出身者」として生き続けた。しかし、彼が102歳でこの世を去ったとき、ボストン・グローブ紙は「彼の世代で最も著名なアメリカ人建築家」と評したのだった。
やはり移民である私にも居場所を用意してくれた、アメリカのこの素晴らしい社会システムのおかげで、これらの事実は(ただの事実ではなく)同時に真実として存在し得ている。
2019年2月、旧正月を祝うニューヨーク市内のチャイナタウン。中国系アメリカ人だけでなく、旅行者や他のニューヨーク市民も参加する。移民の存在こそがアメリカの強み、MITのリーフ学長はそう強調する。
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私自身が40年間の研究生活を送って気づいたのは、大学の隠れた強みは、毎年秋になると新しい学生たちがキャンパスにあふれ返ってリフレッシュされることだ。
同じことは、アメリカの精神についても言える。情熱的なエネルギー、大胆さ、創意工夫、そしてより良い生活を求める人びとの熱意 —— そうしたものを持ち込んで、絶えず刷新をもたらしてくれる移民の存在こそが、アメリカの強みなのだ(中略)。
私たちが生きるような国では、移民は一種の酸素のようなものだ。呼吸のたびに新しい酸素が入ってきて、身体全体を再活性化してくれる。つまり、社会として、移民に機会を与えれば、その見返りとして、私たちがシェアする未来に活力を与える燃料を受け取れるのだ。
この知恵が、私たちMITコミュニティーの生活と仕事の指針になると信じている。そしてまた、それがこれまでと同じようにアメリカの指針としても機能し続けることを願っている。
(文・訳責:川村力)