ひとつの企業から輩出された優秀な人材たちとそのネットワークは、IT業界のスラングで「◯◯マフィア」と呼ばれる。代表例はなんといっても、イーロン・マスクやピーター・ティールを産んだペイパルだ。
日本ではリクルートも人材輩出企業として有名だが、ここのところ、気になるスタートアップ起業家の出身企業として目立つIT企業がある ── DeNAだ。なぜ、DeNA卒業生たちの起業が今、注目を集めるのか?
DeNAマフィアの“溜まり場”に潜入
ライブ配信プラットフォーム「ミラティブ」を創業した赤川隼一も、DeNA出身者だ(写真はベンチャーの祭典「Start Venture Festival」で撮影)。
“DeNA卒業生”たちによる起業が目立っている。
直近では、2019年2月にライブ動画配信サービス「ミラティブ」が総額35億円の資金調達をしたことが話題になった。創業者の赤川隼一はDeNAマフィアのひとりだ。
他にも、“デートにコミットする”デーティングアプリ「Dine」を創業した上條景介や、「完全食」をうたう食品ベンチャー・ベースフードの橋本舜など、ベンチャーの最前線で活躍する人材が多い。
6月上旬、渋谷。DeNAマフィアたちの“溜まり場”になっているバーがあると聞き、訪ねてみた。ひっそりとした雑居ビルの階段を登っていくと、シックな雰囲気の店内に、20人ほどの学生たちが集まり、ガヤガヤと飲みながら話をしたり、キャリア相談をしていて、少し驚く。
START BARでは、学生たちが無料でキャリア相談などをできる。仕掛けたのはDeNA出身者たちだ(左奥はDeNA卒業生でクラフトビール製造・販売のTRYPEAKS代表取締役 山口公大)。
このバー「START BAR」の仕掛け人は、採用コンサルなどを手がけるライトマップ代表取締役の鈴鹿竜吾。彼ももちろん、DeNAマフィアのひとりだ。
START BARは毎週2回、学生向けに完全招待制で開かれている。優秀な学生と出会える場として、会社側から協賛を受け、学生側は基本的に無料で利用できることが特徴だ。
学生向けのイベントなどが開かれていない日は、普通のバーとしても利用でき、DeNA卒業生たちの社交の場として使われてもいるそうだ。
学生たちが去ったあと、ぽつり、ぽつりとDeNA卒業生たちが集まってきた。鈴鹿を含め、7人が同窓会を兼ね、取材に応じてくれた。
元Dに自己紹介はいらない
取材に応じてくれた「DeNAマフィア」たちは、全員が起業に携わる。このバーに集まることもよくあるという。
「元Dってなった瞬間に、自己紹介はいらないよね」
DeNA2012年入社組の小見山薫(オリジナル結婚式のプロデュースなどを手がけるスペサン副社長)がそう語ると、隣にいた秋元里奈(農業支援ベンチャー、ビビッドガーデン社長)が大きくうなずく。
元Dというのは、DeNA卒業生を指す言葉だ。
「(DeNA卒業生は)気持ちがいいんですよね。粘着質でもドライでもなく。言いたいこと言い合えて、ムカついたらムカつくって言えて、でも縁は切れなくてすごく仲が良い。みんなそんな感じ」
前述の鈴鹿は、そんな風にも形容する。
撮影の間、レベルの高い「しりとり」に興じていた皆さん。
確かに7人の会話をこっそりと聞いてみると、まるで部活の仲間同士のような距離感だ。遊び半分にしりとりをすれば、そこに出てくるのはほぼ全てがビジネス用語。より難解な用語を切り返すと、おぉー、と歓声があがる。
小見山は、DeNAマフィアたちが卒業後もお互いに仕事をし合えるのは、「DeNAクオリティ(通称DQ)」という共通した価値観を持っているからだ、と熱っぽく話す。
DQとは、「こと」に向かう・全力コミット・2ランクアップ(視座を2ランク高めて考えること)・透明性・発言責任の5つから成る、DeNAの全社員が持つべき行動規範だ。
人事制度もこのDQをもとに運用されるといい、社員同士で「DQを高めるにはどうすればいいか?」「お前それDQ低くない?」という会話が交わされることもよくあったという。
「DQが高い人ほど起業する。そして起業した人ほど、自分のアイデンティティはDeNAにあるよね、っていう人がすごく多い」(小見山)
「お前の空気代、高いんだけど?」
ライトマップが開催したベンチャーのキャリアイベント「Start Venture Festival」の様子。DeNA創業者の南場智子による基調講演は、立ち見が続出するほど多くの聴講者が集まった。
もちろん、絆の強さの理由はその行動規範があるからというだけではない。
ビジネスで結果を出すという過酷な状況をくぐり抜けてきた“戦友”だからこそ、マフィアたちは卒業後もすぐに打ち解けられる。
