「オール微生物由来素材」ヘッドホンのプロトタイプ。
VTT
微生物まわりが何やらにぎやかになってきた。
藻の一種ミドリムシを原料の一部に使ったバイオ燃料の開発を進めてきたユーグレナは、6月1日に世界で初めて乗用車の公道走行を成功させた。
新たなタンパク質を分子レベルでデザイン、その遺伝子を組み込んだ微生物を培養して新たなタンパク質を生成し、線維化することで、石油に依存しない新素材を開発したスパイバー(Spiber)。6月20日には人気アウトドアブランドTHE NORTH FACE(ザ・ノース・フェイス)から新素材を組み込んだTシャツの発売が発表された。
ヘッドホンに採用された6つの新素材
「オール微生物由来素材」ヘッドホンの各部品。開発プロセスでの失敗作(一目瞭然の型崩れ部品)も含まれている。
VTT
そしてフィンランドでは6月24日、普通の発想ではなかなか思いつかない、斬新な製品のプロトタイプが完成したことが発表された。「オール微生物由来素材ヘッドホン」だ。
フィンランド国立技術センター(VTT)と同国の首都ヘルシンキに本拠を置くアアルト大学、民間デザイン会社のアイヴァン(Aivan)を中心としたプロジェクトチームが開発を進めてきた。
日本のユーグレナやスパイバーの開発思想と同様、製造段階で二酸化炭素(CO2)が発生して地球温暖化につながる化石資源由来の素材を、微生物由来の素材によって置き換えることで、持続可能な社会を実現するのが目的だ。
バイオテクノロジーの発展により、遺伝子の組み換えなどの技術を使って、燃料や食品タンパク質、医薬品、バイオプラスチック、バイオポリマー(重合体)などさまざまなものをつくり出すことができるようになり、その成果として生まれた6つの新素材がヘッドホンに採用された。
【音響透過部】スピーカーを覆うメッシュ
クモの糸に似た微生物由来の合成絹糸でつくられた高機能メンブレン(多孔質膜)
クモの糸のような合成絹糸でつくられたメンブレン(多孔質膜)の開発プロセス。
出典:VTT YouTube Channel
【硬質部】ヘッドバンドやアームなど
イースト(酵母)菌によって生成された乳酸を使った、生分解性(廃棄時、自然界に存在する微生物の働きで完全分解される)のポリ乳酸プラスチック素材を3Dプリンタで出力造形
従来のプラスチック部品を乳酸由来の素材に置き換えるプロセス。
出典:VTT YouTube Channel
【皮膚との接触部】カバー
糸状菌(いわゆるカビ)の菌糸体。皮革そっくりの質感をもつ
従来の皮革部分をカビ由来の素材に置き換えるプロセス。
出典:VTT YouTube Channel
【イヤーパッド】
糸状菌の一種である「トリコデルマ・リーセイ」とセルロースからつくられた泡状のタンパク質。「ハイドロフォビン」と呼ばれるこのタンパク質は、天然由来の界面活性剤で、きわめて安定的な発泡体を生み出す
イヤーパッドに使う発泡体の形成(0:58頃から)を含むプロジェクトの紹介ムービー。
出典:VTT YouTube Channel
石油由来素材が使えなくなる日は近い
今回のプロトタイプには電気系統が含まれず、一種のモックアップ(実物大の模型)にとどまっている。国や民間のファンドから資金提供を受けて研究開発が行われ、製造コストも商品化レベルには達していないとみられる。その意味では、微生物由来の素材の可能性や地球環境の持続可能性についての啓発プロジェクトとしての要素が大きい。
大阪で行われた主要20カ国・地域首脳会議(G20)。「大阪宣言」には、プラスチックごみの海洋流出防止への取り組みが盛り込まれた。
Pool/Getty Images AsiaPac
とはいえ、6月28、29日に大阪で行われた主要20カ国・地域首脳会議(G20)で、プラスチックごみの海洋流出を2050年までにゼロにする目標を導入することで各国が一致(大阪ブルー・オーシャン・ビジョン)するなど、化石資源由来の素材が社会から淘汰される日は間違いなく近づいている。
G20大阪宣言を機に、微生物由来の素材や燃料研究に世界中で拍車がかかるだろう。本記事を読んで、フィンランドの取り組みが「オール微生物由来とはいえ、まだ模型つくっただけじゃん」などと感じた人は、時勢をまったく読めていないので、ぜひ意識改革をオススメしたい。
ヘッドホンのプロトタイプと、開発プロセスにおける成功/失敗事例、プロジェクトに密着したドキュメンタリーフィルムが、2019年9月に開催される「ヘルシンキ・デザインウィーク 2019」でお披露目される。
(文・川村力)