板門店の米朝首脳会談は単なる“一大政治ショー”「北朝鮮の非核化は非現実的」と脱北高官

米朝首脳会談

電撃的に行われた板門店での3度目となる米朝首脳会談。米朝双方で事前に水面下でどこまでの交渉が進められていたのか。

Reuters/ Kevin Lamarque

「でっかい考えは、できるだけ早く、でっかい行動に変換する必要がある。さまざまな言い訳で前進をためらってはいけない」

「とにかく、あなたは行動を起こす必要がある。問題が発生したら、その時点で解決に取り組めばいい」

アメリカのトランプ大統領は自書『Think Big and Kick Ass: In Business and in Life』(邦題:大富豪トランプのでっかく考えて、でっかく儲けろ)でこう述べている。

この「即時の行動主義」を唱える言葉通り、トランプ大統領は6月29日、Twitterを使っての“即興”で、金正恩朝鮮労働党委員長に非武装地帯(DMZ)での会談を呼びかけた。そして翌30日に、朝鮮半島の南北分断と対決の象徴である板門店でド派手な「一大政治ライブショー」を敢行した。

大衆受けを狙ったり、交渉を有利に進めたりするための「サプライズ」演出を好むトランプ大統領の真骨頂となった。

板門店での事実上の3回目の米朝首脳会談では、トランプ大統領が「伝説に残るような極めて歴史的な日」と自画自賛すれば、金委員長も「良くない過去を清算し、今後、良い未来を開拓しようという大統領の勇断の表現だと思う」と手放しで持ち上げた。

欧米メディアの中には、今回の会談を「summit(首脳会談)」と呼ぶのに抵抗があるのか、単なるmeeting(会合)のほか、「ボーダー・ランデブー(国境での逢い引き)」「DMZランデブー」と書いているメディアもある。

いずれにせよ、トランプ大統領は2020年11月の大統領再選を意識して、歴代大統領が成し得しえなかったレガシーづくりに意欲を見せている。しかし、これで北朝鮮の非核化が本当に実現できるのか。果たしてこれで対立と緊張が続いていた朝鮮半島に、本当に真の民族的な和解と平和繁栄をもたらすことができるのか。

訪朝した初めての米大統領

米朝首脳会談

北朝鮮に足を踏み入れた米大統領はトランプ大統領が初めて。再選を意識した政治パフォーマンスなのか。

Reuters/ Kevin Lamarque

アメリカの現職大統領として北朝鮮に足を踏み入れたのは、トランプ氏が初めてだ。

そもそも1983年のレーガン大統領(当時)の訪韓以降、アメリカの歴代大統領はジョージ・H・W・ブッシュ元大統領を除き、韓国を訪れた際に北朝鮮との間に引かれたDMZを視察するのが慣例となってきた。つまり、レーガン、クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、オバマの各大統領はいずれもDMZを視察した。唯一例外のジョージ・H・W・ブッシュ元大統領も、レーガン政権の副大統領としてDMZを訪問している。

トランプ大統領も2017年11月の初の訪韓時に、大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」に乗ってDMZへ向かおうとしたが、濃霧のために断念した。

アメリカの現職大統領はDMZを視察する際、兵士が着用する「ボマージャケット」を着る慣例だが、スーツ姿で行ったのもトランプ大統領が初めてだ。

板門店会談への評価

ハノイ、米朝首脳会談

2019年2月、ベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談は決裂に終わった。北朝鮮にとっての思惑は大きく外れた。

Reuters/ KCNA KCNA

今回の板門店での米朝首脳会談について、同行した韓国の文在寅大統領は、「トランプ大統領の大胆な提案により、歴史的な対面が実現した。大統領の果敢で独創的なアプローチに敬意を表す」と称えた。

では、北朝鮮側の専門家の見方はどうか。東京都小平市にある朝鮮大学校の李柄輝(リビョンフィ)准教授は、トランプ大統領と金委員長の板門店での会談の可能性がすでに大きく取り沙汰されていた6月29日午後に同校で行われたシンポジウムで、次のように述べた。

「何かワンポイントで歴史が変わるということは決してないと思う。しかし、歴史の変化の中には必ず記憶されるワンポイントがある。もし明日それが実現すれば、そのような場面になると思っている」

「レーガン以降のアメリカの歴代大統領は南を訪れれば、必ずDMZに行って演説をしてきた。そして、これまでの演説はすべて北に対する挑発的な演説だった。

しかし今、トランプ大統領はそのようなアグレッシブな言葉を発するとは到底想像できない。あの場で北に向けて、融和的な演説をするだけでも、私は時代の変化や歴史の変わり目を世論に訴える一つの力になると思っている」

北朝鮮は、決裂に終わった2月末のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談以降、米朝交渉の長期化と制裁解除の見通しが立たない中、国内的には自力更生を強調する一方、外交面では中国とロシアという隣国との対米協調関係を強化してきた。