話の中でやはり特に熱を帯びるのが、そのカリスマ性でDeNAを牽引してきた創業者・南場智子の“伝説エピソード”だ。前述の上條からは、こんな話を聞いた。
DeNAの本社がある渋谷・ヒカリエ。ここで日々さまざまなドラマが繰り広げられている。
Shutterstock
気さくな性格ながらも、プロフェッショナルとして非常にシビアに成果を評価したという南場。 上條が在籍した当時の南場は、成果を出さない者には「お前なんで空気吸ってんの? お前の空気代、高いんだけど?」という無言の圧を感じるくらいストイックだった、という(実際に言われたわけではない)。
上條はその後、ソーシャルゲームをヒットさせ、大きな売り上げを出す。その時エレベーターで南場と乗り合わせ、言われた言葉は「上條、最近調子いいらしいじゃん」。
あれは嬉しかった、と上條は噛みしめるように振り返った。
上條は、もちろん自分が好きでやってたことなんですが、と言い添えつつ、こう続ける。
「(DeNAでは)死ぬほどハードに仕事をやってきたので、あれ以上ハードなことはない、といえる。当時の上司からは『ツラくても逃げるな』と言われたけれど、今は当時と比べても逃げようと思うほどツラくないですね(笑)」
「ソシャゲのDeNA」築いた黄金世代
着せ替えできるアバターがついたことで大流行した「モバゲータウン」。
画像:DeNAウェブサイト
もう一つ、近年DeNAマフィアが目立っている理由として「ソーシャルゲームのDeNA」を築き上げた“黄金世代”が独立・起業するようになってきているから、という点も挙げられるだろう。
なかでも後輩から憧れの存在としてあげられるのが、2008年入社組だ。START BARを立ち上げ、DeNAマフィアたちの“ハブ”になっている鈴鹿竜吾や前述の上條ほか、ソーシャルゲーム開発などを手がける「アカツキ」代表取締役の塩田元規や、障がいを持つ人たちの就職支援などを行う「LITALICO」取締役の中俣博之も2008年入社だ。
彼らが入社した当時、DeNAは携帯電話向けポータルサイト「モバゲー」の会員数が1000万人を突破し、まさにモバイルインターネットの春を謳歌していた。
その後、世界にはスマホシフトの波が起き、DeNAもその大変革に巻き込まれる。 今ベンチャーの一線で活躍しているのは、その変革のなかでひと旗上げようと集まった、ある意味“濃い”メンバーたちだというわけだ。
とはいえ、その遺伝子が途絶えているわけでもない。「すでに経営層が社員の名前をバイネームで言えないくらい(大企業)」になっていたという2013年に入社した秋元里奈も、のちに起業。「割合は減っているけど、(起業している元社員の)絶対数は増えていると思う。(起業の)エコシステムが回っているんですよね」(秋元)と語る。
DeNAがDeNAマフィアを促進
DeNAの次の事業のカギを握るのは、DeNAマフィア?
TK Kurikawa / Shutterstock
「入社前から、そもそも3年でやめて起業するつもりだった」取材にはそう答えた人も多い。そしてそんな空気は、周りにもポジティブに波及していく。
「みんなが起業してたから、(起業を)あんまり怖いことには感じなかったかな」
『ダメOLの私が起業して1年で3億円手に入れた方法』という著書を持ち、スマートメディア社長の成井五久実も、そう振り返る。成井も起業の際、先に起業していた同期からテクニカルなサポートを受けたそうだ。
「周りを見れば、すぐに相談できる仲間がいる。起業した時はゲンキ(アカツキ・塩田元規)に『税理士ってどうするんだっけ?』と聞きました(笑)」(上條)
精神面でのつながりも強ければ、DeNAマフィア同士で事業を立ち上げることや、資本関係を結ぶこともありえる。例えば「START BAR」を運営する前述のライトマップは取締役にLITALICOの中俣博之がいる。「食べチョク」を運営するビビッドガーデンは、アカツキの塩田元規から出資を受けている。
DeNAは2019年5月、出資総額が約100億円のファンドを設立すると発表した。
出典:DeNA
その目的は、DeNA社員そして社内外の独立起業支援。いわば「DeNA自らがDeNAマフィアたちを応援する」格好だ。
DeNAの売上高と営業利益推移。
出典:DeNA
DeNAの売上高はこの5年、横ばいが続いている。2019年3月期の通期決算の資料で触れているとおり、次の柱を作り出すための「積極的な成長投資」が必要だとの認識だ。
これからDeNAマフィアたちの事業がより大きく成長し、そこにDeNAも積極的にかかわっていく……この構図が実現するならば、このファンドが単なるキャピタルゲインにとどまらないメリットを両者にもたらす可能性は、十二分にあるだろう。
(敬称略)
(文・写真、西山里緒)