また、膠着していた米朝関係を打開しようと、金委員長はトランプ大統領に誕生日祝いのカードを送るなど「親書外交」を展開してきた。今回の板門店での米朝首脳会談は、トランプ大統領を照準に定めた北朝鮮の「トップ外交」が実を結んだといえる。金委員長にしてみればしてやったりだろう。

脱北エリート外交官の警告

北朝鮮問題

3年前に脱北したエリート外交官、太永浩氏は講演会で、「北朝鮮問題解決の方法原則が一変した」と語る。

撮影:高橋浩祐

今回の会談で米朝の両首脳は、2、3週間以内に交渉チームを立ち上げ、停滞する非核化協議を再開させることで一致した。しかし、「悪魔は細部に宿る」とのことわざの通り、今後も米朝高官協議は難航することが予想される。

北朝鮮から3年前に韓国に亡命したエリート外交官、太永浩(テヨンホ)元駐英公使(56)が北朝鮮の核戦略のしたたかさを説き、交渉の前途多難さを指摘している。

太氏は6月、日本で発売開始された著書『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』のPRを兼ねて来日。都内で行われた講演で、金委員長は日米韓に対する核の恐喝で、2018年には「非核化が先か、平和が先か」の二者択一を突きつけ、結果として、「非核化よりも平和が先」という雰囲気の醸成に成功したと指摘した。

具体的には、南北の両首脳が署名した2018年4月の「板門店宣言」と9月の「平壌宣言」によって、北朝鮮問題解決の方法原則が一変してしまったと述べた。それまではオバマ政権と韓国の歴代李明博、朴槿恵の両保守政権は「先に非核化、その後に対話と協力交流」という原則を持っていたが、板門店宣言と平壌宣言によって「先に南北関係改善、後に非核化」の図式に変わったと太氏は指摘した。

さらに、2018年6月の米朝のシンガポール合意で非核化ロードマップが「信頼構築→米朝関係改善→朝鮮半島の平和体制→朝鮮半島の非核化」の順序に固着されたと述べた。

しかし、2月のベトナム・ハノイ会談で、アメリカは北朝鮮に核放棄の意思がないことを確認、ちゃぶ台返しで北朝鮮との非核化交渉を原点に戻した、と太氏は指摘した。

歴史上初めての北朝鮮の失敗

北朝鮮核開発

脱北高官の太永浩氏は北朝鮮が核を手放すのは“非現実的”と警告する。写真は2005年撮影の北朝鮮寧辺(ヨンビョン)核施設。

Reuters/ Stringer.

また太氏はこうも述べた。

「北朝鮮は今までただ一度も核交渉で失敗したことがなかったので、ハノイ会談で段階的合意、段階的履行に基づいたスモールディール合意ができると確信していた。ところが、歴史上初めて北朝鮮は失敗を味わった」

とはいえ、今回の板門店での米朝首脳会談で、トランプ大統領は再び北朝鮮が核を放棄しない状況で、米朝関係を大幅に改善してしまった。国際社会のスポットライトを浴びる中、金委員長と会うことで、北の非人道的な独裁体制に正当性を与えてしまった。特に金委員長は叔父の張成沢(チャンソンテク)氏や異母兄の金正男(キムジョンナム)氏の殺害を命じたとされる。トランプ大統領は、北朝鮮の政治犯収容所や強制労働といった人権問題も不問にしてしまっている。

トランプ大統領は当面は金委員長をうまく手なずけて、2017年時の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射や核実験のようなアメリカへの挑発行動をしなければいいという言動を繰り返している。北朝鮮の非核化は少なくとも短期的には不可能で、決して焦らない。

北とうまくやっていることをアメリカ国民に見せ付けるだけで、2020年11月の大統領選でオバマ前大統領との違いを十分にアピールできると考えている。

「北朝鮮の非核化は非現実的な目標」

一方、金委員長は今回の板門店での会談で、アメリカと再び対峙して核保有国としての地位を事実上確立したといえる。また、国内的にも、ハノイ会談決裂で傷付いた自らの威信を取り戻し、求心力を高めることができる。

太氏はこう訴える。

「私たちは、完全な非核化は北朝鮮政権の性格や属性が根本的に変わらない限り期待できない非現実的な目標だ、と知らなければならない」

「核保有に対する北朝鮮の強い意志の前で、北朝鮮の核を直ちに除去する方法は事実上なく、それなりに唯一の希望が制裁措置だ」

北朝鮮の非核化は、北の体制が崩れるか、変わる状況になるまで待つしかないとのスタンスだ。太永浩氏のこうした主張について、在京の韓国の外交官は筆者の取材に対し、「極めて論理的で、説得力がある」と述べている。

思えば、アメリカは50年以上キューバに経済制裁を科し、オバマ政権でようやく制裁を解除した。このままでは北朝鮮はキューバのように、経済制裁を長年ずっと科され、封じ込めに見舞われることになるだろう。北朝鮮は「第2のキューバ」になる可能性が高いと筆者はみている。


高橋浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。

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